僕は灰色に荒廃した街角で天使を拾った。

槇木 五泉(Maki Izumi)

文字の大きさ
9 / 15

天使と雑誌とモデルの練習。

しおりを挟む
 冬の、のどかな陽射しがベランダのガラス戸から斜めに差し込む日。

 俺もユキヒトさんもバイトは休みで、俺は、部屋に敷かれたラグの上でゴロゴロしながらとりとめもなくスマホをいじくっていた。つれづれなるままに日ぐらしスマホに向かいて、ではないけど、特にやりたいことも趣味もないので、面白そうなショート動画でも見ながら時間を潰すことくらいしかできない。
 
 ユキヒトさんはユキヒトさんで、『ちょっと夕飯の買い物に行ってくる』とか言って、家を出て行ってからしばらく経つ。
 今日の晩御飯は何だろう、特売の何かを買って、手早く出来る何かをささっと作ってくれるのか。そんなことをぼんやり思っていると、ガチャリと音がして玄関の扉が開く。

 「ただいま、今日は鶏肉と卵が安かったんだ。親子丼ってやつでも作ってみようかなと思って。ハルトくん、後でスマホを貸してくれるかな?」
 「いいよ。何見るの?『ドラゴンおやじのバズバズレシピ』とか?」

 白皙の頬を寒さで少しだけ赤く染めながら、買い物袋を持って上がり込んでくるユキヒトさん。彼が背後に少しだけ連れてきた外の寒気からして、今日はいつもより冷え込みが厳しいらしい。

 床に置かれた買い物袋の中から、ユキヒトさんは珍しく一冊の雑誌を取り出した。それも、今流行のメンズスタイルを追求する、大判で写真がいっぱい載っているヤツだ。俺は見ていたスマホを降ろして起き上がりながら、ずっと高い所にあるユキヒトさんの顔を見上げてまばたきをする。

 「どういう風の吹き回し?いつもなら、『天使がファッションなんて』とか言いそうじゃんか。」
 「うん。店長──春香さんがね、『ユキちゃん。アンタ、仮にも水商売で客商売なんだから、服装のこととかもっと気を使いなさいよ!いい男が台無しだわぁ…!』なんて言うものだから。自分なりに勉強してみようと思って。」
 「やっべ、似てる。あの一瞬しか会ってないけど、めっちゃ似てるわ。」

 ユキヒトさんが真似る春香さんのゴリッゴリのオネエ言葉がツボにはまって、俺はしばらくゲラゲラ笑っていた。そして、ユキヒトさんがテーブルの上に置いた雑誌をペラペラとめくってみる。それは、三十代から四十代を意識したような少しモード色の強い雑誌で、シックな、でもお高そうで事実高い洋服に身を包んだ日本人や外国人のモデルが、色々な場所でそれぞれポーズを決めていた。

 「ユキヒトさん、メンズモデルとか応募してみたら?背高いし、グッドルッキングなんだから。」

 眼の前で、冷えた手を擦り合わせてながらニコニコと笑顔を浮かべている、灰色の目に灰色のふんわりしたミディアムレングスの髪をした存在は、そんなモデルたちと遜色ないくらいスラリと背が高く、顔がいい。俺の言葉に、困ったように眉尻を下げるが、そんなところもやっぱり格好いい。というか、ちょっとだけ可愛い。

 「ぼくは、いいよ。写真とか恥ずかしいし。──こんな決めポーズなんか作れる自信がない。」
 「そうかなぁ…。」

 むしろ、平凡な顔立ちの前髪長めマッシュ黒髪の俺よりよっぽど向いていると思うのに、大都会に舞い降りた天使はどこまでも謙虚だった。

 
 さて、と髪を掻き上げるユキヒトさんは、晩御飯の支度でも始めようとしているのだろう。最近、俺のスマホで一緒に動画を見るようになって、レシピ動画というものに興味を持ったらしい年上の男性の姿をした天使。その手にスマホを渡そうとして、俺の中にふっとイタズラ心というものが沸き起こる。

 「ねえ、ユキヒトさん。…あの、部屋の隅っこにあるゴミ箱見てくれる?」
 「うん…?なんだい。」

 横を向き、睫毛の長い垂れ目気味の瞳を少しだけ細めながら、指差された通りの場所を眺めるユキヒトさん。

 「スキありっ!」
 
 咄嗟にスマホを構えて、人物モードに画質調整したカメラアプリの連写音をパシャパシャと鳴らし続けた。画面の向こうに、軽い驚きを浮かべるユキヒトさんの顔が見える。

 「へっへー!撮っちゃった。ホラ、なかなかイケてるじゃん。」
 
 指先で、連写したコマ撮り画像をスワイプして次々と見せてやる。どこか遠くを見つめるような、はかなげに伏せられた顔立ち…に見えるような一枚を拡大し、少し恥ずかしそうなユキヒトさんに見せつける。実際、ユキヒトさんは耳まで赤くして、結構照れているように思えた。

 「そう、かな。自分の顔って、あんまり意識したことなくって…。」
 「自分の顔わからんかったら、洋服選べんくない?」
 「…うぅ、まあ──そうだね。」

 一番気に入った一枚以外をアルバムから消去しながら、不意討ちを受けてうろうろと視線を彷徨わせる年上の男をじっと見上げる。三十代の半ばくらいの落ち着いた雰囲気を持つ男の人をこんな風に困らせたことなんか当然なくて、その困る姿がやっぱりちょっとだけ可愛く見えるのだから不思議だった。

 「後で、一緒に雑誌見ようよ。俺が服選びの天才目線でアドバイスするから。」
 「あはは、それは頼もしいや。…じゃあ、アドバイザー料金は、晩御飯でひとつ。先に夕ご飯にしようね。」

 そう言いながらパチンと片目を瞑るユキヒトさんは、安いファストファッションに身を包んでいても、やっぱり雑誌のモデルさんみたいだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠された令息は、護衛騎士と息をする。

木漏れ日の庭
BL
公爵家に生まれながらも、妾の子として蔑まれ、固有魔法すら使えない令息のユリシス。彼は足が悪く、うまく歩くことが難しい。そんな彼の元に、護衛騎士としてキースという美しい男が訪れる。始めはなんの関わりも持たない二人だが、ユリシスの静かな優しさが、キースの心を溶かしてゆく。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

温泉旅館の跡取り、死んだら呪いの沼に転生してた。スキルで温泉郷を作ったら、呪われた冷血公爵がやってきて胃袋と心を掴んで離さない

水凪しおん
BL
命を落とした温泉旅館の跡取り息子が転生したのは、人々から忌み嫌われる「呪いの沼」だった。 終わりなき孤独と絶望の中、彼に与えられたのは【万物浄化】と【源泉開発】のスキル。 自らを浄化し、極上の温泉を湧き出させた彼の前に現れたのは、呪いにより心と体を凍てつかせた冷血公爵クロード。 半信半疑で湯に浸かった公爵は、生まれて初めての「安らぎ」に衝撃を受ける。 「この温泉郷(ばしょ)ごと、君が欲しい」 孤独だった元・沼の青年アオイと、温もりを知らなかった冷血公爵クロード。 湯けむりの向こうで出会った二人が、最高の温泉郷を作り上げながら、互いの心の傷を癒やし、かけがえのない愛を見つけていく。 読む者の心まですべて解きほぐす、極上の癒やしと溺愛のファンタジーロマンス、ここに開湯。

拾った異世界の子どもがどタイプ男子に育つなんて聞いてない。

おまめ
BL
召喚に巻き込まれ異世界から来た少年、ハルを成り行きで引き取ることになった男、ソラ。立派に親代わりを務めようとしていたのに、一緒に暮らしていくうちに少年がどタイプ男子になっちゃって困ってます。 ✻✻✻ 2026/01/10 『1.出会い』を分割し、後半部分を『2.引き取ります。』として公開しました。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

俺の婚約者は小さな王子さま?!

大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」 そう言い放ったのはこの国の王子さま?! パミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。 今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。 「年の差12歳なんてありえない!」 初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。 ※不定期更新です

処理中です...