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第五章 記 憶 《Memory-3》
87 海辺のコテージ
しおりを挟む「じゃ、そういうことで俺は寝る、オヤスミナサイ……」
「あ、待って晃ちゃん!」
用は済んだとばかりにもう一度ベッドに横になろうとする晃一郎の腕を、優花は、はっしと掴んだ。
「……まだ、何かあるのか?」
優花はコクコクと頷くと、切実な現状を訴えた。
「お腹空いた」
「お腹って、ああ……」
そう言われれば、二人とも昨日の朝食を食べたっきり何も胃に入れていない。晃一郎としては、食欲よりも睡眠欲の方が勝っているのだが、腹が空いていないわけでもない。
『ポチも、ポチも、おなかすいたー!』
元気いっぱいのポチがベッドにぴょんと飛び乗り、晃一郎と優花の周りをクルクルと回る。ポチに至っては、一年以上何人間からエサを与えられていないはず。
――お前はなんでそんなに元気なんだ?
その元気の良さは不可思議以外のなにものでもないが、次元の狭間に引きこもるような常識外の守護獣だ。霞を食っていたと聞いても驚かないぞ――。ということで、晃一郎はあまり深く考えないことにした。
「晃ちゃんも、お腹空いてるよね? ペコペコだよね?」
『ポチもペコペコー!』
さすがのA級エスパーも、腹ペコ娘と動物には勝てないらしい。
「……わかったから、そんなにまくし立てるな」
肺の中が空っぽになるくらいの大きなため息を吐いて、晃一郎は枕元に脱いであったワイシャツに袖を通しながらベッドを降りる。
ここはリュウが所有する別荘のひとつで、ある程度の食糧の備蓄はしてあると言っていたが、朝食になるような食材があるだろうか? と、晃一郎はまだ半分眠っている脳細胞で、のろのろと考えを巡らせる。
「たぶん簡単なものしかできないからな。あんまり期待するなよ?」
「うん、ありがとう!」
『きたい、きたいー。おいしい、きたいー』
まったく理解していない約一人と一匹を引き連れて、晃一郎はベッドルームを出て広い廊下を進み、優花が使ったトイレと洗面所のコーナーを曲がり、LDKへと足を向けた。
晃一郎はリュウに招かれて何度も訪れているため、間取りは熟知している。
廊下の突き当りの白いドアを開ければ、そこは三十畳ほどの広さがあるLDKだ。
右側に対面キッチンとテーブル。左側が広いリビングスペースになっていて、巨大なテレビモニターが壁際にドンと設置されている。
部屋の南側は全面掃き出し窓になっていて、広いウッドデッキ製のバルコニーへと続いている。そのバルコニーの向こう側には、朝日を浴びてキラキラと輝いている青い海が広がっていた。
「うわぁ! やっぱり海だったんだ。晃ちゃん、海だよ海っ!」
事故以来、研究所の地下での潜伏生活を送っていた優花には、まさに別天地。部屋に一歩入るなり、優花は吸い寄せられるように窓辺へと歩み寄ってはしゃいでいる。
「ねぇ晃ちゃん、外に出てもいい? 海辺を散歩したい!」
『おさんぽー、おさんぽー』
「だめだ。まずは、朝食を済ませてから……」
そのままバルコニーから飛び出していきそうな勢いの一人と一匹に晃一郎が釘を刺そうとしたとき、リビングボードの上の電話の呼び出し音が鳴り出した。
プルル、プルルと響くコール音に、はしゃいでいた優花は、ダルマさんが転んだ状態で身をこわばらせた。
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