彼が冒険者をやめるまで。

織月せつな

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第一章

不落の迷宮④

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〈攻撃するな、転がれ!〉

 海月?

 咄嗟に豺の牙を構えた私の中で、弾けるように海月の声が響き、私は言われた通りにハサミ蛇足の尾を転がることで回避する。
 お陰で革のジャケットや髪が濡れたが、気にしている場合ではない。

〈折角少年が引き付けて、こっちに気付かないようにしているんだから、それを無駄にするところだった〉

 どうやら尾が私の頭上に迫っていたのは、たまたま私がそこにいたからというだけの偶然であり、私を狙ったものではなかったらしい。
 海月が目覚めてくれて助かった。咄嗟に構えた豺の牙だが、今思えばあれを凌げられたとは思えない。
 有難う。と心の中で謝意を述べれば、海月は〈うむ〉と胸を張ったような調子で頷く。
 ぱしゃりぱしゃりと水の音がどうしても立ってしまうが、ハサミ蛇足はアーヴィンの激しい剣撃に耐えるだけで精一杯のようだ。
 アーヴィンの姿は殆ど闇に隠されて見えないのだけれど、その闇がざわめくように小刻みに揺れる度に、ハサミ蛇足の全身も揺れる。その揺れは受けた攻撃による衝撃が、絶えず振動を与え続ける程の素早さと威力なのだろう。
 そんなだから、闇がなかったら、私にはアーヴィンの動きが見えないどころか、何処にいるのかも分からなかったかもしれない。
 ランクⅢとⅣの差は、それほどに大きいのか。

〈見惚れてないで、仕事仕事〉
「あ、そうだった」

 断じて見惚れていた訳ではないのだが、見物している暇はないのだったと、目的の宝箱の前に進む。
 鍵はない。
 ザッと辺りに目を滑らせたが、その辺に落ちているといったこともない。だいたい鍵は魔物が落とすことが多かったけど、見付けられなかったのは私のミスか、持っている魔物を倒していなかったということか。
 しかし鍵はなくとも魔法での解錠が可能だ。宝箱の鍵穴の上に属性を表したものが刻まれているから、その属性の魔法を軽く流せば……。

「――ちっ」
〈どうした? 舌打ちなんかして。早く開けなよ〉

 海月は中身を早く見たいらしい。純粋にはしゃいだ気分が伝わって来る。
 いいんだよ、別に。私にはコレがあるから。
 マジックバッグから、それを掴んで取り出す。
 光属性の小太刀。魔法が使える物ではないが試す価値はある。
 宝箱3つとも、太陽の形が刻まれているという、どうしても光属性に適応していない私たちを愚弄する思惑が、この世界に隠されているに違いない。なんてことを考えたくもなる状況に、いつもならば心をへし折られて踏みつけられてグリグリされている気分になっていたことだろう。
 フフンと勝ち誇ったような笑いを浮かべながら、鍵穴付近に小太刀の切っ先をあてる。
 微かに刀身が光ったようだった。

 カチリ

「!」

 小さく音を立てて解錠されたことを知らせると、自動で宝箱の蓋が開く。

〈うん? 何だこりゃ〉

 海月が不思議に思ったのも無理はない。
 鱗に見える何か、だった。大きさは手のひらより少し大きいくらい。ここでは色合いはよく分からないが綺麗な感じはする。
 3枚あるそれをマジックバッグにしまい、残り2つを開錠。
 あった。蘇生符が……2枚! 稀にある素敵なおまけだ。宝箱は抱えるくらいの大きさのクセに、たいてい符が1枚だけということは多い。普通の回復符なら兎も角、貴重な蘇生符で2枚なんて……。

〈死亡フラグか?〉
「言うなよ。そんな気はしたけど、思うだけにしてくれ」

 これも大事にマジックバッグにしまい、残る1つに入っていたのは――。

 ドガンッ!

 地を穿つような音にハッとする。
 呑気に1つ1つ確認している場合じゃなかった。
 誰も倒せずにいる不落の主。それでもアーヴィンなら簡単にやってのけてしまうんじゃないかと、心の何処かで楽観的に考えていたのだろう。
 私は、一緒に戦う為に共に入って来たのではなかったか。

 振り向き、その姿を目にして安堵する。
 アーヴィンはまだ倒れていない。纏う闇が更に広がり、炎のように揺れていた。
 握っていた筈の剣がハサミ蛇足の傍に放置されている。刃も柄も砕かれてしまったからだ。
 他にも投擲武器がハサミ蛇足の背中や尾の付け根近くに、針山のように突き刺さっているのが見える。
 魔法で攻撃しないのは、回復に使う為に魔力を温存しているからか。

 ここに来るまでに宝箱はなく、主の後方に隠されたように置かれていたくらいだから、或いは主を倒すのに効果のある物が入っているんじゃないかと思ったのに、見当違いだったようなのが悔しい。

「……?」

 足元に目を落とした。
 水溜まりがある。ハサミ蛇足は水辺に棲息しているという知識から、何の違和感も覚えなかった。
 宝箱も水溜まりに浸っていた。開けるにはやはりこちらも水溜まりに入らなければならない。

 もしかして、ハサミ蛇足はアーヴィンだけに意識を向けさせられているから、私に気付かないんじゃなくて、気付いておきながらわざと宝箱を開けさせた?
 そして、アーヴィンが魔法での攻撃に出なかったのも、私がここにいるから、なのか?

〈水溜まりに仲間がいる間は、魔法が使えないと考えさせてるのかもしれないなぁ〉

 海月も私と同じ考えに至ったようだ。
 水溜まりの水に触れてみる。通常の水とは何か違う手触りだ。透明に見えるけど滑りを感じ、しかしサラサラとしてもいて、臭いはない。
 これは、何だ?
 否、考えるのは後だ。今は最後の宝箱の中身を回収し、水溜まりから離れなければ。

「あっ」

 思わず声をあげてしまった。
 最後の宝箱に入っていたのも符だった。攻撃系の「焰光爆符えんこうばくふ」火属性と光属性を合わせた魔法のものだ。
 これをアーヴィンに渡せば、きっと終わる。
 そう思って引き返そうとした時、今度はしっかりと私の動きを遮る意思を持って、ハサミ蛇足の尻尾が振り下ろされた。
 それを攻撃としてじゃなく、あくまでも私の行く手を遮るだけのものとしたのは、うっかり誤って私を殺してしまえば、思惑通りにいかなくなってしまうからだろう。

「邪魔っ」

 私が符を使えば早いというのは分かっている。
 けれど、それでは私が主と一緒に死ぬことになる。そんな形の死に方は命の無駄遣いでしかない。
 きっとアーヴィンを傷付けることにもなる。
 だから――と土属性のCクラス魔法「ロックウォール」を自分の足元に顕現させ、それが天井へと迫り上がって行くのを利用して尾を飛び越え、飛び越えた先に尾を挟む形でロックウォールをもう一枚顕現させた。

「アーヴィン、これを!」

 足元をふらつかせた無様な走り方で、どうにか符を渡す。
 アーヴィンは頷き、石の壁をハサミで崩しているハサミ蛇足の元へ走った。
 その際に、私の前に壁を築くよう言われ、よく分からないながらも従うと。

 カッ、と壁越しに鋭い閃光が空間全体に広がるのが見えた。直視していたら目を焼かれていたかもしれない。

 ガアアァァァァァッ!!

 ハサミ蛇足の絶叫が響く中で感じる、肌がヒリヒリと痛む程の熱。ジュワリと大量の水が蒸発したような音が、やたら大きく耳に届く。

「っ」

 異様な熱が体のあちこちに生じた。
 ハッとして確かめると、私の髪の一部――サイドテールにしていた毛先――とジャケットの一部、靴が焼けてボロボロになっている。
 あの水溜まりに触れていた部分だ。手が赤くなって水ぶくれが出来ているものの、無事だったのは水を確認した後に、ジャケットで拭ったからか。
 しかし、全身に浴びていたかと思うと、ゾッとする。

 アーヴィンは……?

 自分の無事だけ確認していた自身に嫌悪を感じながら、閃光が薄れた空間に顔を出すと。

「お疲れ」

 私に気付いて片手を上げてみせながら、有り得ないほど爽やかにそう言い放たれたのだった。
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