黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第五章 記 憶 《Memory-3》

88 合言葉をどうぞ

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 晃一郎は急ぐそぶりもなく、リビングスペースの壁際に設置されているサイドボードの上で鳴り響く電話の所まで歩み寄り、着信表示を確認する。

 着信窓には『タキモト』の文字が浮かんでいた。

 リュウだ。おそらく自宅からかけてきているのだろう。念のためトラップだった時のことを考えて、優花とポチに向かって、人差し指を自分の唇の所に当てて『静かに』というジェスチャーを送る。

 優花とポチがコクコクコクと赤べこのように頷いたのを確認して、晃一郎は受話器を上げて耳に当てた。

「……はい、もしもし」

 寝ぼけた声を作って応えれば、眠気の成分など微塵も感じさせない実にさわやかな声が聞こえてくる。

『どうやら、無事にたどり着いたようですね、晃』

 リュウの声に間違いないが、念のためカマをかけてみることにする。

「……合言葉は?」
『……はい?』

 淡々と問えば、訝し気な声が響いてくる。当たり前だ、合言葉など決めていない。

「合言葉をどうぞ」
『……スミマセーン、マチガエマシータ。って、何の遊びですかこれ?』

 それでもさらに言い募れば、下手な外国語なまりの日本語で応えがあり、思わずプッと噴き出した。

 以前、かなり昔だが生前の優花を交えた食事の席で『合言葉は? と問われたらなんて応える?』というほとんど遊び半分の話題で盛り上がったことがあり、リュウは『スミマセーン、マチガエマシータ』だったのだ。

 ちなみに晃一郎は『山と川だろう?』、優花は『やっぱりポチが世界一』だった。
 
 ほとんど完璧な記憶力を誇るリュウならば、他愛ない会話であっても覚えていて間違いなく答えてくるだろうという判断からの問いだったが、さすがにリュウだ。期待を外さない。

「いや、単に言ってみたかっただけだ。こっちは予定通り到着したが、研究所の方はどうなんだ?」
『こちらは拍子抜けするくらいあっけなく『誤通報』ということで無罪放免となりました。まあ、しばらくは内部調査と報告義務を課せられたようですが、それは鈴木博士がうまく対処してくれるでしょう。それよりも、優花ちゃんは大丈夫ですか?』

 チラリと優花の方に視線を走らせれば、ポチを抱き上げて心配げに電話の様子を伺っている。まあ、腹ペコではあるが、元気は元気だ。

「一応、元気だ。ただお前に少し診て貰いたいんだ」
『診るって、心理リサーチってことですか?』
「ああ。どうも覚醒したらしい。詳しいことは会ってから話したいんだが、こっちに来られるか?」
 
 少し息をのむような間の後、リュウはすぐに答えてきた。

『分かりました。そうですね、夜の八時くらいにそちらに行きます。何か入用のものはありますか?』
「悪いが、食料と犬用のエサを頼む。それと、着替えがあれば助かる」
『犬用の、エサですか?』
「ああ。子犬用のやつを頼む」
『……分かりました』

 何かを察したのか、リュウはそれ以上詳しく問うこともなく電話は終了した。

 なにはともあれ、研究所の方も大過なく済んだようで一安心だ。

 夜にリュウが来ることとともに、鈴木博士や玲子が無事だったことを教えてやると、優花も心底安心したように笑顔を見せた。


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