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¿Quo Vadis ?─クォ・ヴァディス─ 外伝
冷ややかなる満月の邂逅
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「──冷たいな。」
人間であるゲオルギウスより低い体温を持つ吸血真祖のルゴシュが、二回りも大柄な神父の指に自分のそれを絡めて、ぼそりと呟く。
普段は、肌を重ねれば焼き焦がすような高い体温の下で溺れ、幾度も熱感を口にする彼が、ゲオルギウスの指を擦りながらそんな風に言ったのは初めてだった。
「私の方が、まだ温かいと感じる。人間は本当に弱いな──。」
「お前と一緒にするなよ、不死鬼。」
如何なる因果の縺れ故にか、満月の晩になるとゲオルギウスが住まう司祭館の寝室へ忍び込んでくるようになったルゴシュは、亜麻布の寝間着を身に纏ってベッドに横たわるゲオルギウスの身体を跨いで相対しながら腰を降ろし、戯れに指を握り締めて淡い溜息を吐くのだ。
晩の祈りを捧げ終え、居室の暖炉の火を落としてしばらく経つ。娯楽の少ない寒村でたった一人、武装司祭としての任務を果たす二十三歳のゲオルギウスは、退屈な夜をさほど好まなかった。一日のうちに為すべき聖課だけ終えてしまえば、後は眠りの中で神と精霊にこの魂を委ね、そして明け方の一番鶏が鳴く頃には起き出して翌朝の聖課の準備をする。
淡々と繰り返される日常において、不死の辺境伯ジェダス・ラ・ルゴシュの存在だけが、背徳的で異質な刺激としてあった。穢れの新月の晩、そして、ヒトならぬモノの心をそぞろ騒めかせる満月の夜に姿を現す吸血真祖は、五十路に差し掛かるほどの小柄な貴族の男の姿をしていた。
額の中央で分けた短い銀髪に、翡翠の色を写した闇に煌めく二つの瞳。黒い上等の天鵞絨の外套に身を包んだルゴシュは、十七年前の晩からその姿を微塵も変えていない。人間より遥かに長い年月を生きている彼は、気紛れにゲオルギウスの元を訪れては、共に不埒な悪徳に耽る。
人間の生き血を啜らずとも、精気があれば生き延びることができる。村人を襲わないでいる代わりに、定期的にそれを寄越せというルゴシュの要求を、相反する存在である若い神父は受け入れた。否、彼の持つ人間離れした強大な力を前にして、受け容れざるを得なかった。
初めは渋々と、しかし、鍛え抜かれた両腕の中で惜しげもなく痴態を曝け出して喘ぐ年上の男を恣に貫いて抱くという行為は、ゲオルギウスの心に暗澹とした愉悦をもたらすものだと気付くのにそう時間は掛からなかった。おおよそ、どこに触れればどう鳴くかを知った傷ひとつない白皙の痩身は、親子ほどに離れた外見の艶を損なうものではなく、若い欲望は、彼に誘われれば容易く奮い立つ。
それと知って、ルゴシュはゲオルギウスに近付いてきた。一度は彼の命を奪う瀬戸際まで追い詰めた人間の神父に対し、彼が不可解な情というものを持っているらしいことはその言動の節々から読み取れる。互いに男の身体をした神父と吸血鬼の媾合など、神と精霊の教えに背く大罪に他ならないというのに、もう幾度も繰り返された悪徳的な行為を断つ気にはなれない。
いつもならば、さっさと古風な貴族の装いを解いて若い神父に身を委ねている筈のルゴシュは、少しばかり悴んだゲオルギウスの大きな手を取って、自らの懐にそっと仕舞い込む。不死者の体温は確かに低いが、今のゲオルギウスには彼の懐の中の方が余程温かく感じられるのだ。
まるで親鳥が卵を慈しむように若者の手を温めるルゴシュは、一体如何なる気紛れを起こしたものだろう。その行動の不可解さに眉を寄せ、薄く皺の刻まれた彼の目許を眇目で見詰める。
「今日は何のつもりだ?いつものように、さっさと終わらせて帰ればいいものを。」
「つれないな、ゲオルギィ。──こんな冷たい手で素肌に触れられたら、私が不愉快だからだ。」
それに、と、彼は茶化しも笑いもせずにゲオルギウスの濃青の瞳を見詰めて、静かに口を開く。
「ヒトは脆弱だ。冷えればすぐに病を得る。こんな私の温度よりも冷たいなんて、それは見過ごせない。あぁ、悴むキミの手は氷のようじゃないか。──キミを温めさせて欲しいんだ。ギィ。少なくとも、私と同じ熱量を取り戻すまで、雛鳥のように抱いてあげよう。…不満かね?」
「──いや。」
眉根を寄せて軽く視線を泳がせたのは、人間を餌と見做すはずのルゴシュが、他意のない慈しみをゲオルギウスに注いでいるのだと知ったからだ。司祭館の質素な寝台の上で、蝙蝠の翼のような黒い衣服に包まれた両腕にそっと抱き締められ、ゲオルギウスはフンと僅かに鼻を鳴らす。
「…あ、優しくされて照れてんのか?キミ。」
「そんな筈があるか、馬鹿。──俺のこの手を離したら、後悔するのはお前だぞ。何度達かされたい?鳴き喚いたって止めないからな。」
額の上に、チュ、と音を立てて軽やかに落ちてくるルゴシュの唇を温かいと感じる程には、寝間着と掛布で覆われていない肌はすっかり冷えきっているのだ。複雑な心中を悟られないようにルゴシュの細い腰を外套の内側から抱き寄せ、彼が纏う甘ったるい誘引の芳香を胸一杯に吸い込んだ。
「照れ隠しでも何でもいいさ、可愛いゲオルギィ。──さあ、おいで。今夜も、ふしだらで楽しい遊びをしよう…?」
眼尻に皺を刻み、翠色の美しい双眸が悪戯に笑んだ。小柄な体を抱き寄せ、組み敷きながら、ゲオルギウスは自身の中で漲りつつある熱感を確かに感じ取る。
口角にニヤリと笑みを置き、ルゴシュの薄い腹を服の上からツッと指先でなぞってやった。
「…望むところだ。ここに、熱い杭をくれてやる。──気絶するなよ?」
今やすっかりと熱を宿した若い神父の下敷きにされ、この先の快楽を知る年嵩の吸血真祖の身体にふるりと歓喜の震えが走った。
-FIN-
人間であるゲオルギウスより低い体温を持つ吸血真祖のルゴシュが、二回りも大柄な神父の指に自分のそれを絡めて、ぼそりと呟く。
普段は、肌を重ねれば焼き焦がすような高い体温の下で溺れ、幾度も熱感を口にする彼が、ゲオルギウスの指を擦りながらそんな風に言ったのは初めてだった。
「私の方が、まだ温かいと感じる。人間は本当に弱いな──。」
「お前と一緒にするなよ、不死鬼。」
如何なる因果の縺れ故にか、満月の晩になるとゲオルギウスが住まう司祭館の寝室へ忍び込んでくるようになったルゴシュは、亜麻布の寝間着を身に纏ってベッドに横たわるゲオルギウスの身体を跨いで相対しながら腰を降ろし、戯れに指を握り締めて淡い溜息を吐くのだ。
晩の祈りを捧げ終え、居室の暖炉の火を落としてしばらく経つ。娯楽の少ない寒村でたった一人、武装司祭としての任務を果たす二十三歳のゲオルギウスは、退屈な夜をさほど好まなかった。一日のうちに為すべき聖課だけ終えてしまえば、後は眠りの中で神と精霊にこの魂を委ね、そして明け方の一番鶏が鳴く頃には起き出して翌朝の聖課の準備をする。
淡々と繰り返される日常において、不死の辺境伯ジェダス・ラ・ルゴシュの存在だけが、背徳的で異質な刺激としてあった。穢れの新月の晩、そして、ヒトならぬモノの心をそぞろ騒めかせる満月の夜に姿を現す吸血真祖は、五十路に差し掛かるほどの小柄な貴族の男の姿をしていた。
額の中央で分けた短い銀髪に、翡翠の色を写した闇に煌めく二つの瞳。黒い上等の天鵞絨の外套に身を包んだルゴシュは、十七年前の晩からその姿を微塵も変えていない。人間より遥かに長い年月を生きている彼は、気紛れにゲオルギウスの元を訪れては、共に不埒な悪徳に耽る。
人間の生き血を啜らずとも、精気があれば生き延びることができる。村人を襲わないでいる代わりに、定期的にそれを寄越せというルゴシュの要求を、相反する存在である若い神父は受け入れた。否、彼の持つ人間離れした強大な力を前にして、受け容れざるを得なかった。
初めは渋々と、しかし、鍛え抜かれた両腕の中で惜しげもなく痴態を曝け出して喘ぐ年上の男を恣に貫いて抱くという行為は、ゲオルギウスの心に暗澹とした愉悦をもたらすものだと気付くのにそう時間は掛からなかった。おおよそ、どこに触れればどう鳴くかを知った傷ひとつない白皙の痩身は、親子ほどに離れた外見の艶を損なうものではなく、若い欲望は、彼に誘われれば容易く奮い立つ。
それと知って、ルゴシュはゲオルギウスに近付いてきた。一度は彼の命を奪う瀬戸際まで追い詰めた人間の神父に対し、彼が不可解な情というものを持っているらしいことはその言動の節々から読み取れる。互いに男の身体をした神父と吸血鬼の媾合など、神と精霊の教えに背く大罪に他ならないというのに、もう幾度も繰り返された悪徳的な行為を断つ気にはなれない。
いつもならば、さっさと古風な貴族の装いを解いて若い神父に身を委ねている筈のルゴシュは、少しばかり悴んだゲオルギウスの大きな手を取って、自らの懐にそっと仕舞い込む。不死者の体温は確かに低いが、今のゲオルギウスには彼の懐の中の方が余程温かく感じられるのだ。
まるで親鳥が卵を慈しむように若者の手を温めるルゴシュは、一体如何なる気紛れを起こしたものだろう。その行動の不可解さに眉を寄せ、薄く皺の刻まれた彼の目許を眇目で見詰める。
「今日は何のつもりだ?いつものように、さっさと終わらせて帰ればいいものを。」
「つれないな、ゲオルギィ。──こんな冷たい手で素肌に触れられたら、私が不愉快だからだ。」
それに、と、彼は茶化しも笑いもせずにゲオルギウスの濃青の瞳を見詰めて、静かに口を開く。
「ヒトは脆弱だ。冷えればすぐに病を得る。こんな私の温度よりも冷たいなんて、それは見過ごせない。あぁ、悴むキミの手は氷のようじゃないか。──キミを温めさせて欲しいんだ。ギィ。少なくとも、私と同じ熱量を取り戻すまで、雛鳥のように抱いてあげよう。…不満かね?」
「──いや。」
眉根を寄せて軽く視線を泳がせたのは、人間を餌と見做すはずのルゴシュが、他意のない慈しみをゲオルギウスに注いでいるのだと知ったからだ。司祭館の質素な寝台の上で、蝙蝠の翼のような黒い衣服に包まれた両腕にそっと抱き締められ、ゲオルギウスはフンと僅かに鼻を鳴らす。
「…あ、優しくされて照れてんのか?キミ。」
「そんな筈があるか、馬鹿。──俺のこの手を離したら、後悔するのはお前だぞ。何度達かされたい?鳴き喚いたって止めないからな。」
額の上に、チュ、と音を立てて軽やかに落ちてくるルゴシュの唇を温かいと感じる程には、寝間着と掛布で覆われていない肌はすっかり冷えきっているのだ。複雑な心中を悟られないようにルゴシュの細い腰を外套の内側から抱き寄せ、彼が纏う甘ったるい誘引の芳香を胸一杯に吸い込んだ。
「照れ隠しでも何でもいいさ、可愛いゲオルギィ。──さあ、おいで。今夜も、ふしだらで楽しい遊びをしよう…?」
眼尻に皺を刻み、翠色の美しい双眸が悪戯に笑んだ。小柄な体を抱き寄せ、組み敷きながら、ゲオルギウスは自身の中で漲りつつある熱感を確かに感じ取る。
口角にニヤリと笑みを置き、ルゴシュの薄い腹を服の上からツッと指先でなぞってやった。
「…望むところだ。ここに、熱い杭をくれてやる。──気絶するなよ?」
今やすっかりと熱を宿した若い神父の下敷きにされ、この先の快楽を知る年嵩の吸血真祖の身体にふるりと歓喜の震えが走った。
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