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81【親友⑯】
しおりを挟むやっぱり課長の声は電話越しだと耳元で聞こえるせいか、いつもより低く感じる。
安心できる、良い声だなぁ……。
――と、一人ささやかな幸せに浸りながら、「おやすみなさい」と返事をしようとしたその時。
「あ! 先輩、もしかして谷田部課長からですか?」
ガラリ、と引き戸を開ける音と共に美加ちゃんの声が背後から飛んできて、ビクリと体をすくませた。
み、み、見られた……?
『スマートフォンを耳に当ててうっとりしている自分の図』を思い浮かべて、たらーりたらーりと嫌な汗が背中を伝い落ちる。
「あ、うん。谷田部課長だけど、美加ちゃんも出てみる?」
あはははと、内心の動揺を引きつり笑いでごまかして問うと、美加ちゃんは「はい。かわって下さい」と微笑んだ。
「あ、課長。今、美加ちゃんとかわりますね」
電話の向こうの谷田部課長に断りを入れてスマートフォンを差し出すと、美加ちゃんは更にニッコリと笑みを深めて受け取った。
「あ、谷田部課長。今日は、本当にありがとうございました」
ああ、ちょっとは元気になったみたいで、良かった……。
ホッと胸を撫で下ろす。
「はい。もう平気です。はい、そうですか」
美加ちゃんと課長の会話を聞くともなしに聞きつつ、遅すぎる夕飯の支度をしようとエプロンを付けながらキッチンに足を向ける。
やっぱりメニューは、手早く簡単に作れて美味しい雑炊みたいなのが良いかな?
確か、冷凍したごはんと鶏肉があったから、シメジとシイタケ、後は冷凍食品のゴボウ&人参ミックスを入れて。あ、元気が出るように、根ショウガをすって入れてみよう。仕上げは卵を落として半熟に。うんイケそう。問題は――。
「美加ちゃん、鶏肉とキノコの雑炊にしようと思うんだけど――」
食べられる?
と、振り向きながら何気なく聞こうとして電話中だったことに気づき、ハッと口を押えた。
美加ちゃんは電話口を手で押さえて、
「はい、鶏肉もキノコ類も大好きですー。メニューは鶏肉とキノコの雑炊ですね?」
と、聞き返してきた。
「あり合わせだから正式なメニュー名は無いけど、まあそんな所ね」
美加ちゃんはコクコクと頷き、再びスマートフォンを耳に当てて口を開いた。
「と言うことで、課長も、梓先輩特製の鶏肉とキノコの雑炊を食べに来てくださいね!」
――はい?
今、何を言ったんだ、この娘。
『と言うことで』、課長が、なんですって?
妙なセリフを聞いた気がして動きを止めたまま、楽しげな表情で電話を続けている美加ちゃんの顔を、まじまじと注視する。
「はい。三十分ですね」
――何が、三十分?
胸騒ぎを覚えつつノロノロと、言葉の意味に考えを巡らせた。
「あ、ついでに、せっかくだから三人で酒盛りしましょうよ。ビールとおつまみの買い出し、お願いしますね」
さ、酒盛りっ!?
どこで、誰が、酒盛りっ!?
脳内漂白モードで、酸欠の金魚よろしく、口をパクパクと開け閉めする私のことなどお構いなしに、事は着々と進んでいく。
「はい、お待ちしてまーす」
プチリ。
美加ちゃんは通話ボタンを切ると、にこやかな笑顔で「はい」とスマートフォンを私に差し出した。
「と言うことで、課長の分も雑炊、お願いしますね先輩!」
「……」
私は無言でそれを受け取り、くるりと踵を返してキッチンに向かうと鍋に水を張り火にかけ、材料を切り分けにかかる。
ええ、もちろん三人分。
夕飯は会社でオムライスを食べているけど、色々あって、さすがに私もお腹が空いたから一緒に食べちゃおう……。
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