黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

文字の大きさ
87 / 132
第五章 記 憶 《Memory-3》

87 海辺のコテージ

しおりを挟む

「じゃ、そういうことで俺は寝る、オヤスミナサイ……」
「あ、待って晃ちゃん!」

 用は済んだとばかりにもう一度ベッドに横になろうとする晃一郎の腕を、優花は、はっしと掴んだ。

「……まだ、何かあるのか?」

 優花はコクコクと頷くと、切実な現状を訴えた。

「お腹空いた」
「お腹って、ああ……」

 そう言われれば、二人とも昨日の朝食を食べたっきり何も胃に入れていない。晃一郎としては、食欲よりも睡眠欲の方が勝っているのだが、腹が空いていないわけでもない。

『ポチも、ポチも、おなかすいたー!』

 元気いっぱいのポチがベッドにぴょんと飛び乗り、晃一郎と優花の周りをクルクルと回る。ポチに至っては、一年以上何人間からエサを与えられていないはず。

――お前はなんでそんなに元気なんだ?

 その元気の良さは不可思議以外のなにものでもないが、次元の狭間に引きこもるような常識外の守護獣だ。霞を食っていたと聞いても驚かないぞ――。ということで、晃一郎はあまり深く考えないことにした。

「晃ちゃんも、お腹空いてるよね? ペコペコだよね?」
『ポチもペコペコー!』

 さすがのA級エスパーも、腹ペコ娘と動物には勝てないらしい。

「……わかったから、そんなにまくし立てるな」

 肺の中が空っぽになるくらいの大きなため息を吐いて、晃一郎は枕元に脱いであったワイシャツに袖を通しながらベッドを降りる。

 ここはリュウが所有する別荘のひとつで、ある程度の食糧の備蓄はしてあると言っていたが、朝食になるような食材があるだろうか? と、晃一郎はまだ半分眠っている脳細胞で、のろのろと考えを巡らせる。

「たぶん簡単なものしかできないからな。あんまり期待するなよ?」
「うん、ありがとう!」
『きたい、きたいー。おいしい、きたいー』

 まったく理解していない約一人と一匹を引き連れて、晃一郎はベッドルームを出て広い廊下を進み、優花が使ったトイレと洗面所のコーナーを曲がり、LDKへと足を向けた。

 晃一郎はリュウに招かれて何度も訪れているため、間取りは熟知している。

 廊下の突き当りの白いドアを開ければ、そこは三十畳ほどの広さがあるLDKだ。

 右側に対面キッチンとテーブル。左側が広いリビングスペースになっていて、巨大なテレビモニターが壁際にドンと設置されている。

 部屋の南側は全面掃き出し窓になっていて、広いウッドデッキ製のバルコニーへと続いている。そのバルコニーの向こう側には、朝日を浴びてキラキラと輝いている青い海が広がっていた。

「うわぁ! やっぱり海だったんだ。晃ちゃん、海だよ海っ!」

 事故以来、研究所の地下での潜伏生活を送っていた優花には、まさに別天地。部屋に一歩入るなり、優花は吸い寄せられるように窓辺へと歩み寄ってはしゃいでいる。

「ねぇ晃ちゃん、外に出てもいい? 海辺を散歩したい!」
『おさんぽー、おさんぽー』

「だめだ。まずは、朝食を済ませてから……」

 そのままバルコニーから飛び出していきそうな勢いの一人と一匹に晃一郎が釘を刺そうとしたとき、リビングボードの上の電話の呼び出し音が鳴り出した。
 
 プルル、プルルと響くコール音に、はしゃいでいた優花は、ダルマさんが転んだ状態で身をこわばらせた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

平凡志望なのにスキル【一日一回ガチャ】がSSS級アイテムばかり排出するせいで、学園最強のクール美少女に勘違いされて溺愛される日々が始まった

久遠翠
ファンタジー
平凡こそが至高。そう信じて生きる高校生・神谷湊に発現したスキルは【1日1回ガチャ】。出てくるのは地味なアイテムばかり…と思いきや、時々混じるSSS級の神アイテムが、彼の平凡な日常を木っ端微塵に破壊していく! ひょんなことから、クラス一の美少女で高嶺の花・月島凛の窮地を救ってしまった湊。正体を隠したはずが、ガチャで手に入れたトンデモアイテムのせいで、次々とボロが出てしまう。 「あなた、一体何者なの…?」 クールな彼女からの疑いと興味は、やがて熱烈なアプローチへと変わり…!? 平凡を愛する男と、彼を最強だと勘違いしたクール美少女、そして秘密を抱えた世話焼き幼馴染が織りなす、勘違い満載の学園ダンジョン・ラブコメ、ここに開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

処理中です...