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「ジュン、こっちとこっち、どっちがいいかなあ」
「んん……」
樹が両手に持った黒とコーヒー色のカーディガンを見比べ、淳哉は唸った。
日曜日、樹と淳哉は渋谷のファッションビルに来ていた。目的はもちろん、樹の服を買うためである。
須野原に飲みの誘いをしたところ、「ごめん、今日はこれからバイトがあるから……来週の授業後だったらいいよ」と言われたのだ。だから、せっかくなのでそれに備えて勝負服を購入しようと思い立ったのである。「女子高生かよ」とまた笑われたけれど、服選びを手伝ってほしいとお願いしたら淳哉もついてきてくれた。
「そうだなあ」
カーディガンを見比べた淳哉の視線がちらりと樹を見て、それから少し骨ばった指がコーヒー色のほうを指し示す。
「こっちのほうが似合ってるな。髪色が茶色っぽいから」
「よかった、僕もこっちの方がいいかなって思ってたんだ」
「なら聞くことないだろ」
「ごめん、自信なくて……自分が選ぶものって、なんか間違ってる気がして」
「……大丈夫だよ、ほら。似合ってる」
樹の手からカーディガンを取った淳哉が、鏡の前に立った樹にそれを合わせる。鏡越しに、少し悲しそうに笑っている淳哉が見えた。
「もっと自信持てって。そんな卑屈になる必要なんてないんだから」
「うん……」
自分でも、うじうじして優柔不断で、流されやすい性格なのは自覚している。だからこそ、こうやって背中を押してくれる淳哉につい頼ってしまうのだ。
中学高校と、社会貢献に一ミリも興味がなかったのに「淳哉が入部したから」という理由だけでボランティア部に入ったし、大学だって「数学の先生になりたい」という夢を語る淳哉にくっついて同じ大学の同じ学部に入ってしまった。当然授業も大半が被っている。淳哉は「一緒で嬉しい」と言ってはくれたが、内心迷惑がられていても不思議ではない。彼はそんな奴ではないと思いたいけど。
樹自身、自分がそう振舞う理由は何となくわかってはいる。このまま淳哉と就職先まで一緒にするわけにもいかないし、どうにかしなくてはいけないとも。だがそれでも、「自分に正しい判断なんてできるはずがない」という不安感はどうにも拭えないのだ。
「ほら、さっきのとも合ってるし」
散々樹が迷い、そしてハンガーラックに戻したTシャツを再度淳哉は引っ張り出し、カーディガンを着せるようにして樹に合わせた。
「サイズ感とか大丈夫だと思うけど、気になるなら試着してきなよ」
「そ、そうだね」
言われるまま試着室に向かう。淳哉の言う通りサイズもぴったりだ。これで須野原先輩と並んで歩いても恥ずかしくないくらいにはなっただろうか、とお金を払っていると、ショッパーに入った服を淳哉がひょいと手に持った。
「あ、ジュン……」
「何も持ってないほうが服見やすいだろ? 荷物持ちくらいするって」
な、と多分他人が見れば不機嫌そうに微笑む淳哉に押し切られるように荷物持ちを任せ、コートやマフラーも購入する。買い物が終わったときには昼過ぎになっていたので、そのまま館内にあるレストラン街へと向かった。
「はー、いっぱい歩いたらお腹空いたね」
洋食屋のソファ席に服の入った紙袋を置き、樹はくたりとテーブルの上に腕を伸ばした「冬のあったかフェア」と書かれたメニューを手に取る。
「どれがいいかな」
「あ、ランチメニューにドリアあるじゃん。よかったなイツキ」
「ほんとだ。……これにしてもいい?」
「なんでも好きなのにすればいいだろ」
ボックス席の向かい側からメニューを眺める淳哉に、小さくありがと、と呟く。樹は猫舌なので、ドリアやグラタンを頼むと食べ終わるまでに人一倍時間がかかる。待たせてしまう雰囲気が苦手で、大好物だが混雑時や誰かと出かけたときには基本的に避けるようにしているのだ。
気を使ってくれたのか、淳哉も同じドリアセットを選択した。しばらくして、熱々の耐熱皿に乗ったドリアが運ばれてくる。
「いただきます」
手を合わせた後一口目をスプーンに取り、ひたすらふうふうと吹いて冷めるのを待つ。もういいだろうか。
「あ、熱っ」
「そんなに急ぐなよ。火傷するぞ」
「違うよ、お腹空いてるの! もー、笑わないでよ!」
はふはふと苦戦しながらドリアを少しずつ口に運ぶ。向かいを見ると、悠々とした表情で同じものを淳哉が口に運んでいる。その頬は少しだけ緩んでいた。
鳥のようにドリアをつつく樹より、淳哉のほうがほんの少しだけ早く食べ終わる。樹の分もコップを持ってドリンクバーに向かう背中を見ながらスプーンを置くと、すかさずやってきた店員がセットのミニケーキを持ってきた。チョコレートケーキだが、クリスマスを意識しているのか小さな星とヒイラギの飾りが乗っている。
「ほら、イツキが好きそうなのにしたぞ。キャラメルマキアートだっけ、なんか甘いやつ」
「ありがとう! さすがジュンだね」
戻ってきた淳哉からコップを受け取り、口をつける。
「熱っ」
「だから焦りなさんなって」
そう言われても飲みたいものは飲みたいのだ。数度挑戦するものの熱すぎて無理なので、諦めてケーキにフォークを刺す。
「んん……」
樹が両手に持った黒とコーヒー色のカーディガンを見比べ、淳哉は唸った。
日曜日、樹と淳哉は渋谷のファッションビルに来ていた。目的はもちろん、樹の服を買うためである。
須野原に飲みの誘いをしたところ、「ごめん、今日はこれからバイトがあるから……来週の授業後だったらいいよ」と言われたのだ。だから、せっかくなのでそれに備えて勝負服を購入しようと思い立ったのである。「女子高生かよ」とまた笑われたけれど、服選びを手伝ってほしいとお願いしたら淳哉もついてきてくれた。
「そうだなあ」
カーディガンを見比べた淳哉の視線がちらりと樹を見て、それから少し骨ばった指がコーヒー色のほうを指し示す。
「こっちのほうが似合ってるな。髪色が茶色っぽいから」
「よかった、僕もこっちの方がいいかなって思ってたんだ」
「なら聞くことないだろ」
「ごめん、自信なくて……自分が選ぶものって、なんか間違ってる気がして」
「……大丈夫だよ、ほら。似合ってる」
樹の手からカーディガンを取った淳哉が、鏡の前に立った樹にそれを合わせる。鏡越しに、少し悲しそうに笑っている淳哉が見えた。
「もっと自信持てって。そんな卑屈になる必要なんてないんだから」
「うん……」
自分でも、うじうじして優柔不断で、流されやすい性格なのは自覚している。だからこそ、こうやって背中を押してくれる淳哉につい頼ってしまうのだ。
中学高校と、社会貢献に一ミリも興味がなかったのに「淳哉が入部したから」という理由だけでボランティア部に入ったし、大学だって「数学の先生になりたい」という夢を語る淳哉にくっついて同じ大学の同じ学部に入ってしまった。当然授業も大半が被っている。淳哉は「一緒で嬉しい」と言ってはくれたが、内心迷惑がられていても不思議ではない。彼はそんな奴ではないと思いたいけど。
樹自身、自分がそう振舞う理由は何となくわかってはいる。このまま淳哉と就職先まで一緒にするわけにもいかないし、どうにかしなくてはいけないとも。だがそれでも、「自分に正しい判断なんてできるはずがない」という不安感はどうにも拭えないのだ。
「ほら、さっきのとも合ってるし」
散々樹が迷い、そしてハンガーラックに戻したTシャツを再度淳哉は引っ張り出し、カーディガンを着せるようにして樹に合わせた。
「サイズ感とか大丈夫だと思うけど、気になるなら試着してきなよ」
「そ、そうだね」
言われるまま試着室に向かう。淳哉の言う通りサイズもぴったりだ。これで須野原先輩と並んで歩いても恥ずかしくないくらいにはなっただろうか、とお金を払っていると、ショッパーに入った服を淳哉がひょいと手に持った。
「あ、ジュン……」
「何も持ってないほうが服見やすいだろ? 荷物持ちくらいするって」
な、と多分他人が見れば不機嫌そうに微笑む淳哉に押し切られるように荷物持ちを任せ、コートやマフラーも購入する。買い物が終わったときには昼過ぎになっていたので、そのまま館内にあるレストラン街へと向かった。
「はー、いっぱい歩いたらお腹空いたね」
洋食屋のソファ席に服の入った紙袋を置き、樹はくたりとテーブルの上に腕を伸ばした「冬のあったかフェア」と書かれたメニューを手に取る。
「どれがいいかな」
「あ、ランチメニューにドリアあるじゃん。よかったなイツキ」
「ほんとだ。……これにしてもいい?」
「なんでも好きなのにすればいいだろ」
ボックス席の向かい側からメニューを眺める淳哉に、小さくありがと、と呟く。樹は猫舌なので、ドリアやグラタンを頼むと食べ終わるまでに人一倍時間がかかる。待たせてしまう雰囲気が苦手で、大好物だが混雑時や誰かと出かけたときには基本的に避けるようにしているのだ。
気を使ってくれたのか、淳哉も同じドリアセットを選択した。しばらくして、熱々の耐熱皿に乗ったドリアが運ばれてくる。
「いただきます」
手を合わせた後一口目をスプーンに取り、ひたすらふうふうと吹いて冷めるのを待つ。もういいだろうか。
「あ、熱っ」
「そんなに急ぐなよ。火傷するぞ」
「違うよ、お腹空いてるの! もー、笑わないでよ!」
はふはふと苦戦しながらドリアを少しずつ口に運ぶ。向かいを見ると、悠々とした表情で同じものを淳哉が口に運んでいる。その頬は少しだけ緩んでいた。
鳥のようにドリアをつつく樹より、淳哉のほうがほんの少しだけ早く食べ終わる。樹の分もコップを持ってドリンクバーに向かう背中を見ながらスプーンを置くと、すかさずやってきた店員がセットのミニケーキを持ってきた。チョコレートケーキだが、クリスマスを意識しているのか小さな星とヒイラギの飾りが乗っている。
「ほら、イツキが好きそうなのにしたぞ。キャラメルマキアートだっけ、なんか甘いやつ」
「ありがとう! さすがジュンだね」
戻ってきた淳哉からコップを受け取り、口をつける。
「熱っ」
「だから焦りなさんなって」
そう言われても飲みたいものは飲みたいのだ。数度挑戦するものの熱すぎて無理なので、諦めてケーキにフォークを刺す。
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