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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第三十四話 神器のもたらす恩恵
しおりを挟む上空を舞う異形の魔物を見上げながら、蒼い髪の少女は美しい眉目を歪ませている。
「せめて……狙撃用の追加銃身がここにあれば……でも威力が……というか、どっちにしたって持ってきてないし……ん? あれ……」
ステフは一人苛立ちを露わに呟いていたが、何かを思い立ったのか右手に持つ《衝撃銃》を見た。
その銃身は元々のものよりも洗練されているが、この銃の特徴でもある拡張性は維持しているようで、追加武装着装用のハードポイントなどは残されている。
「ねえ、ソルブライト」
『なんでしょう? ステフ』
「この銃、貴女どうやって……何を参考に改良したの?」
ステフの問いに、ソルブライトが微かに笑った。
『気がつきましたね……貴女の考えているとおりですよ。
要は防護服と同じですが、貴女の記憶や知識からのフィードバックです。さらに付け加えますと、貴女の知識にある改良はこの場で行うことも可能です』
つまり、今回ソルブライトが《リンケージ》の際に施した改良は、元々ステフの知識にあったものだったのだ。
確かに、その設計はアテネに来る前に完成し、帰国したならば王立科学研究所において制作する予定でもあった。
もっとも、銃身の外観など、ステフが設計したものとは若干異なる形で、《衝撃銃》は改良されていたし、イメージの具現化の段階で多少の差異はあるようだ。
そんなことよりも、ソルブライトの返答は、ステフにとってはまさに期待していたとおりのものだった。
「ということは、できるの? アレも?」
心なしか、ステフの声のテンションが跳ね上がる。
対して、胸元のソルブライトの念話はトーンダウンしたかのように、
『アレなるものがどのようなものかは、何となく予想出来ますが……貴女の知識にあるものならば、ガイアの力を応用して実体化出来ます』
「じゃあ希望! 今すぐ! というか、アレしかこの場をなんとかできないし」
戦闘中だというのに、ステフはその場でぴょんぴょんと跳ねながらはやし立てた。
『浮かれすぎです! それに、複雑な武装などを実体化すれば当然負担がかかります。ああ、しっかり説明していませんでしたが、この《リンケージ》は貴女の精神に負担を掛けているんです。あまり長時間連続で《リンケージ》し続けるのは精神的に疲弊させますし、せいぜいあと一回武器精製するくらいで気力が尽きますよ』
「というと、アレは一発限りだし……。……一応あたしの頭にはアレの実用化プランとして、銃身の冷却を強烈に行って、銃身を凍結させることでオーバーヒートによる自壊を防ぐっていうのが……」
『その冷却をどのような方法で行うのです?』
「そこは……不思議な力で……って無理?」
『ガイアの力は大地ですからね……物質を操りますが、冷却については無理です』
「やっぱり……」
ガクリと肩を落とすステフ。
そんな彼女たちの会話を脇で見ていたダーンは、ミランダが展開する防護幕に、再びカラス馬が黒い羽の弾丸を掃射し、その羽の弾丸が着弾する様子を見つめながら怪訝な顔で問いかける。
「なあ……一応手が出ないとはいえ戦闘中だぜ。一体、さっきからなんの話だ?」
「そんなコト分かってるわよッ。だからアイツを撃ち抜く武器開発をしようって話なの。あたしの《衝撃銃》の追加銃身の一つで、高威力の対艦狙撃砲……」
『……そこで口元を緩めるクセは、なおした方がいいですよ』
重い溜め息をつくように、ソルブライトの念話が響く。
「べっ、べつにワクワクとかしてないんだからッ」
慌てて緩んだ口元を引き締めて抗議するステフ。
「おーい……」
ダーンはそんな彼女たちのやり取りに、半ば絶句状態だ。
『それにしても、問題は狙撃するタイミングです。敵の攻撃はこのままガイアに何とかしていただくとして、あの素早い動きをどう捉えるかですが……』
「ここで考えていても始まらないわ……ソルブライト、現状の技術で実現可能な狙撃砲のプランをイメージするから実体化して。命中精度を重視し、より収束してできる限り弾速を上げるプランよ」
『了解しました。…………はい、これならば可能です』
ステフのイメージを即座に吟味し、ソルブライトは答える。
その処理速度に感嘆を覚えつつも、ステフはさらに質問する。
「精製の時間は?」
『この程度ならば一分ほどです。もう精製に入っていますし、イメージの伝達も完璧ですから』
ソルブライトの言葉が終わると、ステフの右手に握られていた《衝撃銃》は淡い桜色の光に包まれ始め、彼女の手から離れていく。
そのままステフの胸の前あたりに宙に浮いて、《衝撃銃》は大量の桜の花びらに包まれてしまった。
「問題は、どう当てるか……ね。弾速はかなり早いけど、一発限りだからよく狙いたいわ。でも、あんな遠くで、飛翔速度も速いし、動きも複雑だし……」
ステフは《衝撃銃》を包み込む桜の花びらで出来上がった桜色の球体を眺めつつ、顎のあたりに右手をあてがいながら思案し呟く。
「目標が素早いなら、その動きを止めてしまうか、こちらがより早く動くかだよな」
ダーンの言葉に頷くステフだったが、直後に彼女は首を横に振った。
「束縛系のサイキックか……使ったことないし、第一、あの障壁に阻まれてしまうわ」
「そうすると、君が加速するほうだな」
確かに、剣術とは少し異なるものの、動きのあるものを銃で狙撃するのに、標的の動きを予測し狙うのだから、相手よりも時間の流れが速ければ、相対的に相手の速度が落ち、狙いやすくなるだろう。
「でも……あたし、《固有時間加速》は使えないよ」
「……《ユニゾン》ならどうか?」
「あ……」
ステフが気の抜けた声を上げたその瞬間、彼女の目の前で《衝撃銃》を包み込んだまま徐々に膨らんでいた桜の花びらで出来た球体は、一瞬にして周囲に舞い散るように拡散し、中から白銀の長大な銃身が姿を現す。
それは、ステフがアリオス湖で撃った対艦狙撃砲とは少し違う形状のものだった。
全体的にシャープなイメージで、銃身もオリジナルの対艦狙撃砲に比べ細身だ。
さらに、オリジナルには銃身横にサブグリップが突き出ていたが、これは銃身の下部に手を添えるタイプで、オリジナルの対艦狙撃砲がどちらかと言えばバズーカランチャーのようなものに近い形状だったが、今回はライフル銃のそれに近いだろう。
『精製完了。……確かに、それならば加速のイメージが出来ますね。それに、ステフのサイキックもより顕著な働きを射撃に及ぼすことでしょう』
「あたしの射撃にサイキック?」
『やはり無意識でしたか……。あなたはダーンの剣術同様、射撃の際に意志の力を利用して命中補正しているんですよ』
「へ? うそ? そんなこと知らなかった……」
ソルブライトが精製した対艦狙撃砲を両手に受けながら、少し愕然とするステフ。
「まあ、そんなところだと思っていたけどな……」
ダーンの得心がいった風な物言いに、ステフは、右手だけで銃把を握って銃を提げ、左手を腰に当てながら睨めあげる視線を向ける。
「知ったかぶって……」
「まあな……だってさ、ステフ、銃撃つときほとんど狙ってないじゃないか。本来は、ハンドガンって言うのは照星と照門を合わせて狙うもんだろ……君、そういう構え方してないし」
「あら……『照星と照門』なんてよく知っていたわね」
照星とは、銃の銃身先端銃口の上にある照準器の一つで、照門とは、銃後部の上にある凹型のパーツで、照星と合わせることで、銃の狙いを定めるものだ。
「一応、傭兵なんでそのくらいな」
「あのぉ……そろそろ、戦闘の方に加わっていただけます? 私一人防護幕張っていて、活躍しすぎな気もしますので……」
カラス馬からの第三波攻撃を重力の障壁で阻止しつつ、大地母神ガイアたるミランダが、溜め息交じりにジト目をステフ達に向けて言う。
「ご、ごめんなさい……ダーン、《ユニゾン》の準備よ」
「ああ……」
ステフに急かされる形で、ダーンは右手で《ユニゾン》のため、ステフの左手を握るが……。
「あの……ここで手を握られたりすると、銃を構えられないんだけど……この銃身を片手で支えるなんて、流石に照準がうまく合わないってば」
左手を握られた状態で、少しだけ顔を赤らめつつもステフはジト目でダーンを見る。
「え? ……ああ、そうか……」
気の抜けた返答をしつつ、頷くダーン。
『ああ……盲点でした。あなた方の《ユニゾン》は直接肌が触れていないとダメでしたね』
そんな二人の脳裏にソルブライトの溜め息交じりの言葉が響いた。
「だからって、狙撃する手や肩に触られたら、狙いが……」
狙撃をする際には、その銃を構える自己の肉体は《静》の状態を保ちたいものである。
そんな状況に、銃を構える手や肩などに他人の手が触れているなど論外だ。
『そうですね……ここはやはり、他に露出した部分を触るしかありませんね……』
「え……他って……」
呟くダーンの視線が少し下がって、蒼穹の瞳に僅かにまぶしすぎる太ももが映り込んでいた。
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