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第四章 記 憶 《Memory-2》
63 二人の秘密
しおりを挟む「ありが……た」
『え?』
不明瞭な優花の言葉に、彼女は、少女めいた仕草で小首をかしげる。優花は、波立つ感情をどうにかねじ伏せて、もう一度、か細い声をしぼりだす。
「助けてくださって、ありがとうございました」
晃一郎の下敷きになったまま身動きの取れない優花は、頭を下げることはできないが、せいいっぱいの謝辞をこめて、ぎゅっと目を瞑った。
ポロリと、意図せず、頬を一粒の涙が零れ落ちる。彼女は驚いたように目を見張り、その涙を、白く細い指先で優しくぬぐい取った。
『こちらこそ、ありがとう』
「え……?」
彼女に礼を言われることなどした覚えのない優花は、きょとんと目を見開く。
『私のために、泣いてくれてありがとう。あなたは、とても優しい子だね』
それに、『この人の側に居てくれて、ありがとう』と、彼女は、初めて晃一郎に視線を向けて、どこか寂しげに微笑んだ。
『ばかね。こんなに無理をして。本当、ばかなんだから』
彼女は、優花の涙をぬぐった白い指先を、晃一郎の髪へと伸ばした。たぶん、撫でるつもりだったのだろう、その指は、するりと晃一郎の身体をすり抜けてしまった。
「え……?」
――どうして?
私には、触れられるのに。
優花は、言葉もなく、その光景を見詰めていた。
もう一度。今度は、その指先が晃一郎の頬に伸ばされる。そっと添えられた手は、やはり、するりとその身体をすり抜ける。
『やっぱり、だめね……。私の存在を感知できるのは、イレギュラーの優花ちゃんだけみたい』
彼女は、微笑んでいた。でも、泣いている。
涙を流しているわけではないが、確かに、彼女は全身で慟哭していた。
――胸が痛い。
胸の奥がぎゅぅっと締め付けられるようで、優花は思わず目を閉じた。閉じた瞳からは、ポロポロポロと、せきを切ったように涙の雫がこぼれ落ちる。
どうして、こんな悲しいことが起こるのだろう。互いに想いあっている恋人どうしが、触れ合うことができないなんて。
『優花ちゃんに、お願いがあるの』
少しトーンの落ちた彼女の声に、優花は、はっと涙に濡れた視線を戻した。
『私のことは、誰にも言わないで。もちろん、この人にも』
静かな声音で、でも、確かな意思がこめられた強い響きで、彼女は優花に乞うた。
「え? だって……」
触れられなくても、こうして彼女はまだ生きている。生きているのに、その事実を恋人に告げるなという。
優花には理解できなかった。自分ならたぶん、真っ先に大切な人に会いに行くだろう。
たとえ、自分が幽霊だとしても――。
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