オ・ト・ナの、お仕事♪~俺様御曹司社長の甘い溺愛~【完結】

水樹ゆう

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第4章 ファーストキスは助手席で

68 夜祭幻想②

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――よぉしっ。あの子にしよう!

 意気揚々とでも細心の注意を払って、その子めがけてポイを近づけて、横から、すっとポイを水面に滑り込ませる。そっと持ち上げると、意外なほど簡単に子亀はポイの中に納まった。そして、はやる気持ちを抑えて、ゆっくりとポイを水面から持ち上げた瞬間。

「あっ!?」

 声を上げる間もなく『ペロン』と水分を含んだポイは破れて、せっかく掬った子亀は自重で水槽の中へ落ちてしまった。と思いきや、祐兄ちゃんが受け皿でナイス・キャッチ。

――やった! すごい、祐兄ちゃん!

 私は飛び上がらんばかりに、嬉しくなった。

「おじさん、今のセーフだよね?」

 祐兄ちゃんはニコニコ笑顔で、お店のオジサンにカップの中に入った子亀を掲げてみせた。

「ああ、セーフだよ」

 カラカラと豪快に笑った後、オジサンは『でもなぁ』と、少し眉根を寄せて言いよどむ。

「その亀はちっと元気がないから、育たんかもしれんなぁ。元気なのとかえてやっから、好きなのを選んでいいぞ、嬢ちゃん」
「え……?」

『元気がないから育たない』
 幼いながら、私は、その言葉の意味をなんとなく悟った。

 でも。きっと、そんなことない。
 この子は、ぜったい元気に大きくなる。そんな脈絡のない自信が湧いてくる。

 私は、祐兄ちゃんの持つカップの中で、こちらを見上げて来る小さな亀と見つめ合った。つぶらな瞳は、『私を連れていって』、そう訴えている気がした。

 出会いに『運命』というものがあるのなら、たぶん、これはまさしく『運命』に違いない。

「ううん、私、この子がいい!」

 そしてそのとき、私はすでにこの亀さんの名前を決めていた。

「亀子さぁん……」

 夢と現の狭間でたゆたいながら、今や立派な甲長二十センチ超えの大人に成長した愛亀の名を私は呟いた。瞬間、右頬に走った鋭い痛みに、強引に現実に引き戻される。

――痛い。
 だれだ、人のほっぺたをつねるやつは!

 って。

「あれ……?」

 私、何してたんだっけ?
 というか、ここはどこ?

 痛みの走った頬をナデナデしつつ人の気配がする右側にぼんやりと視線を巡らせれば、銀縁メガネの奥から鋭い眼光を放ち、私を睨み下ろす不動明王様と視線がかち合った。

「助手席で爆睡をかますとは、ずいぶんな余裕だな」

 地を這うような低い声音にひくっと、浮かべようとした愛想笑いが、盛大にひきつる。

――なにがどうして、あの優しかった祐兄ちゃんが、目の前にいる不動明王に化けたんだろう?

 解せない。

 私は、世の不条理を、肌でひしひしと感じた。


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