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192【エピローグ②】完結
しおりを挟む終業後。会社の会議室を借り切り、工務課のメンバーがあつまって東悟と私のお別れ会を開いてくれていた。
中央のテーブルには、仕出しのパーティー料理や握りずしなどが、所狭しと並べられている。スポンサーは、いつも太っ腹な狸親父こと、我が太陽工業の社長様だ。
言い出しっぺの幹事は私が抜けた後の一番の古株になる美加ちゃんで、ノンアルコールのビールで気分だけ酔っぱらって、東悟にくだを巻いている。
「ううううっ。谷田部課長ー、なんで梓先輩まで連れてっちゃうんですかぁ~!」
「新婚の奥さんを置いて行ってどうするんだ」
「課長が、通い夫すればいいんですよぉ~!」
正直、私も美加ちゃんと会えなくなるのはとても寂しい。でも、まったく会えなくなるわけじゃない。
「美加ちゃん、私は仕事をやめるわけじゃないし、月に一度は会社にも顔を出すんだから。それに何かあればスカイプで顔を見て打ち合わせだってなんだってできるし。寂しくないよー」
はじめは本気で高速道路を使って通勤することを考えたけど、新妻業と母親業をこなしつつ、今までのように仕事をこなすのはどう考えても物理的に無理があった。
仕事と家庭を天秤にかければ、とうぜん新婚さんとしては家庭に傾くわけで。これは、退職もやむを得ないかと諦めかけていたところに、救世主の大黒様が救いの手を差し伸べてくれた。
大黒様こと大海社長は、「工務課の主戦力をむざむざ手放すわけがなかろう」と言って、図面台と事務機器一式をつけて私を『太陽工業工務課東京分室・室長』なるものに任命したのだ。
仰々しい役職だけど、実態は、なんのことなない『在宅社員』だ。
家に居ながらにして、仕事=図面書きができるという、まさに、神の采配。
さすが太っ腹!
実は、谷田部邸はかなり大きな日本家屋で、お手伝いさんがいて家事全般をしてくれている。なもので、素人主婦の私は、暇を持て余すこと間違いなしなのだ。
ありがたいことに、谷田部のご両親は「在宅で仕事を続けたい」という嫁のワガママを、海のような広い心で快く許して下さった。
本当に、こんなにしあわせで良いのか、私。
後で、手ひどいしっぺ返しがくるんじゃなかろうか?
と、ネガティブ思考を発揮しそうになり、ぶるぶると頭を振る。
幸せは、幸せな気持ちでありがたく享受しよう。
工務課の皆の温かい笑顔に見送られ、東悟と二人、贈られた花束を胸に抱いて会議室を後にした。
パタリと扉が閉まれば、今までの賑やかさが嘘のように廊下はシンと静まり返っている。
東悟と二人ならんで歩きながら、どちらからともなく手をつなぐ。
自分の手にすっかりと馴染んだサラサラとした手の感触に、感じる幸せ。
ぎゅっと力を込めれば、東悟は気づかわし気に顔を覗き込んでくる。
「どうした? やっぱり会社を離れるのが寂しいか?」
「うん。ちょっとね。でも、ちがうの、なんか幸せだなぁーって、しみじみしちゃったっていうか」
あなたと出会えた幸せ。
あなたと再び巡り会えた幸せ。
こうして手を繋いで並んで歩ける幸せ。
きっと、これ以上の幸せはない。
この上もない優しい笑顔で、東悟は笑う。
その笑顔に笑顔で答えて、私はしっかりと手をつなぎなおす。
――うん大丈夫。
この手の温もりがあるかぎり、何があっても乗り越えて行ける。
そうして。
私は最愛の人と二人で、新しい家族の待っている家路に向かって、ゆっくりと歩き出した。
―了―
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