彼が冒険者をやめるまで。

織月せつな

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間章

イノセント・シン

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「皆様お聞きになりまして?」

 ペチコートを何枚も重ねた膨らみの為に、椅子の座り方が少しばかりおかしく見えるが、決してそんなことを気にした素振りも見せない麗人たちが、女性の言葉に各々手を休めて耳を傾ける。

「クライヴがあの方に、お声を掛けることに成功なさったのですって」
「それはめでたい」

 女性――青灰色の波打つ髪は腰の手前まで伸ばされ、同じ色の瞳はやや垂れ目で柔らかな印象をもたらす、20歳の冒険者で名をコーデリアという――の言葉に、彼女の腰掛ける椅子の後方で、彼女の髪にブラシを通していた麗人がそれを受けると、4人の麗人たちがはにかむように頭を下げたクライヴに拍手を送った。

「皆さんからお預かりしていたマジックバッグを、無事にお渡しすることが出来ましたよ。驚かれた時の様子が大変愛らしく、そのまま拐ってしまいたくなる衝動を堪えることに、苦労しました」

 深みのある低い声は、とても女性のものとは思えない。
 クライヴというのも本来の名ではないが、この「イノセント・シン無邪気な罪」と名付けたパーティーで活動している間は、男装していなければならないことから、そう呼ばれているのだった。
 他のメンバーも、アンディ、カラム、コンラッド、エディ、ヨアンと名乗っている。
 クライヴがコーデリアお気に入りの駆け出し冒険者に声を掛けたのは、つい昨日のことであり、美しい赤毛と惜し気もなく晒されている美脚が目を引くその少女が、闇柩あんきゅうを背負わされた眉目秀麗なる少年と共に、ダンジョンへと向かう前のことだった。

「まさか、我らが姫君のお気に入りが二人共に手を組むとは。大変結構なことですね」

 男装していても、可愛らしい少女にしか見えないヨアンは、このパーティーでは最年少の18歳だ。そのヨアンは先程からコーデリアの為に膝掛けを編んでいる。趣味が編み物なのである。

「ええ、とっても」

 コーデリアを含めた「イノセント・シン」のメンバーがその少女を気にするようになったのは、少女が学園を卒業して冒険者となって初めてのダンジョン攻略に向かった時からのことだった。
 数年前までは卒業と同時に、既に活躍しているパーティーの荷物係として仲間入りさせて貰うのが一般だったが、今の駆け出し冒険者たちは荷物係という役割を、冒険者になれなかった者たちがすることだと勘違いしており、また大人たちが何度訂正しようと聞く耳を持たない者が増えつつあった。
 故に、学園内で組んでいたパーティーそのままで攻略に挑む者たちが殆どであり、死傷者が激増したことによって、ギルドからの要請としてベテラン冒険者パーティーが、駆け出し冒険者パーティーを密かに見守ることになったのである。
 コーデリアたちは弓使いばかりの中に、一人だけ剣使いが混じっている不思議なパーティーを担当した。
 メンバー全員が女子である為、やはり女性ばかりのメンバーであるコーデリアたちが選ばれたのだろうが、それにしてもバランスが悪く貧弱そうな集まりだという感想を抱いた。
 ただ、剣使いの赤毛の少女だけは、一人だけ武器が違うからか、妙に異彩を放っていたように思う。
 町から初心者向け――しかし学園のダンジョンより魔物の数も強さも上である――ともいえるダンジョンに向かうまで、魔物と遭遇しても赤毛の少女はおとなしかった。率先して戦い、やはり弓だけでは援護にもならなかったのだが、談笑しながら赤毛の少女に任せているように見受けられたパーティーメンバーに文句の一つも言わずにいるその様子は、パーティーに雇われただけの冒険者であり、仲間として扱われてはいないかのようだった。
 しかし魔物との戦闘には相性がある。これから潜るダンジョンには弓が有利となる魔物がいることを承知していた為、コーデリアたちも特に何も思わなかった。
 だがその状態はダンジョンに入ってからも続き、明らかに援護が必要とされる時にも、誰も手を出さず、初めての「外」のダンジョンの雰囲気に呑まれたように、一塊となって怯えるばかり。
 そして赤毛の少女が変わった。
 何処がどう、と見た目では変わった様子は見られないのだが、それまで戸惑いながら仕方なく戦っていたように見えていた少女が、好戦的で嬉々として魔物を追い始めたのである。
 それは他のメンバーが、戦意もなく自分について歩くだけの移動する荷物になっていたからかもしれなかった。ただの荷物であれば負荷となれば捨て置けるのに、人であるから置き去りにする訳にもいかない。
 好戦的になる前までは、少女に引き返すことを提案されても、頑としていうことをきかなかった彼女たちのことも、それからはあまり気に掛ける様子はないが、周囲に魔物の気配がなくなると、遅々として進まない彼女たちをおとなしく待つのではなく、急がせるようになった。
 落ちた素材については、赤毛の少女が独り言のように文句を――誰も何も言っていないのに、誰かから指摘されたように――言いながら、皮の胴巻きの中に入れられる程度の物を幾つか拾い、その際に「お前らも少しくらい持てるだろ」と睨まれて、渋々一人一つずつ手にするくらいだった。
 闇水晶の破壊も、赤毛の少女に任されたのは、彼女を強くさせた方が自分たちが楽出来る、ということより、レベルが一気に上がってしまった際の苦痛を嫌がって、押し付けたようだったが、少女は素直に有難がっていた。

 あまり稼ぎがなかったのは当然である。がっかりする赤毛の少女に、他のメンバーたちは。

「だから持って帰っても意味ないって言ったのに」
「ルナちゃんが倒したんだから、ルナちゃんが全部持って帰れば良かったんだよ。あたしら無駄なことさせられたね」
「あれ、重かったのになぁ。腕痛ぁい」

 などとルナと呼ばれた赤毛の少女を悪者にして反省を促す。
 この会話を聞いていたクライヴが、思わず割って入ろうとしたところを仲間に制止された。
 魔物が落とした肉は売らずとも美味な物として腹に納められたし、彼女たちが見落としていただけでレアもあった。ルナが胴巻きに入る大きさだけで――その後の戦闘には邪魔でしかなかっただろう――選び採っていたボムラットの核(自爆する前に倒した時のみ入手可能)も、レアではないがなかなかに高価な物だ。パーティー全員で平等に分けたりなどしなければ、ルナは今回働いた分に見合う金額を手に出来た筈だった。

 翌日も、怯えているだけだったパーティーメンバーは、いかに昨日が大変だったかを、あたかも自分たちが戦い抜いたように話ながら、ダンジョンに向かった。
 初心者向けのダンジョンは、町に近いところに点在してあるが、学園を卒業したばかりのパーティーは十にも満たない為、ギルド職員からすすめられたダンジョンは昨日と同じレベルの魔物が棲息するものであったが、パーティーリーダーは「まともな素材を落とす魔物と戦いたい」と申し出た。勿論戦うのは彼女たちではない。
 昨日向かったダンジョンも、駆け出しなどでは最深層まで辿り着くことなく、帰還していたようなところだった。それが上手く行ったとからと難易度を上げるのは無謀を通り越した愚か者である。
 だがギルド職員は無理せず途中で引き返すことを条件に、魔物のレベルが初心者向けより5も高いダンジョンに行くことを許可した。
 勿論、コーデリアたちの存在あっての譲歩である。
 だが、まだそれを知らされていない彼女たちは、自分たちの腕が見込まれたと何故か思い違いをし、意気揚々とダンジョンに向かった。
 実は昨日、レベルが1ずつ上がった彼女たちは、念願のランクⅡに到達したのである。
 ルナが既にランクⅢであるように、駆け出し冒険者の殆どはランクⅡになっていたが、彼女たちは少しのんびりし過ぎていた。ルナを仲間に入れてるだけで楽にレベルが上がるならば、もう少し上を狙った方がいい。彼女たちは魔物が落とす素材よりも、高い経験値を得ることを選んだのだ。但し、成長痛についての警戒はまだ高い為、自ら魔物を倒そうとまでは考えずに。

 コーデリアたちはルナがどれだけ好戦的になろうと、危険だと判断したらすぐに介入するつもりだった。
 前回は気付かれないように身を潜めていたが、今回は偶然かち合っただけのパーティーとして、共闘はしないが付かず離れずといった形で視界に入るようにしていた。
 何かあった時に、自分たちに助けを求められるように。また、他者の目があることで、戦闘をルナだけに任せないようにという意図があってのことだ。
 だが、彼女たちは他のパーティーがいるという、ダンジョンを攻略していく上で当たり前のことであるその事が気に入らないようだった。表面的には可愛らしく振る舞っていたが、コンラッドとカラムは舌打ちやぼやきを耳にしており、気分を害していたという。
 ルナは、この時はまだクライヴたちが男装していると気付いていないようで、コーデリアが紅一点の守られるべき存在だと思ったのだろう。憧れの対象のような眼差しを向けられて、気恥ずかしかった。
 そして別のダンジョンにいる筈の高レベルの魔物に遭遇し、さすがのベテラン勢でも手を焼くそれに混乱した駆け出しパーティーの元に駆け付けたのだが、戦うどころか逃げることすらままならずにいた彼女たちを避難させることに夢中になり、コーデリアが危険に晒された際にそれを助けたのがルナだった。

「わたくしの不甲斐なさの為に、あなたまで危険な目に遭わせてしまいました。申し訳ありません」

 本来ならば助ける側であったのに、助けられたことについて、自身の至らなさを反省して頭を下げるコーデリアに、好戦的な態度から少し落ち着いた様子のルナは。

「皆さんが大事にされているお姫様を助けられて良かった。私たちを助けに来てくれていたのだから、お返しぐらいで頭を下げないで、お姫様」

 他の少女たちと違い、ルナは「イノセント・シン」のメンバーが駆け出しの冒険者でしかない自分たちを心配して付いているのだと察していたようだった。ギルドからの要請とは考えていないようだが。
 コーデリアはルナから「お姫様」と呼ばれたことにも感動した。彼女はただの平民である。幼馴染みたちが幼少の頃から姫君に憧れを持っていたコーデリアを、そのように扱ってくれるようになったことで、彼女の思う深窓の姫君を演じているだけなのだ。
 コーデリアの身代わりとなって結構な深傷を負ったというのに、そんなことよりも姫様の方が大事だと、忠誠を誓った騎士のように言い放ったルナ。それを「イノセント・シン」のメンバー全員がはっきりと耳にしていたことから、彼女たちの中でルナは特別な存在となったのである。

 想定外のことが起きた為、ダンジョンから引き返した彼女たちは、素材も何も手に入れられずに戻ったことで、すっかり落ち込んでしまったルナに、アイテムバッグを贈ることを決めたのだった。

「お茶会にも来て頂けるそうよ。すぐにでもお誘いしたいところですけれど、きちんと準備が整った上でなければ失礼ですわよね? いつ頃が宜しいかしら。どのようなお菓子が喜ばれるかしら。ああ、楽しみでなりませんわ」

 幸せそうに胸を弾ませるコーデリアに麗人たちは柔らかく微笑み、その日の為に何をすべきか相談を始めるのだった。
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