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躊躇う唇
しおりを挟む目を閉じてくちづけを促す彼女の頬を、焦らすようにそっと撫でる。
このまま顔を近付けて、求められるままに、求めるままに唇を重ねれば、もう2度と後戻りは出来ない。
彼女と出会ってしまったことが不幸だとは思わないけれど、本当は出会わなければ良かったんじゃないかと思っている。
この先ずっと、僕はこの瞬間を後悔するだろう。
「流行に乗っただけだと思えばいいのよ」
強い振りして彼女が言う。
「不倫なんて、誰でもしていることだわ。勿論、全ての既婚者がそうだとは言わないけれど、一人二人該当する人がいるだけで、みんなが同じなんだと決めつける風潮があるのと同じことよ」
それに。と彼女は続ける。
本当は僕にじゃなくて、自分自身に向けての言葉かもしれない。
「本当に不倫がいけないことなら、テレビドラマや映画で主題として扱うのは間違っているわ。真似する人がいるから教育上良くないって叩かれた作品があったじゃない。あれは漫画だったかしら? でも、どっちでも一緒よ。憧れるように見せつけた作品があるからいけないの。あたしみたいに、のめり込んでしまうタイプには特にね」
一度目を開けた彼女は、そう言って少し辛そうに笑った。
彼女はまだ夫を愛しているのだ。
けれど、向こうに愛人がいると知ってしまって、その失意の中で出会ってしまった僕にも同じ感情を抱いてしまったが故に、僕を選び取ろうとしている。
それが本当に夫に向けたものと同じだけのものなのか、裏切られたことで空いた穴を埋める為のものでしかないのか、正直なところは分からない。
けれど、信じたいと思うのは、僕が彼女を愛しているからだ。
愛している。なのに躊躇い続けてしまうのは、彼女の夫への罪悪感なのか。
「ねえ――あなたも覚悟を決めて。あたしのことを愛してくれているなら」
再び彼女が目を閉じる。
その睫毛を僅かに濡らす涙の理由は何だろう。
「後悔しないね?」
そんな風に訊くことは出来ない。きっと僕らは後悔する。
お互いを選んでしまったことなのか、こんな形で始めてしまったことなのか。或いはそのどちらもかもしれない。
ここでさよならしてしまったとしても、やはり後悔はするのだ。だから……。
「――」
囁くように彼女の名を呼び、薄く開いたその唇にそっと僕の唇を重ね合わせた。
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