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第四章 記 憶 《Memory-2》

62 覚醒の兆し

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「ESP増幅能力を持った、助っ人……?」

 優花は、呆然とつぶやいた。

『そう、とても可愛らしい、そして、かなり強力な助っ人』

 何かを思い出したように、目元を楽しげに緩ませる彼女を呆然とみやり、優花は懸命に自分の記憶の糸を辿った。

 晃一郎に、鈴木博士。それに、玲子にリュウ。

 看護師や内科の女医にも面識はあるが、イレギュラー発覚の恐れがあるため、個人的な話は晃一郎から堅く禁じられているから親しくはない。

 この世界に来てから、優花が関わった人間はさほど多くはなかった。

――それとも、まだ出会っていない人なの?

『心配しなくても、すぐに会えるわ。あなたの力が覚醒しはじめたおかげで、私がこうして出てこられたようにね』

「え?」

――覚醒しはじめた、私の、力? 

「ええええっ、うそっ!?」

――信じられない。

「だって、ESPカードが全部外れるだけの、厄介ではた迷惑な力しかないのに?」

『大丈夫よ。力の覚醒し始めは、だれもそんなものだから。でも――』

 不意に。ゆらりと、彼女の姿が蜃気楼のように揺らいで、声が途切れてしまった。

――え? うそっ。

「優花さん!?」

 そのまま、消えてしまいそうな不安に駆られて、優花は思わず彼女の名を叫んだ。その声に反応するように、彼女の姿が鮮明になる。

『う~~ん。やっぱり、もうエネルギー不足かしらね』

 まるで、それが些細なことのように、彼女は微笑みさえ浮かべて薄い肩をすくめる。精神体である彼女のエネルギーが切れるとき、それは、すべての消滅。すなわち、本当の『死』を意味するのに。

 自分なら、どうしただろうか? 

 もしも自分が死のうとしているとき、私なら、どうする?

 優花は、自分に問いかけてみた。

 彼女のように、いくら自分のイレギュラー体でも、しょせん赤の他人のために、すべてをかけられる?

 それとも――。分からない。たぶんその状況に、その立場になってみなければ、答えの出るものではないのかもしれない。

 だれしも、窮地に立った時の自分の本性など、分かるはずがないのだから。

――でもこの人は、私のために、そのすべてをかけてくれたんだ。

 優花は、ぎゅっと、唇をかみしめた。

 玲子から聞いたこの女性の末期は、壮絶なものだった。

 どんなに苦しかっただろうかと、どんなに悲しかっただろうかと。その事実を知ったとき、優花は言葉もなく、ただ戦慄した。戦慄するのみだった。

 それは、所詮、彼女が直接かかわりのない、遠い存在だったからだ。

 しかし、こうして彼女という人間に触れてしまったら、もうだめだ。その目を見れば、どんな心根の人か分かってしまう。言葉を交わせば、親近感がわく。その人となりを知れば、他人事ではいられなくなってしまう。

――言わなきゃ。
 今、言わなかったら、ぜったい後悔する。

 優花は、震える言葉をしぼりだした。



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