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123【計略⑫】

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「客人を差し置いて、主ばかりが飲むわけにはいかないだろう?」
「それでは、お水をお願いします」
「じゃあ、ルームサービスで、炭酸水でも――」
「いえ、本当に、水道のお水で充分ですから」
「水道の水って、君……」

 という問答の末。結局、今、私の前には、ワイングラスに入った無色透明の液体が置かれている。器が豪華だとこ洒落たドリンク風に見えるけど、中に入っているのは、料理に付いていたただの飲料水だ。

『はあぁっ』と、思わず出そうになる溜息を、笑顔で封じ込める。

――どっと、疲れた。
 なんだか、これだけで、すっかりエネルギーを使い果たした気がする。

 これからが本番なのに、最後まで笑顔キープできるだろうか、私。
 かなり、怪しい。

「遠慮しないで、どうぞ飲んで? ただの水で申し訳ないが」

 皮肉交じりの笑みに、すっかりひきつりまくりの笑顔もどきで応戦。
「はい、いただきます」と、一口ごくりと喉を湿らせる。

 ただのお水が、一番。
 安くて、安全、健康第一。
 ワインなんかうっかり飲んで、ボロが出たら大変だ。

「それで、お話の方なんですが……」
「君は、いくつ?」

――は……あ!?

 私の言葉は、脈絡のない質問で返され完全にスルーされてしまった。

 いきなり、初対面の女性に、年、聞きますか普通。
 そっちが無視するなら、こっちだって無視!
 したいのはやまやまだけど、それじゃ、会話が続かない。

「二十八ですが?」
「ほう……二十八か。良い年頃だ」

 赤いワインを口に含み、ゆっくりと味わうように飲み下しながら注がれる視線がなんとなく粘着質で、背筋に『ぞぞぞ』と悪寒が走る。

 どうにか本題に話の流れを持って行けないものか考えあぐねていたら、敵さんが戦端を開いてくれた。

「君は、結婚を考えていないのかな?」

 またまた放たれた脈絡のないセクハラ発言に、頬の筋肉がヒクりと引きつる。

「今のところ、特に予定はないですが?」

 何が言いたいんだ、この人。
 もしかして、ただ単に、暇つぶしにからかわれてるだけとか、ないでしょうね?

「質問の仕方が悪かったな」

 フッと鼻先で笑った後、彼は、手にしていたワイングラスをテーブルに置くと、両腕を組んで私を見据えた。

「君は、東悟との結婚を、考えていないのかな?」

 感情が読めない低い声音に、ドキリと、鼓動が大きく跳ね上がる。
 質問に対する驚きではなく、まして、恐怖でもない。

――来た来た来た!
 やっと来ました、本題、メインディッシュ。

 予想を外さない想定内の質問に、がぜん、対戦モードが高まっていく。

「あの、何か誤解なさっておられるようですが、私と課長は、別になんでもないですよ」

 言いたかったことをやっと主張できて、思わず、にっこり安堵の笑みがこぼれる。

「なんでもない、ね……」

 ふうん、と、うろんげに半眼にした眼差しで私を眺めると彼は、組んだ腕をほどき傍らに置いてあったA4版ほどの大きさの茶封筒を、無造作にテーブルの上に放り投げた。

 パサリ、と封筒の口から飛び出し広がったのは、見覚えのある写真の束。

「では、これがどういうことか、説明してもらえるかな?」


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