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1. 青灰色の目をした魔道具師
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まだちらほらと雪が残る林の中に、ぽつんと1軒の小さな家が建っていた。レンガと木で作られたその家の煙突からは煙が立ち上り、玄関の横には樽と金属製の丸テーブル、椅子が置かれている。テーブルの周りだけ揺らめく陽炎が立っているのは、そこに暖気魔法がかけられているからだ。
「相変わらず君の作る魔石は綺麗だな、エックハルト」
椅子に腰かけたヴィクトール・ゼーアが正八面体の石を冬の陽にかざすと、コインほどの大きさのそれはキラキラとオレンジ色に光を反射した。一見ガラスのようにも見える魔石は魔力が結晶化したもので、魔力が弱い者や機械の動力源などに使われるものだ。
曇り一つない澄んだ輝きをひとしきり楽しんでから、そっと机の上に置く。目の前に座った男が、不思議そうに魔石と同じオレンジの目を細めるのが見えた。
「ヴィクターだってこれくらい作れるだろう」
「こ、この色がいいんだよ」
代金の入った袋をエックハルトに押しやりながら、ヴィクトールは早口で弁解した。別に魔石の色なんて本当は何でもいいのだが、そういうことにしておかないといけない。魔石は作った人の魔力波長を反映した色になる。それは大体瞳の色と同じで、ヴィクトールが作る魔石は青灰色だ。
「そっか、ありがとう」
整った顔のパーツを動かし、ふわりとエックハルトが笑う。どうやらヴィクトールの言い訳には気づいていないらしい。
「それじゃあ、仕事の話はこれくらいにして、後はのんびり近況報告でもしようか。先週皆で出かけてね、ヴィクターと一緒に食べようと思って焼き菓子を買ってきたんだ」
「それは嬉しいな」
ヴィクトールが返すと、今持ってくるからちょっと待ってて、とエックハルトは硬貨の入った袋を持って立ち上がった。中身を確認することもなく、ローブと長い金髪を風に揺らしながらそのまま室内に入っていく。
その細身の背中を見送っていると、ほぼ入れ替わりで玄関から青年が現れた。手に茶器を載せたトレイを持っている。二言三言すれ違いざまにエックハルトと言葉を交わしたのち、ヴィクトールの方へ向かってきた。
「こんにちは、ヴィクトールさん」
「うん、こんにちは、カイ君」
赤みの強い焦げ茶の髪と、同じ色の大きな目。つんと尖った鼻と小さな口は小動物を思わせる可愛さがある。頭の後ろに直しきれていない寝癖が残っているのを見て、ヴィクトールは自分の口元が緩むのを感じた。
必要もないのに友人であるエックハルトに魔石づくりを頼み、そして事あるごとに用事をこしらえてはヴィクトールがここを訪れている理由、それが彼、カイ・アーレントである。
エックハルトの遠縁の親戚にあたる彼は、15年ほど前に両親を事故で失い、アルマという名の双子の妹ともどもエックハルトに引き取られていた。今ではエックハルトのもとで2人とも魔法使い見習いとして研鑽を積んでいる。
子供を引き取った、と突然エックハルトが家に2人を連れ帰ってきたときは、好奇心旺盛な小さい生き物にどう対処したらいいか分からず、ヴィクトールは大いにうろたえたものだった。とはいえ最初は単純に「かわいい」と思って愛情を注いでいたのだ。それは断言できる。だが、成長しても天真爛漫なカイに、いつしかヴィクトールは幼子へ向けるのとは違った意味での愛しさを感じるようになっていた。
くるくると豊かな感情を映し、まっすぐにヴィクトールを見る目、よく笑う口元、滑らかによく響く、大人の男になった声。それらを考えるだけでヴィクトールはそわそわし、胸が高鳴るのを感じた。
そう、端的に言えば、ヴィクトールはカイに惚れていたのだ。
とはいえ、ヴィクトールはこの気持ちを誰にも、魔術学校時代からの親友であり、一時は同居までしていたエックハルトにすら言うつもりはなかった。むしろ、彼がどれだけカイとアルマを大切にしているかを知っているからこそ、それは隠さなければいけないだろう。我が子同然に育ててきた大切な存在を邪な目で見ていると彼が知ったら、どんなに軽蔑されるだろうか。そもそも今年成人したカイとヴィクトールでは年だって15歳以上違う。カイの方だってこんな萎びかけた、特に魅力も金もないおじさんに好かれたって迷惑に違いない。
だから、ただこうやって、時々彼の顔を見られれば、それでいい。
ぎこちない手つきで、カイはトレイを机の上に下ろした。繊細そうなポットの注ぎ口を傾ける。エックハルトお気に入りの、林檎の紅茶の甘い香りが広がった。
魔石をどかすと、注ぎ分けた紅茶が目の前に置かれる。ソーサーから離れていくカイの手を目で追ってしまっていることに気づいたヴィクトールは、慌てて視線を紅茶に戻した。
「ありがとう。えっと……先週出かけたんだって? どこに行ったの?」
「あ、はい! 師匠と、アルマ……妹と、首都に行ってきたんですよ!」
少しでも長く、カイと触れ合いたかった。会話の口実としてさっきエックハルトから得た情報を使うと、ぱあっと花が開くようにカイが笑う。
「まあ師匠が魔術師協会に行くついでにちょっと観光もしてきた、って感じなんですけど。『森の領主』の館とか、海岸防壁とか見に行って……領主さんすごいですよね、あんな金ピカの家って絶対落ち着かなかったと思うんですよ俺。ていうか知ってます? 首都って融雪用に弱い暖気魔法が街中に張り巡らされてて、道路の雪かきがいらないんですよ!」
よほど楽しかったのだろう、見てきたこと、体験してきたことをわあっと喋りだすカイ。融雪魔法なんて10年以上前から大きめの都市には整備されているのに、とヴィクトールは吹き出すのをこらえるのに必死だった。それにこんなに興奮できるなんて、なんてあどけなくて純粋なんだろうか。
「あとですね、はじめてうなぎの燻製食べたんですけど、もう口の中で蕩けるっていうかすっごい脂で、でもエールに合って美味しくてですね」
「うん」
相槌を打ったヴィクトールは、カイの目が明るく輝いていることに気づいた。ドングリのような艷やかな目に、先程光にかざした魔石のように、キラキラと一番星のような瞬きが内包されている。
(あ……)
その煌めきに、ヴィクトールは見覚えがあった。恋する者の目つきである。
この子もか、と思った。
学生時代、幾度となく見た眼差しだった。大抵はヴィクトールが淡い好意を抱いている相手で、その目線の先にはエックハルトがいた。
心の奥底に、氷が差し込まれた気がした。ふわふわと心地よく浮かんでいた気持ちがすうっと冷え、息苦しさが襲ってくる。熱くなった目頭を気取られないように、慌ててまばたきを繰り返した。
それでも、一生懸命に話す青年からヴィクトールは目を離せなかった。くるくると動く目が不意にヴィクトールの方を向いた、と思った瞬間、カイの頬にかあっと朱が差す。
「あっ……す、すいません俺、一方的に喋っちゃって……」
「いや」
眉目秀麗で魔術師として引っ張りだこのエックハルトに対し、なんとか魔術学校を出て、魔道具師として細々と生きるヴィクトールでは格が違いすぎる。華やかで明るい金髪にオレンジの目をしたエックハルトと、黒っぽくくすんだ金の髪に大体下を向いている青灰色の目という陰鬱なヴィクトール。その見た目が、更に二人の差を際立たせている、とヴィクトールは自己分析していた。ヴィクトールがエックハルトに勝っているのは上背くらいのものだ。
「好きなんだな、エックハルトのこと」
口から出た言葉は、想像以上に冷たかった。小さな憧れを踏みにじってあざ笑うような、見下すような響き。エックハルトはいいやつだし、ヴィクトールと趣味と価値観が合う、数少ない友人でもある。彼を恨むのは筋違いだとわかっていたが、自分が想いを寄せていたカイの心まで攫っていかれたのが悔しかったのだ。
ヴィクトールの一言で、それまで大袈裟に身振り手振りをしながら話していたカイの動きがピタリと止まった。赤く火照るようだった頬がさっと強張る。キラキラと弾けるようだった瞳は輝きを失い、代わりに涙が滲んできているようだった。
突然のことにヴィクトールが戸惑っているうちに、カイの目の縁に涙が溜まっていく。あっという間に表面張力は限界を迎え、ぽろりと頬を水滴が転がり落ちていった。
頬を拭った指先を見下ろし、カイは小さく声を上げた。焦げ茶の瞳が揺れた、と思った瞬間、身を翻して駆け出している。
「相変わらず君の作る魔石は綺麗だな、エックハルト」
椅子に腰かけたヴィクトール・ゼーアが正八面体の石を冬の陽にかざすと、コインほどの大きさのそれはキラキラとオレンジ色に光を反射した。一見ガラスのようにも見える魔石は魔力が結晶化したもので、魔力が弱い者や機械の動力源などに使われるものだ。
曇り一つない澄んだ輝きをひとしきり楽しんでから、そっと机の上に置く。目の前に座った男が、不思議そうに魔石と同じオレンジの目を細めるのが見えた。
「ヴィクターだってこれくらい作れるだろう」
「こ、この色がいいんだよ」
代金の入った袋をエックハルトに押しやりながら、ヴィクトールは早口で弁解した。別に魔石の色なんて本当は何でもいいのだが、そういうことにしておかないといけない。魔石は作った人の魔力波長を反映した色になる。それは大体瞳の色と同じで、ヴィクトールが作る魔石は青灰色だ。
「そっか、ありがとう」
整った顔のパーツを動かし、ふわりとエックハルトが笑う。どうやらヴィクトールの言い訳には気づいていないらしい。
「それじゃあ、仕事の話はこれくらいにして、後はのんびり近況報告でもしようか。先週皆で出かけてね、ヴィクターと一緒に食べようと思って焼き菓子を買ってきたんだ」
「それは嬉しいな」
ヴィクトールが返すと、今持ってくるからちょっと待ってて、とエックハルトは硬貨の入った袋を持って立ち上がった。中身を確認することもなく、ローブと長い金髪を風に揺らしながらそのまま室内に入っていく。
その細身の背中を見送っていると、ほぼ入れ替わりで玄関から青年が現れた。手に茶器を載せたトレイを持っている。二言三言すれ違いざまにエックハルトと言葉を交わしたのち、ヴィクトールの方へ向かってきた。
「こんにちは、ヴィクトールさん」
「うん、こんにちは、カイ君」
赤みの強い焦げ茶の髪と、同じ色の大きな目。つんと尖った鼻と小さな口は小動物を思わせる可愛さがある。頭の後ろに直しきれていない寝癖が残っているのを見て、ヴィクトールは自分の口元が緩むのを感じた。
必要もないのに友人であるエックハルトに魔石づくりを頼み、そして事あるごとに用事をこしらえてはヴィクトールがここを訪れている理由、それが彼、カイ・アーレントである。
エックハルトの遠縁の親戚にあたる彼は、15年ほど前に両親を事故で失い、アルマという名の双子の妹ともどもエックハルトに引き取られていた。今ではエックハルトのもとで2人とも魔法使い見習いとして研鑽を積んでいる。
子供を引き取った、と突然エックハルトが家に2人を連れ帰ってきたときは、好奇心旺盛な小さい生き物にどう対処したらいいか分からず、ヴィクトールは大いにうろたえたものだった。とはいえ最初は単純に「かわいい」と思って愛情を注いでいたのだ。それは断言できる。だが、成長しても天真爛漫なカイに、いつしかヴィクトールは幼子へ向けるのとは違った意味での愛しさを感じるようになっていた。
くるくると豊かな感情を映し、まっすぐにヴィクトールを見る目、よく笑う口元、滑らかによく響く、大人の男になった声。それらを考えるだけでヴィクトールはそわそわし、胸が高鳴るのを感じた。
そう、端的に言えば、ヴィクトールはカイに惚れていたのだ。
とはいえ、ヴィクトールはこの気持ちを誰にも、魔術学校時代からの親友であり、一時は同居までしていたエックハルトにすら言うつもりはなかった。むしろ、彼がどれだけカイとアルマを大切にしているかを知っているからこそ、それは隠さなければいけないだろう。我が子同然に育ててきた大切な存在を邪な目で見ていると彼が知ったら、どんなに軽蔑されるだろうか。そもそも今年成人したカイとヴィクトールでは年だって15歳以上違う。カイの方だってこんな萎びかけた、特に魅力も金もないおじさんに好かれたって迷惑に違いない。
だから、ただこうやって、時々彼の顔を見られれば、それでいい。
ぎこちない手つきで、カイはトレイを机の上に下ろした。繊細そうなポットの注ぎ口を傾ける。エックハルトお気に入りの、林檎の紅茶の甘い香りが広がった。
魔石をどかすと、注ぎ分けた紅茶が目の前に置かれる。ソーサーから離れていくカイの手を目で追ってしまっていることに気づいたヴィクトールは、慌てて視線を紅茶に戻した。
「ありがとう。えっと……先週出かけたんだって? どこに行ったの?」
「あ、はい! 師匠と、アルマ……妹と、首都に行ってきたんですよ!」
少しでも長く、カイと触れ合いたかった。会話の口実としてさっきエックハルトから得た情報を使うと、ぱあっと花が開くようにカイが笑う。
「まあ師匠が魔術師協会に行くついでにちょっと観光もしてきた、って感じなんですけど。『森の領主』の館とか、海岸防壁とか見に行って……領主さんすごいですよね、あんな金ピカの家って絶対落ち着かなかったと思うんですよ俺。ていうか知ってます? 首都って融雪用に弱い暖気魔法が街中に張り巡らされてて、道路の雪かきがいらないんですよ!」
よほど楽しかったのだろう、見てきたこと、体験してきたことをわあっと喋りだすカイ。融雪魔法なんて10年以上前から大きめの都市には整備されているのに、とヴィクトールは吹き出すのをこらえるのに必死だった。それにこんなに興奮できるなんて、なんてあどけなくて純粋なんだろうか。
「あとですね、はじめてうなぎの燻製食べたんですけど、もう口の中で蕩けるっていうかすっごい脂で、でもエールに合って美味しくてですね」
「うん」
相槌を打ったヴィクトールは、カイの目が明るく輝いていることに気づいた。ドングリのような艷やかな目に、先程光にかざした魔石のように、キラキラと一番星のような瞬きが内包されている。
(あ……)
その煌めきに、ヴィクトールは見覚えがあった。恋する者の目つきである。
この子もか、と思った。
学生時代、幾度となく見た眼差しだった。大抵はヴィクトールが淡い好意を抱いている相手で、その目線の先にはエックハルトがいた。
心の奥底に、氷が差し込まれた気がした。ふわふわと心地よく浮かんでいた気持ちがすうっと冷え、息苦しさが襲ってくる。熱くなった目頭を気取られないように、慌ててまばたきを繰り返した。
それでも、一生懸命に話す青年からヴィクトールは目を離せなかった。くるくると動く目が不意にヴィクトールの方を向いた、と思った瞬間、カイの頬にかあっと朱が差す。
「あっ……す、すいません俺、一方的に喋っちゃって……」
「いや」
眉目秀麗で魔術師として引っ張りだこのエックハルトに対し、なんとか魔術学校を出て、魔道具師として細々と生きるヴィクトールでは格が違いすぎる。華やかで明るい金髪にオレンジの目をしたエックハルトと、黒っぽくくすんだ金の髪に大体下を向いている青灰色の目という陰鬱なヴィクトール。その見た目が、更に二人の差を際立たせている、とヴィクトールは自己分析していた。ヴィクトールがエックハルトに勝っているのは上背くらいのものだ。
「好きなんだな、エックハルトのこと」
口から出た言葉は、想像以上に冷たかった。小さな憧れを踏みにじってあざ笑うような、見下すような響き。エックハルトはいいやつだし、ヴィクトールと趣味と価値観が合う、数少ない友人でもある。彼を恨むのは筋違いだとわかっていたが、自分が想いを寄せていたカイの心まで攫っていかれたのが悔しかったのだ。
ヴィクトールの一言で、それまで大袈裟に身振り手振りをしながら話していたカイの動きがピタリと止まった。赤く火照るようだった頬がさっと強張る。キラキラと弾けるようだった瞳は輝きを失い、代わりに涙が滲んできているようだった。
突然のことにヴィクトールが戸惑っているうちに、カイの目の縁に涙が溜まっていく。あっという間に表面張力は限界を迎え、ぽろりと頬を水滴が転がり落ちていった。
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