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第六章 記 憶 《Memory-4》
102 できるならもう一度
しおりを挟む『もしかして、さわれたりするのかな?』
思念体の優花が何気ない様子でリュウの方へ右手を伸ばせば、リュウは一瞬驚いたように固まった後、おずおずと左手を伸ばしてきた。
でも、その距離がゼロになった次の瞬間。二人の指先は、交わることなく空を掻いた。
『ああ、やっぱり、視聴覚的にはOKでも、触覚的にはNGかぁーー』
思念体の優花は、『残念!』といって、クスクスと笑っている。でも、優花とリュウの方は、粛然とするしかない。確かにそこに存在しているのに、見えるだけで、触れられないもどかしさ。
しかし、それを一番切実に痛感しているのは、だれでもない目の前の思念体の優花本人なのだ。
しばしの沈黙の後、口を開いたのはリュウだった。
「優花、君のことを、晃に話してもいいかい?」
『だーめ』
「……どうして? 優花ちゃんを介せば、今のボクと同じように会話をすることが可能だよ?」
優花は、二人の会話を固唾をのんで見守った。
『物理的に無理なの。今の私は、晃一郎の潜在意識の隅っこに間借りしている状態だから、私が出てこられるのはあの人が熟睡しているときだけ』
「だったら、一度ボクの方へ移ってくればいいじゃないか。一度できたんだから、不可能ではないだろう?」
リュウの心からの善意の申し出に、思念体の優花はフルフルと頭を振った。
『そんなに余力が残ってないから、たぶん無理だと思う。それに時間がね、あまりないの。だからダメ』
「時間って?」
『思念体として存在できる、タイムリミット』
リュウは、小さく息をのんだ後、言葉を続ける。
「だったら、なおのこと一度話しておいた方が……」
『ごめん、リュウ君。気持ちは嬉しいけど、私は晃一郎に会う気はないわ』
ゆらりと、ノイズが入ったように思念体の優花の姿が揺れた。優花とリュウは驚いて腰を浮かしかける。
『うーん。もうそろそろ限界かな』
思念体の優花は、黙り込んでしまったリュウの顔を覗き込んで、フワリと微笑んだ。
『いろいろありがとうリュウ君。優花ちゃんをお願いね。それに、晃一郎のことも』
小さくため息をついたリュウは「わかりました」と生真面目な表情で頷いた。
優花の方に視線を移した思念体の優花は、優花をぎゅっと抱き寄せると、耳元でささやきを落とす。
『ねえ、優花ちゃん。もしも。もしも元の世界に戻れなかったときは、晃一郎のことをお願いね』
「えっ……?」
一瞬、何を言われているのかわからなかった優花は、目を瞬かせた。
――『晃ちゃんを、お願い』って、えええっ!?
何をいっているの!?
そんなことできるわけがない。というか考えたこともない。晃一郎との間に恋愛感情はないし、第一晃一郎は思念体の優花の恋人なのだ。
それに自分は必ず元の世界に帰る。絶対帰る。だから、万が一にも、そんな可能性はない。
「優花さ――」
反論しようと口を開きかけたとき、すでに思念体の優花の姿はどこにもなかった。
「行ってしまったか……」
「はい」
また会えるだろうか?
できるなら、もう一度。
優花とリュウは同じ気持ちを抱いて、誰もいない空間を切なげに見つめた。
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