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第四章 記 憶 《Memory-2》
74 接触テレパス
しおりを挟む一年前の恋人の死から、晃一郎は変わった。
強力な超能力を持ちながら、なす術もなく、目の前で彼女を死なせてしまったことへの悔恨の念。医師として、その命を救うことができなかったことへの、自責の念。
生活態度や素行が荒れるということがなかった分、その負のエネルギーは、内に篭ってしまったのだろう。
もともとの気質である陽気さはなりを潜め、まるで自分を追い込むように仕事に没頭することで、己を保っている。そんな姿を見ても、自分にはどうすることもできなかった。
ESPカウンセラーなどというたいそうな肩書きは、何の役にも立たないのだと痛感させられた。
所詮、人は、神にはなれない。
人は、人を救うことなど、できはしない。
そんな諦めにもにた日常の中、あの子が、イレギュラーの優花が現れた。
初めは、イレギュラーという存在そのものに対する純粋な好奇心から、彼女の保護に協力を申し出た。だが、実際会ってみたら、もうだめだった。
超能力など必要がないくらいに分かりやすい、くるくると変わる表情。
何事にも一生懸命で、純粋で。
『彼女』とは違う、でも確かに、彼女と同じ魂の色をもった、少女。
彼女に惹かれた者ならば、おそらく惹かれずにはいられないだろう、奇跡のような存在。
優花との出会いからわずかの間に、晃一郎は、目に見えて昔の自分を取り戻していった。何よりも、心から笑うようになったし、こうして、リュウのところへ顔を出すようにもなった。
その原動力が保護欲なのか、それとも――。
どちらにしても、ようやく立ち直りつつある晃一郎に、真実を打ち明ければ、結果は火を見るよりも明らかだ。陽気で闊達なことが取り柄の男が、また、うっとおしく落ち込む姿は見たくない。
だが、恋人のすぐ近くに在りながら、その存在に気付かれずにいる彼女の心中を思うと、いたたまれなくなる。
「言うべきか、言わざるべきか、それが問題、か――」
自分の迷いを茶化すように、ハムレットを気取り、呟きを落とす。
脳裏をよぎるのは、在りし日の彼女の言葉。
『あのね、リュウくん。迷ったときは、ごちゃごちゃこ難しいこと考えないで、自分がどうしたいのか、を考えるのよ』
何をすべきなのか、ではなく、何をしたいのか。
義務ではなく、権利を。
「そうだね。優花……」
――今もなお、こうして君の残した言葉は、ボクに標を与えてくれる。その君の遺志を、ボクは守りたい。
リュウの心は決まった。『彼女』の存在は、晃一郎には伏せておく。
「残る問題は、こっちの方だな」
こつんと、リュウは、パソコン画面をひとさし指で弾いた。
パソコン画面に映った若干ノイズ交じりの映像。それは、優花が見た光景を映像化したものだ。映っているのは、つい先刻、エレベーターの中で優花が出会った女、艶然と微笑む、黒田マリア。
彼女と握手をした瞬間、優花に走った感覚。あれは、超能力による干渉を受けたための現象だ。黒田マリアは、直接手で触れることで相手の記憶を読む、接触テレパスと見てまず間違いない。
その能力自体はポピュラーなもので、別に珍しくはない。問題は、なぜあの場所で、優花に対してその力を使ったのかだ。
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