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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (2)
59 もう、好きに言ってくれ
しおりを挟む「こんな時間にどうした?」
『そりゃあ、だいじな親友の正社員採用の可否が気になって眠れないからにきまってるでしょ?』
分かり切っている用件を問えば、美由紀は案の定な答えを返してきた。
「安心しろ。無事合格だ」
『それは、さっき茉莉からメールで聞いたけど、なんだか様子が変だったのよね』
それはそうだろう。たぶん、そのメールを送っているときは、半べそをかいていたはずだからな。まさか、そんなことは言えないから俺は「そうか?」と、すっとぼけた。
『茉莉、よろこんでたよね? 感激屋だからきっと泣いてよろこんだでしょ?』
「まあ、そうだな」
『……で、兄さん、茉莉に何したのかな?』
美由紀はそれまでのトーンとは違う、抑揚のない低い声で言った。まるで、犯人を追いつめる名探偵のような有無を言わせない迫力に、思わず言葉につまる。
「な、なにって、どういう意味だ人聞きの悪い。別に何もしてない。ただコーヒーを入れてやっただけだ」
『え? 兄さんがコーヒーを入れたの? 茉莉じゃなくて?』
「そうだ。いつも入れて貰っているからな。たまにはいいだろう?」
『……それで、そのあとは?』
「……は?」
なんでそこを突っ込む、妹よ。
「別にいいだろうそんなこと。俺は疲れてるから、もう切るぞ」
後ろ暗いところがありまくる俺は焦って電話を切ろうとするが、美由紀はすかさず追撃をかけてくる。
『……まさか、いきなり押し倒したりしてないよね?』
「ばっ、そんなワケあるか!」
言うに事欠いて、この妹は。お前は兄を犯罪者にしたいのか?
『じゃあ、うれし泣きする茉莉が可愛すぎて、思わず抱きしめちゃったとか?』
なおも追撃の手を緩めない美由紀に、大きなため息をつく。これは、正直に言った方が早く解放してくれそうだ。
「ただ、素の俺で会話を試みただけだ。まあ、多少ショックをうけたようだったが……」
『……それか!』
どれだよ、それって。
「これから一緒に仕事をするんだから、素の俺を知ってもらわなきゃはじまらないだろうが」
『で、いきなり俺様トークを炸裂させて、せっかく正式採用で喜んでた茉莉のメンタルを奈落の底に突き落としたわけね?』
あまりに的確過ぎる美由紀の洞察に、思わず返す言葉が浮かばない。
なぜ、そこまで正確に俺の行動が読めるんだ?
千里眼か? 怖すぎるぞ、お前。
『ねえ、兄さん』
「なんだよ」
『いくら兄さんでも、茉莉を本当に傷つけたら、あたし許さないよ?』
その声はひどく真剣で、美由紀にとって茉莉がどれほど大切な存在なのか、改めてわかった気がする。血を分けた唯一の妹に嫌われたくはない。俺だって、なにも茉莉を傷つけたいわけじゃないのだ。
だから俺は大きなため息の後、はっきりと明言した。
「わかった。肝に銘じておく」
『よぉーく、銘じておいてください。それにしても……』
お返しとばかりに、はぁーっと大きなため息をつく美由紀に、俺は眉根を寄せる。
「なんだよ?」
『好きなのについつい意地悪しちゃうなんて、こと恋愛に関する兄さんのメンタリティーって、小学生並みだよね。ほんっと、残念なイケメンさんだ』
「小学生って……、失礼な。これでも立派なバツイチだ」
『おー。好きなのにって部分は否定しないんだ』
からかいモードで言ってくる美由紀の言葉を否定する気力がわいてこない。
もう、好きに言ってくれ。
「揚げ足を取ってないで、早く寝ろ。具合いがあまりよくないんだろう?」
兄貴かぜを吹かせて言えば、美由紀は素直に『はーい』と応えた。
『んじゃ、おやすみなさい』
「ああ、おやすみ」
スマホの通話ボタンを切れば、どっと押し寄せてくる疲労感。
ったく、友達思いなのはいいが、兄貴をからかって遊ぶんじゃない。
コーヒーカップを乗せたトレーを給湯室に下げて、俺は今度こそ家路についた。
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