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「ねえ、これからどうする?」
地下鉄につながる改札口の前まで来たとき、須野原は樹の腕を軽く引いた。
「えっ」
「家来る?」
「えっ、ええと」
あれから何度か須野原とは食事をしていた。そのたびに誘われたものの、最初の一回以外樹は須野原の部屋に行けずにいた。
家に行って、ただおしゃべりをしたり一緒に動画を見たりするだけなら全く構わないのだ。むしろ喜んでしたい。だが、きっとそれだけでは済まないだろうと考えると怖くなってしまうのだ。
「ま……まだ、その、心の準備が」
小さい声で告げると、一瞬だけ須野原が顔を歪めたような気がした。だが驚いた樹が瞬きをすると、そこにあるのは柔らかないつもの表情だった。
「うん、わかった」
「ごめん……」
「大丈夫。樹のペースに合わせるよ。……はじめては、大切にしたいもんね」
「⁉」
囁かれた言葉に、樹が飛び退るように振り向く。パッと須野原は樹の手を離し、何事もなかったかのように手をひらひらとさせた。
「それじゃあ、今日はここで一旦お別れだね。また午後の授業で会おう」
「え?」
樹も須野原も、学校近くに住んでいる。当然帰りの電車は一緒だと思っていた。樹の不思議そうな顔に気づいたのか、「あ、うちね、地下鉄の駅の方が近いんだ」と須野原はポケットから定期入れを出した。
「あ、そうなんだ……? じゃあ、また」
何となく釈然としない気持ちのまま改札前で須野原と別れ、JR線の方へと向かう。
(はじめて、かあ)
吐息の当たった耳たぶを引っ張る。甘くくすぐったいはずの響きは、今の樹には重く感じられた。須野原を待たせているのは分かっている。毎回こうやって期待を裏切ってしまうのも心苦しい。だが、どうしても抵抗感のようなものがあった。
裸を見せるのが恥ずかしいから、性的なものに慣れていないから、と理由を探してはみたものの、樹の中でもしっくりくるものは見つかっていなかった。
(だって、ジュンの時は……)
あの時だって恥ずかしかったし、今以上に慣れてなんかいなかった。でも、須野原に感じているような躊躇いはなかった。むしろ、もっと触ってほしいとすら——
「わ、わ!」
慌てて頬を叩き、樹はコートのポケットに手を突っ込んだ。ICカードをケースに入れているはずのスマホを取り出そうとしたのだが、それらしい手ごたえがない。
「えっ……あ!」
ダーツバーに忘れてきたのだ。後で淳哉に見せびらかしてやろうと思ってダーツの写真を撮り、そのまま机の上に置いた記憶がある。
「あの、スマホの忘れ物ありませんでした? 赤色で背中にカードが入ってる……」
「これでしょ? 戻って来てくれてよかった」
小走りに店まで戻ると、閉店後の片付けをしていた店員がカウンターの下から樹のスマホを取り出した。
「ありがとうございます!」
お礼を言って店を再び出たときには、空は薄明るくなり始めていた。本当に夜を明かしてしまった、と軽い気怠さと感傷に浸りながら駅に戻る。
改札を通り、ホームへ。電車待ちの列に並びながら、淳哉にダーツバーの写真を送る。まだ寝ているだろうし、すぐに返信は返ってこないだろう。充電の減ってきたスマホをポケットに入れると、向かいのホームにすらりと高い影が見えた。
「……先輩?」
樹が目を細めた瞬間、反対側のホームに入ってきた電車に視界を遮られる。人を吐き出し、発車ベルを鳴らして再びホームから電車が走り去っていったとき、そこに須野原らしき影はなかった。
(気のせい……かな?)
さっき地下鉄で帰るといっていた須野原が、JR線の方にいるはずがない。樹と逆方向なら学校とも須野原の家とも反対方向になる。首を傾げていると、ポケットの中のスマホが震えた。淳哉からの返信だ。
『楽しそうだな』
「うん! すっごく楽しかった! 投げ方教えてもらったし、今度ジュンも一緒に行こうよ!」
スマホをタップしているうちに、樹の方のホームにも電車が入ってきた。扉が開くと、中からふわりと温かい空気が流れだしてくる。白々とした明かりが照らす車内に乗り込んだ樹は、電車の行先を確認せずに乗り込んでしまったことにふと落ち着かなさを覚えたのだった。
地下鉄につながる改札口の前まで来たとき、須野原は樹の腕を軽く引いた。
「えっ」
「家来る?」
「えっ、ええと」
あれから何度か須野原とは食事をしていた。そのたびに誘われたものの、最初の一回以外樹は須野原の部屋に行けずにいた。
家に行って、ただおしゃべりをしたり一緒に動画を見たりするだけなら全く構わないのだ。むしろ喜んでしたい。だが、きっとそれだけでは済まないだろうと考えると怖くなってしまうのだ。
「ま……まだ、その、心の準備が」
小さい声で告げると、一瞬だけ須野原が顔を歪めたような気がした。だが驚いた樹が瞬きをすると、そこにあるのは柔らかないつもの表情だった。
「うん、わかった」
「ごめん……」
「大丈夫。樹のペースに合わせるよ。……はじめては、大切にしたいもんね」
「⁉」
囁かれた言葉に、樹が飛び退るように振り向く。パッと須野原は樹の手を離し、何事もなかったかのように手をひらひらとさせた。
「それじゃあ、今日はここで一旦お別れだね。また午後の授業で会おう」
「え?」
樹も須野原も、学校近くに住んでいる。当然帰りの電車は一緒だと思っていた。樹の不思議そうな顔に気づいたのか、「あ、うちね、地下鉄の駅の方が近いんだ」と須野原はポケットから定期入れを出した。
「あ、そうなんだ……? じゃあ、また」
何となく釈然としない気持ちのまま改札前で須野原と別れ、JR線の方へと向かう。
(はじめて、かあ)
吐息の当たった耳たぶを引っ張る。甘くくすぐったいはずの響きは、今の樹には重く感じられた。須野原を待たせているのは分かっている。毎回こうやって期待を裏切ってしまうのも心苦しい。だが、どうしても抵抗感のようなものがあった。
裸を見せるのが恥ずかしいから、性的なものに慣れていないから、と理由を探してはみたものの、樹の中でもしっくりくるものは見つかっていなかった。
(だって、ジュンの時は……)
あの時だって恥ずかしかったし、今以上に慣れてなんかいなかった。でも、須野原に感じているような躊躇いはなかった。むしろ、もっと触ってほしいとすら——
「わ、わ!」
慌てて頬を叩き、樹はコートのポケットに手を突っ込んだ。ICカードをケースに入れているはずのスマホを取り出そうとしたのだが、それらしい手ごたえがない。
「えっ……あ!」
ダーツバーに忘れてきたのだ。後で淳哉に見せびらかしてやろうと思ってダーツの写真を撮り、そのまま机の上に置いた記憶がある。
「あの、スマホの忘れ物ありませんでした? 赤色で背中にカードが入ってる……」
「これでしょ? 戻って来てくれてよかった」
小走りに店まで戻ると、閉店後の片付けをしていた店員がカウンターの下から樹のスマホを取り出した。
「ありがとうございます!」
お礼を言って店を再び出たときには、空は薄明るくなり始めていた。本当に夜を明かしてしまった、と軽い気怠さと感傷に浸りながら駅に戻る。
改札を通り、ホームへ。電車待ちの列に並びながら、淳哉にダーツバーの写真を送る。まだ寝ているだろうし、すぐに返信は返ってこないだろう。充電の減ってきたスマホをポケットに入れると、向かいのホームにすらりと高い影が見えた。
「……先輩?」
樹が目を細めた瞬間、反対側のホームに入ってきた電車に視界を遮られる。人を吐き出し、発車ベルを鳴らして再びホームから電車が走り去っていったとき、そこに須野原らしき影はなかった。
(気のせい……かな?)
さっき地下鉄で帰るといっていた須野原が、JR線の方にいるはずがない。樹と逆方向なら学校とも須野原の家とも反対方向になる。首を傾げていると、ポケットの中のスマホが震えた。淳哉からの返信だ。
『楽しそうだな』
「うん! すっごく楽しかった! 投げ方教えてもらったし、今度ジュンも一緒に行こうよ!」
スマホをタップしているうちに、樹の方のホームにも電車が入ってきた。扉が開くと、中からふわりと温かい空気が流れだしてくる。白々とした明かりが照らす車内に乗り込んだ樹は、電車の行先を確認せずに乗り込んでしまったことにふと落ち着かなさを覚えたのだった。
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