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可愛い部下の愛し方【課長視点】

12 再会⑪

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 水を飲んでひとごこちついたのか、梓はベッドに座ったままうつらうつらと船をこぎだした。

「ほら、横になって」

 俺が華奢な背中に手を添えてベッドに横になるように誘導すれば、なんの抵抗もなく彼女の体はベッドに沈み込んだ。

 気持ち悪くなった時のために、横向きにした方がいいか。

 そう思い、横向きにさせようと肩甲骨のあたりに手を差し込むと、ぱちりと目を開けた梓は不安げに両手を伸ばしてきた。

「東悟……?」

 何が不安なのか、俺の名を呼び、梓は尚も両手を俺の方に伸ばしてくる。

「どうした? 俺はここにいるから」

 安心して眠れるように。その手が届く距離まで顔を近づければ、梓は少し眉根を寄せておもむろに俺の前髪をぐしゃぐしゃっとかき回した。

 セットしてあった前髪が乱れて額に落ちかかる。

 そんな俺を見つめて、梓はへにゃりと嬉しそうに微笑んだ。

「東悟だぁ」

 まるで、あのころのように無邪気に。
 俺のした酷い仕打ちなど忘れたかのように、梓は嬉しそうに微笑んでくれる。

「会いたかったの。ずうっと、会いたかった……」

 穏やかな声が、静かな室内に溶けるようにすいこまれていく。

「真っ直ぐな瞳で、見詰めて欲しかった。優しい声で、名前を呼んで欲しかった。温かい大きな手で、抱きしめて欲しかった。でもやっと会えた」

 きれいな涙の雫がポロリと目じりから零れ落ちて、枕を濡らしていく。

 けなげなその姿に愛おしさがこみあげてきて抱きしめそうになり、ぎゅっと手を握りしめて自分に言い聞かせる。

 お前にその資格はない、東悟。

「梓……。俺は、何も理由を告げずに、お前の前から姿を消した男だ。だから、そんなふうに笑いかけてくれるな……」

 懇願するように言いつのれば、また梓はへにゃりと笑った。

「だって嬉しいんだもの。またあなたに会えた。だから、嬉しくて笑っちゃうの」
「すまない……」

 ポツリ――と、
 微かに震えを含んだ自分の声が、闇の中に静かに落ちていく。

「そんな顔をしたらダメ。そんな悲しい顔をしたらダメだよ。ほら。私まで、悲しくなっちゃうでしょ?」
「梓……」

 あふれ出す想いが抑えきれず、思わずその唇にそっと口づけを落とした。梓は応えるように俺の背に両手を伸ばしてくる。その両手から、逃げるようにスルリと体を引きはがして、俺は数歩後ずさった。

「東悟……?」

 おそらく夢うつつなのだろう。
 気配が遠のいた俺を探して名を呼ぶ梓から目を逸らして。

 俺は、踵を返すとベッドルームから逃げ出した。


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