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第四章 記 憶 《Memory-2》
47 名医とリハビリ
しおりを挟む「――優花? おい、優花?」
自分を呼ぶ聞き覚えのある低い声音に、優花の意識は、ゆっくりと浮上した。
ハッとして視線を上げれば、心配げに覗き込む晃一郎の視線とかち合った。真っ直ぐ向けられているのは、はっきりとした二重の、明るいライト・ブラウンの瞳。
サラリと、柔らかそうな金色の髪が端正な目元に落ちかかっている。
慣れというものは恐ろしいもので。最初は違和感走りまくりだった、この、目の覚めるような明るい金色の頭髪を見ても、あまり驚かなくなってしまった。
右耳につけられた、幅一センチ程の銀色のクリップ式イヤリング、イヤーカーフが、蛍光灯の明かりを受けて、キラリと鋭い光を放っている。
白のワイシャツに、ブラック・ジーンズ、足元は白いスニーカーというラフな服装。上に羽織っている白衣の胸には、『Dr.御堂晃一郎』と書かれた顔写真入の、ブルーのネームプレートが付けられている。
――ああ、そうだ。ここは……。
優花は、ゆっくりと、室内に視線をめぐらせた。
今、優花が居るのは、地上四階地下五階。半分地に埋もれたドーナツのような不思議な形状の、国立医療研究所の地下二階にある、一室だ。
優花のリハビリ専用に使われている、十二畳ほどの広さのオフホワイトの清潔で簡素な室内には、優花と晃一郎の二人しか居ない。優花は、その部屋の中ほどに敷かれた、運動用のマットの上に仰向けに寝転んでいた。
身体全体を包むのは、いつもと変わらない、リハビリ後の倦怠感だ。
――あれ? なんだろう。
ふと走った違和感に、優花は、眉根を寄せた。
今、私、もしかして、何か、夢を見ていた?
そんな気がするが、一向に思い出せない。
気のせい?
「おーーい、起きてるか?」
優花の枕元にしゃがみこんだ晃一郎は自然な動作で左手を伸ばすと、優花の右頬を『ぷにーっ!』っと、引き伸ばした。
「起きてふ起きてまふー。っへか、ほっへた痛ひんへふがっ?」
――どうして、晃ちゃんも玲子ちゃんも、人のほっぺた伸ばしたがるのっ!?
『もちもちでちょっと癖になるのよねー』
とは、三日と日を空けず顔を出す玲子の言だが、晃一郎がどう思っているのかは、さすがに聞いたことが無いから分からない。
「リハビリの後には、水分補給」
ほら、と、愉快気な笑い声と共に、ほてった頬にあてがわれた冷たいペットボトルの感触が心地良い。
この世界にパラレル・スリップして、およそ二ヶ月。目覚めてからは、一ヶ月あまり。暦の上ではもう九月で既に秋に突入しているが、残暑はまだ厳しい。
もっとも、まだ外出の許可が下りず、完璧にエアーコンディショニングされた研究所の中から出たことがない優花には、あまり季節の移ろいは感じることが出来ない。
優秀な医師でもあるという晃一郎のかなりスパルタな指導の下、リハビリの甲斐あってだいぶ動くようになった身体を『よいしょ』と引き起こし、優花は、おどけたように晃一郎の顔を覗き込む。
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