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第一章

出発

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 思いがけず入手してしまったマジックバッグを装着。
 先輩から借りていたというか持たされていた袋の中に入れていた、これまた貰ったばかりの杖と小太刀を早速中にしまう。ついでに袋も入れてみてから中を覗き込んで見ると、何も見えない。しかし、ごそりと手を突っ込んで探って見れば、指先に触れただけでそれが何であるのかが分かるし、入っている物をイメージすれば、手を突っ込んだだけでそれを掴んでいる状態になる。
 剣を使い分けられる鞘を使っているのだから、今更ではあるけれど、やっぱり不思議でならない。
 特別な空間魔法をどのようにしたら、バッグや装備品になるというのだろうか。技術者出てきてくれ。――説明されても理解出来る自信は皆無だけれど。

「俺が用意してある食糧で足りると思うけど、何か買っておくか? ああ、着替えについてはお前が人目を気にする女子なら、そんな場所は確保出来ないと諦めてくれ」
「いやいや、何処かにあるでしょ? すぐに取って戻って来るから、待ってて!」

 返事を聞かないうちから走り出し、自分の部屋を目指していつも一階で開いて待っている昇降機に飛び乗る。

 ブレスレットは既に嵌めている。杖と小太刀はバッグに入れっ放しでもいいだろう。小太刀を鞘に納めないのは、既に許容本数に達してしまっているからだ。ちょっと錆ついてきた鉄の剣を研ぎに出すか捨てるかすればいいのだが、研ぎに出す金が今はなく、捨てるのは躊躇われる。かといって置いていくのも……だって壊れてもいいような剣が必要になるかもしれないし!
 そんなことを考えながらお泊まりセットを適当に突っ込み、慌てて先輩の元に戻ろうとすると、先輩は建物の柱の影でしゃがみこんでいた。

「かくれんぼ?」
「まあ、そんなところ」
「待たせたからだね、ごめんね」
「見付かると面倒な奴らだから、ちょっと待ってから行こう」
「うん」

 先輩の目線の先には、美形と言って差し支えない少年たちがいる。ダンジョンには向かわないつもりなのか、可愛い女の子を見ると声を掛けていた。

「メンバーの募集かね?」
「ただのナンパだ」
「ほほう」
「その目はやめろ。何で俺をそんな目で見るんだよ。ナンパしてるのはあいつらだろ」
「そんな少年たちに見付かると面倒なことになると言う先輩が、ナンパと無関係である筈がないと私は推理する」
「当たらずとも遠からずってところか。よし、向こう行ったから俺たちも行くか。忘れ物はないな?」
「食糧は先輩に任せてるけど、おやつある?」
「あるある」

 言って立ち上がった先輩が警戒しながら私を急がせる辺り、本当に面倒な相手なんだろう。
 町の外に出る大門を抜けると、早速魔物を見付けた先輩の背後からブワリと闇が広がり、雰囲気が変わる。
 先輩も面倒な人だよね。とは思ったけど、そのまま自分にも返ってきそうだったから、心の中だけに留めておいた。

 さて、出発が昼頃になってしまった為、あまり進んでいないのに空腹になった。
 先輩が魔物と戦っている間に、さっき貰った魔熊まぐまの燻製肉にかぶりつく。
 その匂いにつられて私の元にやって来る魔物も、先輩が信じられない速度で戻って来てやっつけてくれるから、楽だ。私は何しに来たのだろうかと、ちょっと考えてしまうくらいに。
 あちこちに落ちている素材や肉を確認しに歩き回っても、全然大丈……。

「ヘルファイア!」

 気が付くと目前に黒牙狼こくがろうが迫っていた為、つい魔法を発動させてしまった。
 だって先輩別のと戦ってたし距離もあったし。絶対間に合わなかったんだから、ズンズンやって来ながら睨むのはやめてくれ。

「私、悪くないよっ」
「そうだな。だが、仕留めなくても逃げるくらい出来ただろう?」
「そんな判断している時間はなかったぞ」
「否、十分あったさ。お前なら可能だった筈だぞ。呑気に食ってなきゃな」
「腹が減ってちゃまともな判断が出来ないという、明確な例を目にしているんだよ」
「……腹は減っても口は減らないということも分かったよ」

 話しているうちに、先輩が纏っていた闇が消え、雰囲気も戻る。魔物はいなくなったようだ。
 また迷惑をかけてしまった狩人一行に肉を譲り、素材も良さそうな物がなくて嵩張るだけだからと、持って行って貰うことにした。
 アーヴィン先輩は自分が素材や肉を運ぶのを拒否している。大容量のマジックバッグがあるというのに。
 文句を言おうとしたが、ご飯が食べられなくなりそうな予感しかしないから、賢く呑み込んでおいた。

「いつもこんな感じだと、ダンジョン着く前に疲れない?」
「だから、ダンジョンに入ってすぐに回復符を見付けると、ホッとする」
「……」

 ちょっと可哀想に思えた。ウチの海月みつきはそこまで私の身体を酷使させないし。
 闇の水晶の呪いって、先輩をそうやって疲弊させて衰弱させて、最終的にあの柩の中に引摺り込むつもりなんだろうか。
 もしもそうなら戦わない方がいいんじゃないかと思うけど、そうさせないように、あんな風に目についた魔物全てを駆逐しなきゃ済まないような感じになってしまうのかもしれない。

 うーん……私が先輩の代わりに水晶を破壊して回るだけじゃ、呪いは解けそうにない気がする。

「先輩、ダンジョン行かない方がいいんじゃないか?」
「何だよ急に。冒険者がダンジョン行かなくて、何するんだよ」
「冒険者をやめてギルド職員になるとか、武器や防具の製作者になるとか」
「そう言われてもな……。お前は俺のこと心配してくれているんだろうけど、この世界で生きてくなら、こういうのも受け入れなきゃならないんじゃないか? まあ、体力的に不味い年齢になったら、考えてみるよ。その前に呪いが解かれていることを願うけどな」
「この世界で生きてくなら……ね」
「お前だって、やめろって言われてやめられるものでもないだろ? ミツキのことを抜きにしてもさ」

 それは確かにそうだ。幼い頃から冒険者になることを目指していたから、戦える力があるのにやめなきゃならなくなったりしたら、自暴自棄になるか憂鬱な日々を過ごして、生きているのも嫌になるかもしれない。

「ごめん。口出ししていいことじゃなかった」
「じゃあもうこの話は終わりだな」
「ん」

 しんみりしそうだった空気を払拭するように、先輩がにっこりと笑う。
 本当、魔物がいないと先輩っていい人だよな。……たまに意地悪だけど。
 それを含めて一緒にいると楽しいって思えるから、パーティーに誘われまくるんだろうな。

「あの森を迂回するんだよな……」

 地図を取り出し、迂回路の確認をする先輩。
 その手元を覗き込む。地図上の森を示す範囲がやたら大きい。それを迂回するとなると言われていた通り、日数は分からないが時間はかかりそうだと分かる。

「直進してみるか? ドリュアスに遭遇しないかもしれないし」
「否、先輩の顔じゃ回避は無理」
「複雑な言い方だな」
「それに、普通に直進出来たら、もしかしたら大丈夫かもしれないけど、魔物の遭遇率によって先輩が森の中をあっちこっち彷徨う可能性が高いから、その所為で会っちゃうことがあるかもしれない」
「……そうか。ルナにしては説得力のある言葉だな」
「先輩は私を何だと思っているんだ」
「色々考えさせたら駄目な子、かな」
「ほほう」

 どうしよう。反論出来ないじゃないか。

「そうなると、あまり森に近い道も通らない方がいいな。最悪、俺が遠くにいる魔物に向かって行きそうになったら、引き摺ってでも俺をその範囲から離してくれ」
「ええっ?」

 何か大役を任された気がするが、そうするしかないよなぁと引き受けるしかなかった。
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