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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (3)
85 マイ・フェア・シンデレラ⑨
しおりを挟む「私、もしかしたら社長に奥さんがいるかもって考えて、そうしたらなんだか悲しくなって……」
俺の反応を見てさすがに説明不足だと感じたのか、茉莉はしどろもどろで言葉を紡ぐも、イマイチうまくいかない。が、俺には茉莉の言いたいことがピーンときた。
何のことはない。接待の相手が俺の奥さんだと勘違いして、やきもちを焼いたのだ。納得した俺は、ニッコリと口の端を上げた。
「へぇ。なるほどねぇ」
自信満々なその笑顔に内包される不穏な空気を察知して、茉莉の頬がひくっとひきつる。
「嫉妬してくれたわけだ。それで俺が好きだと自覚したと」
いや。なんというか、かなりうれしいんだが。
「……はい」
茉莉は顔を真っ赤に染めて、コクリとうなずく。
――なんだ、このカワイイいきものは。
思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、なんとか理性で封じ込めようとした。が、どうしたことか理性はどこかに出張中らしく、本能の命ずるまま茉莉の方にずいっと体を寄せた。
茉莉は俺の急接近に驚いて身を引こうとするが、俺は両肩をがっしりつかんで至近距離で視線をからめた。
見たかった。茉莉の瞳に、嘘がないことを。俺が好きだというその言葉が、真実なのかを知りたかった。俺を好きだというなら、その『証』を見せてくれ。
「で、告白をすませた茉莉ちゃんは、次にどうしたいのかな?」
『茉莉ちゃん』と、初めて名前を呼べたことに喜びを感じている暇もなく。
「……え、は、あの……別に、どうしたいとか、そんなことは」
茉莉はどうも、気持ちを伝えることしか考えていなかったようだ。だからその先を問われても、頭の中は真っ白で何も言葉が浮かばないのだろう。ワタワタと慌てる様子も可愛く見えてしまうんだから、自分が思っているよりも、俺は茉莉に惚れているらしい。
後で美由紀が知ったら、『してやったり』と会心の笑みを浮かべるに違いないが、それでもかまわない。俺は、茉莉が欲しい。社長でも昔なじみのお兄ちゃんでもなく、ただの男として、篠原茉莉という一人の女に恋い焦がれている。そう思っている自分の気持ちを、今はっきりと自覚していた。
「ふつうは、愛の告白をしたら、次にすることは決まってるよな?」
そう言ってツンツンと、俺は、自分の唇を催促するみたいにつついて見せた。
「えっ……?」
まさかの、俺からのキスの催促に、茉莉は信じられないように目を見開いた。
「ほぉれ」
と、再び、今度は茉莉の唇をつっつけば、ヒンヤリとした指先に伝わるやわらかな唇の感触と温もりが、俺のなけなしの理性を突き崩しにかかる。
「俺からしてもいいけど、その場合、手加減はしないからな」
「て、手加減って……」
「さあ、どっちがいい?」
さすがに手加減なしのキスをすると宣言されては、腰が引けるのだろう。わずかに視線をさまよわせた茉莉は、意を決したように、愉快そうに見つめる俺の顔に自分の顔を近づけてくる。
ドキ、ドキ、ドキと。年がいもなく、鼓動がやけに早く感じた。
ちょん、と茉莉の柔らかい唇が俺の唇に触れた瞬間、身体に走った衝動をなんと呼べばいいのだろう。
それは、とてつもなく、甘い戦慄。
これで目的達成とばかりに反射的に身を引こうとした茉莉の身体を強引に引き寄せ、自分の懐にすっぽりと抱え込む。息遣いさえ感じるほど近くに好きな女の、そう自覚したばかりの女の、愛おしい顔がある。
「せっかく自分から飛び込んできてくれたものを、そう簡単に逃がすか」
茉莉の耳元に落としたささやきが、暴走しはじめた感情を示すように低くかすれた。
こんなに近くにいるのに。
いや、こんなに近くにいるから。
苦しくて、せつなくて、もっと、もっと、知りたくなる。
俺は、ためらいなく、茉莉の唇に自分のそれを重ねた。
初めは優しく、ついばむようにわずかに触れて、すぐに離れる。
おそらくは、無自覚なのだろう。真っ直ぐ見上げてくる茉莉の瞳に灯るのは、艶を含んだ情熱の焔。自分と同種のその熱を確かに感じて、これでもかと俺の理性が大きく揺さぶられた。
「っ、こら、そんな顔をしてると、本当に手加減できなくなるぞ……」
低い囁きと一緒に、キスの雨を降らせていく。
一降りごとに、深くなるその甘いキスの雨に自分自身も翻弄されながら、俺は、身の内に広がる熱い衝動と確かな幸福感をかみしめていた――。
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