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30【告白⑤】

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 課長と二人、社長室で社長自ら言い渡されたのは、わが社の大得意先である元受ゼネコン、清栄せいえい建設主催の関係業者を招待した交流パーティに、『今夜』、課長と私の二人で出席するようにとの依頼、と言う名の社長命令だった。

 文字通り降って湧いたような話に、今一状況が呑み込めない。

「清栄建設の関係業者交流パーティ……、に出るんですか?」
「そう、君たち二人で、行って来てくれないか?」

 社長室の立派な木製のデスクで日本茶をすすりながら、そう言って社長は、福々しいまでの満面の笑顔を浮かべた。

 見た目大黒様風のこの笑顔で言われたら、社長という肩書がなくてもきっと断れないのに違いない。

「ええっと、課長はともかく、私でいいんですか?」

 確かに私は工務課の古株で清栄建設の仕事も沢山こなしてきたけど、ただの一社員の加工図面書きに過ぎない。

 普通、この手の営業が絡むパーティには、社長自身か息子の専務が出席するのが通例なのに。

 ――どうして、私が?

「本当はわしが行くはずだったんだが、少し都合が悪くなってしまってな。時間外にすまないが、二人で出席してくれないか?」

 偉そうに上から目線で命令されれば反発のしようがあるけど、こうも下手に笑顔でお『願い』されたら、嫌と言えるはずがない。

 さすが、大海おおみ太陽たいよう、一代で小さな町工場を県下一の大会社に叩き上げた実績は伊達じゃない。

 この人は、お金や権力では人を動かさない。心で人を動かすのだとそう思う。

「はい、そういうことでしたらお任せ下さい。でも、服装は、スーツでも良いのでしょうか?」
「ああ、それなら心配はいらない。この店に行って、適当なものを見繕っていきなさい。話は通しておくから」

 渡された名刺を見て、思わず目を見張った。

 わあ、ここ、高いので有名なブティックだ……。
 さすが社長、太っ腹。

「谷田部君はそのままのスーツで、構わんからな」
「分かっていますので、お気遣いなく」

 若干冷たいト―ンの抑揚のない課長の声に、わいてくる違和感。

「酒の席だから、タクシーを使いなさい。ちゃんと高橋君を、エスコートしてやってくれ。これが招待状だ」
「……はい」

 ニコニコ笑みを崩さない社長に、なぜかやっぱり課長の返事はつれなく、淡々と差し出された招待状の入った白い封筒を受け取り胸ポケットにしまいこむ。

 なんだろう、この微妙な空気。

 こうして社長と課長、二人の会話を聞くのはこれが初めてだけど、なんだか二人の関係が、ただの社長と課長の枠をはみ出しているように感じるのは、気のせいだろうか?

「始まりは十九時からだから、もう仕事を切り上げて行きなさい」
「はい、わかりました」

 さすがに緊張して楽しむことはできないだろうけど、せめて会社のイメージアップができるように……、と言うより失敗をやらかさないように気を付けなくては。

「それでは、失礼します」

 なぜか、社長室に入ったきりだんまりを決め込んで自分からは話そうとしない課長の代わりに、そう挨拶をして社長室を辞した。


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