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序章

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「仕事、途中で抜けてしまいましたし、いきなりこんなところに連れて来られても、せめて親に連絡しておかないと、また心配させちゃいますし……」

 だから、帰りたいです。
 そうお願いしてみたのだが、神様であるらしいオウリュウちゃん(正直なところ男の子か女の子か分からない)は目を潤ませるし、男性(ところで何者なのかな?)は楽しげに「もう帰れません」と言うから、僕の方こそ泣きたくなってしまう。
 せめて唐突にではなく心の準備期間があったなら。なんて思ったけれど、忘れちゃっていたのだから、準備のしようもない。

「だ、大丈夫じゃ。この世界はきっと楽しい。儂が創った中で最高傑作なのじゃ。じゃからの、向こうの世界など帰る気にもならぬと思うぞ?」

 一生懸命僕を引き留めようとしている様子は、これが他人事で事情が違っていたなら微笑ましく思えただろう。
 多分砂の城の中にいるのだろうけど、中を見渡すとそんな風には全く見えない。
 ここは何て言うのかな。やたら広い縦長(横長?)の部屋だ。見上げると、落ちてきたら怖いなってくらいに、剣山のように見えるシャンデリアが等間隔で天井に下がっている。
 ダンスホールといったところかな。床がよく磨かれてるみたいだから、くるくるーって華麗に回ったり出来そうだ。否、僕は出来ないけれど。

「神様って、ここに住んでるの……ですか?」
「むう。しゃべり方を変えずともよいのじゃ。アキは儂の宝物じゃからの」

 宝物、だって。
 お兄ちゃん、今きゅんとしちゃったよ。

「ええっと……じゃあ、ここには他に誰が住んでるの?」
「こやつかの?」

 訊くと、ピッと男性を指で差す。

「うっかり申し遅れましたが、わたしは黒檀こくたん。神様の遣いです」
「こう見えて」
「そう、こう見えて。って、どう見えてる前提なのですか?」
「ただの阿呆じゃ」
「夏見さん、聞きましたか? このようにいつもいつも虐げられているのですよ、わたしは」
「アキに妙なことを吹き込むでないわ!」

 !

 オウリュウちゃんが怒鳴ったら、また男性……コクタンさんが吹っ飛んで行った。
 見たらいけないものを見てしまったようだから、大人のマナーとして見なかったことにしよう。

「ではの、ではのっ。寂しくないようにお供をつけてやるのじゃ。人の言葉は分かるでの。何かあったら相談することも可能じゃ」

 こちらも何もなかったように言って、パンッと手を叩くと、オウリュウちゃんの背後に、マジックショーみたいにドライアイスの煙っぽいものが広がり、薄れるに連れて浮かび上がる幾つかのシルエット。

「――へっ?」

 現れたのは、十二支だった。
 子 丑 寅 卯 辰 巳のあの方々が、笑ってしまうくらい可愛い姿で並んでいる。しかもみんな子供だからちっちゃい。けれど、大きさはネズミも牛や竜なんかも同じサイズだった。

「さあ、この中から選ぶのじゃ。すまんが一匹だけじゃぞ」

 えええ、どうしよう。みんな可愛い。
 竜と蛇以外はみんなもふもふだし、もふもふでない子もくりっとした目が可愛い。兎に角可愛い。何度見返しても可愛い。

「……ところで、どうして僕を神様が創った世界に送りたがるの?」

 選びきれない優柔不断さ故の時間稼ぎをしてみる。気になっていたことだから、勿論ちゃんとした返事が欲しい。

「アキがキラキラしておるからじゃ」
「キラキラ?」
「そうじゃ。アキのキラキラは周囲に影響を与えるのでの。是非ともそのキラキラで皆をキラキラにして欲しい。アキならば出来るとそう思ったのじゃ」
「……キラキラ、ねえ……」

 体のあちこちを見てみたけど、光るようなものは特にない。強いて言うならベルトの金具くらいかな。

「違うのじゃ! キラキラしておるのはお主自身じゃ。アキが……お、おおっ?」
「おや?」

 気が付くと、僕の足元にちびっ子十二支たちが勢揃い。中には待ちくたびれちゃったのか、うとうとしている子もいる。

「アキのこういうところが良いのじゃ」
「僕、そんなに動物に好かれるとかなかったけどなあ……」
「満たされておる者には分からんのじゃ」
「じゃあ、この子たちは満たされてないの? 満たされたら離れて行っちゃうとか?」
「そのような不義理はせぬ。お主のキラキラで満たされても、お主なしではまた満たされぬようになるであろう。愛情とはそういうものじゃ」

 お。なんか深い? そうでもない?

 けど――もしも神様の言う通りのキラキラが僕にあるとするなら、満たされていないのは、オウリュウちゃんもってことになるのかな……。

「さあ選べ、選ぶのじゃ!」

 選んだら、本当に僕はオウリュウちゃんの世界の人にならなきゃいけなくなるのだろう。
 本音は帰りたい。
 僕がいなくなったらどうなってしまうのか、知りたい。迎えに来る日が決まっていたなら、混乱するようなことにはなっていないのだろうけど。

 覚えていないけど、約束しちゃったなら仕方がない。それに、もうここまで来てしまったからね。

 そう腹を括って僕が選んだのは――。
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