103 / 211
102【真意⑱】
しおりを挟むなんか、課長の人脈って、奥が深いなぁ。
名刺に視線を落としたまましみじみと変な感心をしていたら、その反応に気をよくしたのか、探偵さんはニコニコと口を開いた。
「高橋さんなら、サービスしますよ。ほら、上司の女性関係とか元カレの女遍歴とか、調べたいことがあったらなんでも電話一本で迅速丁寧な調査を――」
「風間」
少し不機嫌そうな、ううん、かなーり不機嫌な課長の低い声が、まだまだ続きそうなセールストークに強引に終止符をうつ。ちらりと、課長の表情をうかがい見れば、眉間に深い縦じわがよっている。
激レアな『お怒りモード』の課長を堪能する余裕もなく、私の中に生まれた疑問の種がむくむくと芽を吹いた。
『上司の』の方はともかく、今この人『元カレの』って言った。
初対面のはずの私のことを前もって知っているふうだったし、私と課長が昔付き合っていたことも、知っているの?
もしかしたら、谷田部課長の――、『榊東悟』の過去。
九年前、どうして私の前から姿を消したのか、その経緯も、知っている?
確か、幼なじみだって、言っていたし――。
何気なく飛び出した言葉の意味を知りたくて、探偵さんの顔をまじまじと見つめる。けれど、ニコニコとした邪気のない笑顔の壁に阻まれて、その真意はぜんぜん読み取れない。
「五分ですむはずの用件はどうした?」
課長は、ムスッと、不機嫌さを隠す様子もなく腕組みをする。
「あ、はいはい。そんな怖い顔しなくても、これ以上よけいなことは言いませんよ。ところで高橋さん」
再び話の矛先を向けられ、思わず、どきりと身構えてしまう。
「は、はい?」
「急いで来たので喉が渇いてしまって。アイスコーヒーでも作ってもらえると、嬉しいんですが」
「あ! 気が付かないですみません。すぐにお持ちしますね」
いけない。
お客様にお茶も出さずにいるなんて、大人の女としてどうよ、私?
「高橋さん、缶コーヒーで充分だ。冷蔵庫に入ってるから、『そのまま』持ってきてくれないか?」
『そのまま』のフレーズに、そこはかとなく怒りの成分がにじむ。でも、『出すな』とは言わないところが、課長の良いところだと思う。
「高橋さん、ドリップで落としてくださいね。少し濃い目に。ミルクは少々、僕は甘党なので甘めにお願いします」
いくら幼なじみだって、お客様に缶コーヒーをそのまま出すのは私の常識がウンと言わず、課長の言葉は、にこやかに黙殺することにした。
「はい、わかりました。少し濃い目にミルクは少々、甘めにですね」
「ありがとう。慌てなくてもいいですからね。美味しいのをよろしくお願いします」
「はい」
軽く一礼して、奥のキッチンスペースに足を向ける。
「図々しい奴め。人の部下をあごで使おうなんて、どういう了見だ」
「こう言う了見ですよ」
探偵さんは、小脇に置いていた、黒い革製のビジネスバッグから取り出したA4版の茶封筒を、すっとテーブルの上に差し出した。
それを受け取り、中身を引き出し走らせた課長の瞳が、一瞬、驚いたように見開かれるのが視界の端に見えた。何か、報告書のようだけど、私の立っている位置からは中身まではわからない。
ただ、ぴりりと、張りつめてしまった空気から、その内容があまりかんばしくないものだと言う印象を受けた。
――気になる。
ものすごーく気になる。
でも、覗き込むわけにもいかず。
私は、そのまま、キッチンへと向かうしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる