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102【真意⑱】
しおりを挟むなんか、課長の人脈って、奥が深いなぁ。
名刺に視線を落としたまましみじみと変な感心をしていたら、その反応に気をよくしたのか、探偵さんはニコニコと口を開いた。
「高橋さんなら、サービスしますよ。ほら、上司の女性関係とか元カレの女遍歴とか、調べたいことがあったらなんでも電話一本で迅速丁寧な調査を――」
「風間」
少し不機嫌そうな、ううん、かなーり不機嫌な課長の低い声が、まだまだ続きそうなセールストークに強引に終止符をうつ。ちらりと、課長の表情をうかがい見れば、眉間に深い縦じわがよっている。
激レアな『お怒りモード』の課長を堪能する余裕もなく、私の中に生まれた疑問の種がむくむくと芽を吹いた。
『上司の』の方はともかく、今この人『元カレの』って言った。
初対面のはずの私のことを前もって知っているふうだったし、私と課長が昔付き合っていたことも、知っているの?
もしかしたら、谷田部課長の――、『榊東悟』の過去。
九年前、どうして私の前から姿を消したのか、その経緯も、知っている?
確か、幼なじみだって、言っていたし――。
何気なく飛び出した言葉の意味を知りたくて、探偵さんの顔をまじまじと見つめる。けれど、ニコニコとした邪気のない笑顔の壁に阻まれて、その真意はぜんぜん読み取れない。
「五分ですむはずの用件はどうした?」
課長は、ムスッと、不機嫌さを隠す様子もなく腕組みをする。
「あ、はいはい。そんな怖い顔しなくても、これ以上よけいなことは言いませんよ。ところで高橋さん」
再び話の矛先を向けられ、思わず、どきりと身構えてしまう。
「は、はい?」
「急いで来たので喉が渇いてしまって。アイスコーヒーでも作ってもらえると、嬉しいんですが」
「あ! 気が付かないですみません。すぐにお持ちしますね」
いけない。
お客様にお茶も出さずにいるなんて、大人の女としてどうよ、私?
「高橋さん、缶コーヒーで充分だ。冷蔵庫に入ってるから、『そのまま』持ってきてくれないか?」
『そのまま』のフレーズに、そこはかとなく怒りの成分がにじむ。でも、『出すな』とは言わないところが、課長の良いところだと思う。
「高橋さん、ドリップで落としてくださいね。少し濃い目に。ミルクは少々、僕は甘党なので甘めにお願いします」
いくら幼なじみだって、お客様に缶コーヒーをそのまま出すのは私の常識がウンと言わず、課長の言葉は、にこやかに黙殺することにした。
「はい、わかりました。少し濃い目にミルクは少々、甘めにですね」
「ありがとう。慌てなくてもいいですからね。美味しいのをよろしくお願いします」
「はい」
軽く一礼して、奥のキッチンスペースに足を向ける。
「図々しい奴め。人の部下をあごで使おうなんて、どういう了見だ」
「こう言う了見ですよ」
探偵さんは、小脇に置いていた、黒い革製のビジネスバッグから取り出したA4版の茶封筒を、すっとテーブルの上に差し出した。
それを受け取り、中身を引き出し走らせた課長の瞳が、一瞬、驚いたように見開かれるのが視界の端に見えた。何か、報告書のようだけど、私の立っている位置からは中身まではわからない。
ただ、ぴりりと、張りつめてしまった空気から、その内容があまりかんばしくないものだと言う印象を受けた。
――気になる。
ものすごーく気になる。
でも、覗き込むわけにもいかず。
私は、そのまま、キッチンへと向かうしかなかった。
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