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19【追憶⑤】
しおりを挟む『少し歩く』と言うから、何となく移動手段は電車かバスでも使うのかと思っていたら、先輩は車で迎えに来ていた。車には詳しくないからよく分からないけど、大きくも小さくもない私的には『普通なサイズ』の白い乗用車。
紳士然と助手席のドアをどうぞと開けられ恐縮しつつ乗り込んだ私は、『何か話さなきゃ』と思いながらも何を話して良いのか分からず、結局は何も言葉が出ずにカーラジオから聞こえてくるBGMを聞きながら、窓の外を眺めるともなしに見ていた。
飛び去るように流れていく町並みは、だんだんと都会からのんびりとした田舎の風景に変わっていく。
季節は、春と夏の狭間の六月も半ば。視線の先には、抜けるような青空が広がっている。その爽やかな空の下、夏を前にいっせいに葉を茂らせる木々の、目にも鮮やかな緑のグランデーションが遠くに広がり、どこか自分の故郷を思い起こさせる懐かしい風景が、視界をゆるゆると過ぎていく。
いったい、どこに向かっているのだろう?
何となく北上しているのは分かるけど、まったく土地勘がない私には、どこを走っているのか見当もつかない。チラリと、運転をしている先輩の横顔に伺うような視線を向けると、ご本人様は至極上機嫌そうにBGMに会わせてハミングなんかなさっていて、説明をしてくれそうな気配はない。
何かヘマをするんじゃないかとの緊張の極地で、ずっと体に力が入りっぱなしの私とは正反対に、先輩はなんだかとても楽しそう。
行先を聞いても良いよね?
窓の外の景色は、広々とした明るいものから、背の高い立派な針葉樹が立ち並ぶ暗緑色の薄暗いものへ変わった。だからと言うわけではないけど、急に心細くなった私は、せいいっぱいの勇気をふりしぼって先輩の横顔を見上げて声をかけた。
「あのっ……」
「うん?」
視線は前方に固定したまま、先輩は少し私の方に顔を傾ける。
「あの、どこに、行くんですか?」
「だんだん人気が無くなってきて、変な所に連れて行かれるんじゃないかって、心配になった?」
悪戯っぽく口の端を上げるその横顔に、思いっきりブンブンと頭を振る。
「そ、そうじゃないですけどっ、どこにいくのかなぁって……」
アパートを出てから、もうかれこれ三時間近く走り続けていて、確認しただけで三つの県を通り過ぎている。さすがに一度トイレ休憩にコンビニに寄ったけど、それ以外はノンストップ。『目的もなくドライブ』と言うのとは、やはり違う気がする。
「たぶん、君なら、喜んでくれると思う場所」
「私が、喜ぶ場所……?」
って、どこなんだ?
観光名所か何かだろうか?
この辺にどんな観光地があるのか、皆目見当がつかないけど。
「その前に」
「はい?」
又、風景が変わった。高木に遮られていた日差しが戻ってきて、針葉樹林の狭間にぽっかりと空いた広場が現れる。アスファルト敷きの駐車場だ。
「まずは、目的地に行く前にエネルギー補給ということで――」
「はい?」
「少し早いけど、腹ごしらえしようか」
車を減速させながらそう言うと、先輩はハンドルを左に切り、駐車場の空きスペースに車をすべり込ませた。
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