12 / 31
12
しおりを挟む
「あー、面白かったぁ!」
ダーツバーの扉を開け、狭い雑居ビルの階段を降りる。白い息を吐き出した樹は、後から階段を降りてくる須野原とその友人たちを見上げた。
「いやー、樹くんセンスあるよ、次は俺よりうまくなってるって絶対」
「素直にアドバイス聞く子は上達速いよね」
「えへへ、ビギナーズラックですよ」
べた褒めされて恥ずかしいことこの上ない。謙遜すると、「またまたぁ~」と笑い声が上がる。
季節は十二月に入っていた。「今度友人を紹介してあげる」。その言葉通り、今日須野原は樹をダーツバーに連れてきて、彼の友人に「仲のいい後輩」と紹介してくれていた。学生起業した青年、株取引で会社員よりも稼いでいるという人、芸能活動と学生生活を両立させる同年代……話には聞いたことがあるが、本当に存在するとは思っていなかった人たちとの会話は、樹が今まで知らなかった世界のことばかりだった。ついつい話に聞き入ってしまったのとはじめてのダーツが楽しかったのとで、終電を逃してしまった樹はこれまたはじめてのオールを経験していた。
中には「就活で困ったらうちに来なよ」と名刺をくれた人もいて、なんだかすごい人たちとお知り合いになってしまったなあ、と樹はぼんやりと考えていた。
(これが「付き合う相手を変える」ってことなのかなあ)
樹の世界が、今晩だけで大きく広がった気がした。確かにこれは……淳哉とでは体験できなかったかもしれない。
「これからどうする?」
「サウナとかどうです? 近くにおすすめあるんですよ」
「あ、いいねー」
わらわらと店のすぐ横にたまって協議した結果、どうやらこれからサウナに行くことが決まったようだ。それも行ってみたいなあ、でも財布の中身が心配だななどと樹が考えていると、さっと須野原が手を挙げた。
「あっ、すいません俺たち今日一限からあるんで、ここで失礼しますね」
「えー残念、それじゃあまたね」
「はい、またよろしくお願いします!」
引き留めることなくあっさりと別れるのも、なんだか大人な感じがした。樹もぺこりとお辞儀をすると、手招きする須野原と共に駅へと向かう。
「あの、須野原先輩……? 今日、一限ない……ですよね?」
始発はもう動き出した時間とはいえ、冬の陽は遅い。暗がりの中に消えていく集団から十分な距離を取ったことを確かめ、樹は須野原に素朴な疑問をぶつけた。
「うん、ないよ」
樹を見下ろした須野原は、徹夜明けだというのにくたびれたところもなく、ふわりと蕩けるように笑った。見惚れていると、コートから出ていた手を恋人繋ぎにされる。
「樹とね、二人になりたかったから」
「……っ」
頭の中が真っ白になる。人肌の温もりを握り返すことすらできず、樹は目線を下に向けた。手を引かれるまま須野原の隣を歩いていると、「ねえ」と優しい声が降ってきた。
「二十六日って空いてる? 当日じゃなくて申し訳ないんだけど……クリスマスだから会いたいなって」
「二十六?」
「そう。二十四と二十五はお客さん多いから、どうしてもバイト休めなくて。樹とは時間を気にせずゆっくり会いたいから、二十六でどうかなって」
「だ、大丈夫!」
大学の冬休みは二十四日からだったはずだ。学校がなければ基本的に用事はない樹は大きく頷いた。
「よかった。じゃあ今度どこ行こうか」
「あっ、ゆ……遊園地とか!」
「ベタだなあ」
呆れたような須野原の声に、樹は自分の発言を取り消したくなった。一日中遊べる、しかも二人で行きたい場所、となると反射的に出てきたのがそれだったのだ。わたわたとしながら見上げると、吹き出しそうな須野原と視線が合った。
「いいよ。じゃあ遊園地行こ」
「あっ、いや、えと」
「大丈夫。何回も行ったことがある場所でも、樹となら楽しいから」
多分フォローのつもりだったのだろう須野原の言葉は、ちくりと樹の胸を刺した。また変なことを言ってしまった、と後悔しながら歩いているうちに駅につく。何社もの路線が乗り入れているターミナル駅だ。樹たちと同じく徹夜明けらしいくたびれた人と、これから出社するらしきしおれた人たちが行き交っている。
ダーツバーの扉を開け、狭い雑居ビルの階段を降りる。白い息を吐き出した樹は、後から階段を降りてくる須野原とその友人たちを見上げた。
「いやー、樹くんセンスあるよ、次は俺よりうまくなってるって絶対」
「素直にアドバイス聞く子は上達速いよね」
「えへへ、ビギナーズラックですよ」
べた褒めされて恥ずかしいことこの上ない。謙遜すると、「またまたぁ~」と笑い声が上がる。
季節は十二月に入っていた。「今度友人を紹介してあげる」。その言葉通り、今日須野原は樹をダーツバーに連れてきて、彼の友人に「仲のいい後輩」と紹介してくれていた。学生起業した青年、株取引で会社員よりも稼いでいるという人、芸能活動と学生生活を両立させる同年代……話には聞いたことがあるが、本当に存在するとは思っていなかった人たちとの会話は、樹が今まで知らなかった世界のことばかりだった。ついつい話に聞き入ってしまったのとはじめてのダーツが楽しかったのとで、終電を逃してしまった樹はこれまたはじめてのオールを経験していた。
中には「就活で困ったらうちに来なよ」と名刺をくれた人もいて、なんだかすごい人たちとお知り合いになってしまったなあ、と樹はぼんやりと考えていた。
(これが「付き合う相手を変える」ってことなのかなあ)
樹の世界が、今晩だけで大きく広がった気がした。確かにこれは……淳哉とでは体験できなかったかもしれない。
「これからどうする?」
「サウナとかどうです? 近くにおすすめあるんですよ」
「あ、いいねー」
わらわらと店のすぐ横にたまって協議した結果、どうやらこれからサウナに行くことが決まったようだ。それも行ってみたいなあ、でも財布の中身が心配だななどと樹が考えていると、さっと須野原が手を挙げた。
「あっ、すいません俺たち今日一限からあるんで、ここで失礼しますね」
「えー残念、それじゃあまたね」
「はい、またよろしくお願いします!」
引き留めることなくあっさりと別れるのも、なんだか大人な感じがした。樹もぺこりとお辞儀をすると、手招きする須野原と共に駅へと向かう。
「あの、須野原先輩……? 今日、一限ない……ですよね?」
始発はもう動き出した時間とはいえ、冬の陽は遅い。暗がりの中に消えていく集団から十分な距離を取ったことを確かめ、樹は須野原に素朴な疑問をぶつけた。
「うん、ないよ」
樹を見下ろした須野原は、徹夜明けだというのにくたびれたところもなく、ふわりと蕩けるように笑った。見惚れていると、コートから出ていた手を恋人繋ぎにされる。
「樹とね、二人になりたかったから」
「……っ」
頭の中が真っ白になる。人肌の温もりを握り返すことすらできず、樹は目線を下に向けた。手を引かれるまま須野原の隣を歩いていると、「ねえ」と優しい声が降ってきた。
「二十六日って空いてる? 当日じゃなくて申し訳ないんだけど……クリスマスだから会いたいなって」
「二十六?」
「そう。二十四と二十五はお客さん多いから、どうしてもバイト休めなくて。樹とは時間を気にせずゆっくり会いたいから、二十六でどうかなって」
「だ、大丈夫!」
大学の冬休みは二十四日からだったはずだ。学校がなければ基本的に用事はない樹は大きく頷いた。
「よかった。じゃあ今度どこ行こうか」
「あっ、ゆ……遊園地とか!」
「ベタだなあ」
呆れたような須野原の声に、樹は自分の発言を取り消したくなった。一日中遊べる、しかも二人で行きたい場所、となると反射的に出てきたのがそれだったのだ。わたわたとしながら見上げると、吹き出しそうな須野原と視線が合った。
「いいよ。じゃあ遊園地行こ」
「あっ、いや、えと」
「大丈夫。何回も行ったことがある場所でも、樹となら楽しいから」
多分フォローのつもりだったのだろう須野原の言葉は、ちくりと樹の胸を刺した。また変なことを言ってしまった、と後悔しながら歩いているうちに駅につく。何社もの路線が乗り入れているターミナル駅だ。樹たちと同じく徹夜明けらしいくたびれた人と、これから出社するらしきしおれた人たちが行き交っている。
0
あなたにおすすめの小説
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】
彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。
高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。
(これが最後のチャンスかもしれない)
流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。
(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。
*********
久しぶりに始めてみました
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
寡黙な剣道部の幼馴染
Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで
中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。
かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。
監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。
だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。
「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」
「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」
生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし…
しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…?
冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。
そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。
──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。
堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる