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107【真意㉓】
しおりを挟む『梓さんって、ばか正直に顔にでるから、ついつい苛めたくなるんですよ』
不意に、いつかの飯島さんの言葉を思い出し、ひきつった笑顔は更にひきつった。
少し意地悪な俺様スマイルが、脳裏をちらつく。
なんで、こんなところで出てくる、色黒好青年!
しっしっ! っと、飯島さんの残像を脳内から追い出し、グラスをトレーに下げ、ほとんど使った形跡がない台拭きで、テーブルの表面をもくもくと拭いていく。
そこで目に止まったのは、テーブルの隅に置かれていたA4版の茶封筒。さっき課長が、探偵さんから受け取っていた報告書らしきものが入った『あの』茶封筒だ。この中には、課長の他人に見られると困る写真と秘密が、いっぱい詰まっている。
台拭きを持つ手は完全に止まり、我知らず、喉がゴクリと音を立てて大きく上下する。
「気になるか?」
課長の長い指先が、茶封筒の上を、コツンとたたく。
「別に、そういうんじゃないですけど、なんだか深刻そうな雰囲気だったので……」
「やっぱり、気になるよな?」
ええ、そりゃあもう、気になります。
気になりまくりです。
でも、気になるからと素直に『見せて見せて』と言えたのは、遥か昔のことだ。今の私には、そこまで、この人のプライベートな領域に踏み込んでいく勇気がない。
――だって、拒絶されたときに、どれだけ自分がダメージを受けるか、知っているから。
知りたいと思いながらも、知りたいという思いを否定されるのが怖い。我ながら、弱腰もいいところだとは思うけど。
「……」
なんて言えばいいのか分からず答えを口にするのをためらっていると、課長は気だるげに、一つ小さな溜息をついた後、
「ちょっと、ここに座って」
と、自分の座る左隣のソファーの上をトントンとたたいて、私に座るように促した。
言われるまま課長の隣にちょこんと腰を下ろし、おずおずとその横顔を仰ぎ見る。わずかに口の端を上げた課長は、困ったように肩をすくめた。
「報告書の方は、君には関係ないことなんだが……」
すっと目の前に差し出されたのは、『例の写真』、――というより、写真の束だ。
「あの……?」
み、見ていいんだろうか?
「こっちの方は、一応君も、当事者だから」
「当……事者?」
不穏なワードに、眉根にしわが寄ってしまう。
「そう、当事者」
頷く課長の顔を、まじまじと見つめた。冗談を言っているようには見えない。
……ってことは、もしかして。
「あまり、気分のいいものじゃないだろうが、見てくれるか?」
ごくり――。
嫌な予感を飲み下し、私は、受け取った写真に視線を落とした。
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