可愛すぎます、魔王さま!

織月せつな

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魔王さま降臨編

魔王さま、訪問中?

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「こ、この家は、男の子はちっちゃい子以外、立ち入り禁止!」

 そんな阿呆なことを叫んだ私に、ルーキフェルはきょとんとした顔を向けた。
 不意を突かれたような、何が起きたのか分からないといったような、そんな無防備な表情にきゅんとしてしまう。
 分からないのも無理はない。私だって、自分に何を言ってるのかとツッコミを入れたくなる程なのだから。
 学校では平気なのに、家では過剰なくらい緊張するなんて、これも実はルーキフェルが何か魔法でもかけたのではないだろうか。

「大いに不満があるが、そうしなければ貴様がそこから動けないのであれば、こちらが折れてやるしかないのだろう」

 深い溜息をつき、唇を尖らせてからつまらなさそうに言った後、一瞬にしてぷにっ子の姿になるルーキフェル。
 すると一気に緊張が解け、泥棒さんかと勘違いしてからルーキフェルだと知った時のような脱力感があったけど、今度はどうにか座り込まずに済んだ。

「あまり我儘を言うものではないぞ。我は貴様には寛大でいておいてやるが、誰もがそうではないだろうからの」
「はーい」

 注意されながらも、ホッとした私はもう怖いものはないとばかりに、いそいそとルーキフェルにアップルティーを届ける。
 ついにこの間、いつも寄っているのとは別のスーパーで、アップルパイ風味のあのアップルティーを見つけた。それも二リットルサイズで、学校の自販機で買える五百ミリリットル一本分の値段で!
 私は頑張った。「本日限り」と記されているのを見逃さず、徒歩だった為に二本だけ買って家に戻り、自転車に乗ってスーパーに再び向かい、六本入りのケースを一箱入手することに成功した。お一人様○本までってなっていなくて良かった。
 残念なことに翌日も行ってみたら、正規の値段でも売られていることはなく、本当の意味で「本日限り」になってしまったけれど。

「うむ。この甘さがちょうど良い」
「おかわりいる?」
「貰おう」

 ルーキフェルも気に入ったようなのだけど、あの日、私が何か飲むかと尋ねた際に、ルーキフェルは要らないといった反応を見せたのに、私が買ったアップルティーを「ちょうだいな」して来たのには理由があった。
 グザファン先生が、ルーキフェルが私に楔を打ち込んだとか言っていたのも関係している。
 どうやらルーキフェルは「私」で魔力の補給を行っているらしく、その手段の一つが、私が私自身の為に選んだ食べ物や飲み物を摂取することだった。
 好みを共有するというのじゃなくて、私が「これがいい」とか「これ大好き」とかいう思いを取り込んでいるらしい。
 別の手段として抱きついて来ることもあるけれど、あれはこっちの姿だけにして欲しい。ルーキフェルが大きいと――困るのだ。馬鹿みたいに異性として意識してしまって。
 相手にそんなつもりは一切ないことが分かっているのに。

「どうして会いに来てくれたの? あ、そういえば、いつもは何してるの? 何処に住んでるの?」
「質問が多いのぅ」
「ごめん。じゃあ、何処に住んでるの?」
「向こうだ」

 指をさされたけど、それじゃ分からない。

「いつもは何してるの?」
「人間を観察しておる」
「あの、滅ぼすーとか選定するー言ってたのと関係ある?」
「無論だ」
「……冗談、だよね?」

 グザファン先生が現れた時のことを思い出せば、答えはもう提示されているも同然なのに、尋ねずにはいられなかった。

「冗談になるか否かは、我が決めることだが、貴様らが我に選ばせることでもある」
「私たちの行いによるってこと? でも、だったら私じゃなくて、もっと国の中心にいる人とか、偉い人とかの傍にいた方がいいんじゃないかな?」
「それならば、傍に行く必要もない。即刻滅ぼす」
「!」
「国を治める者には悪人が多い。善人と呼ばれる者がなったとしても、裏表のない者はいない。そうならなければ守れないものがあるからの。まあ、中には悪人というより悪魔と同等の輩もいるようだが」

 それは、本当になんとなくだけど、分かるような気がする。国を治める人だけのことじゃなく、一般的にそうなんだろうと思う。
 例えば、狩りをする人がいるとして。動物保護を謳う人たちにとって、動物を殺すその人は悪人だけど、狩ったものを食料にしたりお金に換えたりして生活を支えているなら、支えられている人にとっては善人になるだろう。立場や見方、背景にあるものや状況によって変わる。それは普通のことなのだ。

「我は、人間の傲慢さを知っている。強欲さも、怠惰であることも。同じように、慎み深さも、勤勉さも、慈しむ心も知っておる。我らも同じ。だが、我らは人間を試し、救い、憤らせ、審議にかけなければならない」
「……どうして……?」
「神がその役目を与えたからだ」
「――――」

 どうしよう。何だか深刻な話になってしまった。
 そんな大事なことなのに、私なんかの所為で大変なことになったら……どうしよう。

「そう深く考え込むこともない。ある意味、厄介なのは天使だ。奴らがその気になって選定を始めれば、マイナス要素ばかりが目立つこの世界は、あっという間に滅ぼされるだろうな」
「天使なのに?」
「天使だからだ。神の目に醜いものを晒したくないと考えている」

 それは、ルーキフェルが元天使だから言えることだろうか。

「天使は、来てないの?」
「様子見程度には降りている。定期的にな。この国にはいないようだが」
「もし来ちゃったら、どうすればいいの?」
「我がおるのだぞ? すぐに追い返してやる。魔王である我に手を出すことがどういうことか、分からない筈もない故、おとなしく引き下がるだけだ」

 血気盛んな天使がいたとして。もしもその天使が手を出したとしたら、どうなるんだろう。
 気にはなったけど、怖い気がして、話題を変える為に別の質問をする。

「そういえば、何か用があったの? わざわざ会いに来てくれるなんて」

 話を変えようとしたのが急過ぎたのか、ルーキフェルがまたきょとんとした顔になった。
 けれどすぐに、こちらの意図を察してくれたのか、にこりと笑うと。

「結菜に会いたかったからに決まっておるだろう。貴様の傍にいる方が、心地よいからな」

 サラリとそんなことが言えるのは、私を「供物の娘」として見ているからだろう。
 頭では分かっている筈なのに、鼓動が跳ねる。
 分かっているから、胸が痛い。

 ずっと可愛い姿でいてくれたらいいのに。
 そう心の中で呟きながら、ルーキフェルのぷくぷくな頬をふにふにする。
 嫌がるルーキフェルには悪いけれど、可愛いだけの存在になって欲しくて、弄り回す手を止めてあげられなかった。
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