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魔王さま降臨編
魔王さまの、慰め?
しおりを挟むグザファン先生が保健室の先生になってしまった為、前の先生がどうなったのかを知りたくなった。
だっていくらルーキフェルの傍にいる為とはいえ(しかも先生なんて四六時中一緒にいられる訳でもないのに)、前の先生から仕事を奪ったのだ。それで放ったらかしにされていたとしたら、あんまりだ。
「そんな悪魔みたいな所業をする筈がないじゃありませんか。馬鹿ですか?」
果てしなく爽やかな笑顔と口調で、そう答えられた。
一瞬はホッとしたものの、最後の言葉が酷い。
「? 二人は悪魔じゃないの? ……です?」
ルーキフェルが魔王を名乗っている以上、悪魔とか魔物といったものに分類されると思ったのだけど、違うんだろうか。ちょっと調べたけど、ルーキフェルは一般的にはルシファーとかルシフェルとかいう堕天使なのだ。堕ちても天使は天使だから、悪魔じゃないってことなのかな。
「一括りにするならば、悪魔ですねえ。魔界に君臨している訳ですし」
「元は天使だったんですよね? 悪魔と敵対していたんじゃないんですか? それなのに魔王とかになれちゃったりするものなんですか?」
「ルーキフェルが神への反逆を企てたことはご存知で?」
「よく分かりませんが、何か罪を犯したという感じで堕とされたって……」
答えながら、内心でグザファン先生に謝る。調べたけど、本格的なものじゃなくて、だから調べたって程でもなくて。たまたま見つけた漫画からの受け売りなだけなんです、と。
「で、あるなら、考え付くことはありませんか?」
「…………?」
「ああ、すみません。馬鹿でしたね」
「ううっ」
酷い。やっぱり酷い。本当のことでも酷いよ。
「勇者ですよ」
しくしくと心の中で嘆いていると、なんとも不似合いな名称を出された。
「使われない脳が通常の半分以下、或いはその更に半分くらいのあなたでも、ご理解いただけると思いましたが、これでも無理ならばお手上げですねえ」
「え、あ、あぅ、勇者、は分かりますけど、先生からそんな言葉が出るとは思わなくて……」
「未発達な上に寝惚けているあなたの脳に合わせたのですから、そう驚かれることでもないと思いますが?」
「……あーはい、そうですね……」
けれど、そっかぁ……神様に逆らうなんて凄い奴だって、魔界のみんなに認められた結果が「魔王」なんだ……。
「嘘ですけどね」
「――――はい?」
「そんな単純なものではありませんでしたよ」
「何で嘘ついたんですか」
「そんなことも分からないのですか?」
心底呆れたような目を向けられる。
素直に信じちゃったのが悪いなんて思わないで欲しい。だから、嘘つく理由なんて思い付かなかった。
「面倒臭いからですよ」
「――――」
ちょっと泣きたくなった。
「グザファン、そう結菜をいじめるな」
ぽん、と頭に手を載せられ、いつの間に来たのかとびっくりしながらルーキフェルを見上げる。
「いじめてなどおりません。もしご期待して頂いているのであれば、このグザファンが精一杯つとめさせて頂きます。あまり道具はありませんが、軽く爪を――」
「わ~~~~っっ」
先生の話の途中で、ルーキフェルが私の両耳を塞いで大声を出した。
またまたびっくりしながらルーキフェルを見上げると、耳から手を外して「聞こえたか?」と訊いてくる。
「ルーキフェルの声が煩かったよ」
「失礼な。我の声は、否、声も美しかろう。ああ、耳を塞いでしまったのがいけなかったのだな。ならばよく聞こえるようにしてやらねばのぅ」
「うきゃっ」
不意に耳元で囁かれ、その近さと吐息の擽ったさに、思わずお猿さんのような声が漏れてしまった。
私の反応が面白かったのか、ルーキフェルがイタズラっぽく笑う。
「ふふん。やはりこの姿でおる時は、我を『可愛い』などと言ってはおられんようだな」
ぷにっ子のルーキフェルは、どうしたって可愛いのに。それに、他の子が「可愛い」って言っても怒らないのに、私が言ったことをまだ根に持っているらしい。
「それは当然です。あなたの美しさは至高の宝。常に輝く光そのものと申しても過言ではありません」
少年の姿だと、ルーキフェルの存在そのものを大絶賛するグザファン先生。下手するとちょっと怪しい人に見えてしまう。
「それより、何故、貴様がグザファンと共におるのだ? 我が一眠りしておる時に離れてコソコソと……」
「わたしがこうして保健医の真似事をしているものですから、本来の保健医の行方を案じていらっしゃっただけですよ」
「そうか。で? その者はどうしておる?」
「近々、結婚する予定かと」
「結婚!?」
さっきのルーキフェルのに負けないくらいの大声を出してしまって、私は慌てて口をおさえる。
だけど、本当にびっくりしたのだから仕方ない。
「でも、それならえーっと……寿退職、ですね。だからすぐに潜り込めたんですか? だったら、お祝いくらい言いたかったです」
「事情が事情ですので、少々強引な手を使いましたからね」
「……まさか、先生が付き合ってた人とかじゃなくて、適当にくっつけちゃった、みたいなことですか?」
「ですから、そんな悪魔みたいな所業をする筈がないじゃありませんか。二度も言わせないで下さい」
「じゃあ、どうして……」
「二人が出会って結婚を決めるまでの時間を早送りしただけですよ」
「そんなこと出来るんですか?」
ルーキフェルにもそんな能力が? と尋ねるように見ると、ちょっと唇を尖らせて頭を振った。
「我はそのようなこと、興味がないからの」
拗ねてしまったようだけど、ここはグザファン先生の能力を確かめるチャンスだ。
「時間を早送りしたってことは、その二人はそういう運命だったってことですよね? グザファン先生は、運命の相手が見えるんですか?」
「…………まあ、一応」
わくわくしながら尋ねる私に、グザファン先生が珍しく引き気味になったけれど、気にしない。
「じゃあ、私の相手、分かります?」
というか、私って結婚出来るんだろうか。するとしたらどんな人なんだろう。
それは年頃の女の子の、純粋な好奇心だった。
…………なのに。というか、案の定、返って来たのは。
「残念ながら、見えませんね」
「え?」
「一生涯独身を貫かれるおつもりのご様子ですので」
う、嘘でしょ……?
よろり、とよろめいた私にルーキフェルが手を差し出してくれる。
傷心の今、この優しさが嬉しい。
「まだ若い故に定まっておらぬだけだ。運命の相手というものは、一人ではないからな。時が経てば、結菜に似合いの者と出逢うだろう」
「…………うん」
ルーキフェルの言葉に頷きながら、なんとなくだけど、その時が「今」じゃないことが残念に思えた。
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