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魔王さま降臨編
魔王さまの、危機?
しおりを挟む「こんな筈では……」
グザファン先生がもう何度目かの嘆きを漏らす。
ルーキフェルによってぷにっ子にされてしまった先生は、この世の終わりが迫っているかのような悲壮感を漂わせていた。
…………私の膝の上で。
大人の色気がごっそりなくなった、可愛らしい姿になっても、ルーキフェル同様に人気は衰えず、それどころか増えた感じで、つい先程までも保健室は女子で溢れていた。
殺風景というか、シンプル過ぎるというか、とにかく無駄なものが全くなかった保健室内は、この三日程で女生徒からのプレゼントであるぬいぐるみで溢れている。
私の膝の辺りまでしかない身長になるぷにっ子だから、大きなぬいぐるみだと体長があまり変わらず。押し付けられるそれを、怒りに任せて叩いたり蹴ったりする様子がウケてしまっているようだ。
ぬいぐるみを前にするとムキになってしまうようで、後になって反省しているというか、落ち込んでしまうのだけど、女子生徒にけしかけられると冷静ではいられなくなるらしい。
そこに知的な大人の影は何処にもなく、子猫が初めて目にするものに威嚇するような雰囲気で、みんなを和ませているのだった。
「ああ、行かなければ……」
突然ハッとした様子で言うと、先生が私の膝の上から落ちる。
……うん。降りたんじゃなくて「落ちた」で間違いない。
「大丈夫ですか?」
のろのろと起き上がると、答えてくれないまま、私の肩くらいの高さで飛び始めた。
「何処に行くんですか?」
ふよふよと、浮いたり沈んだりする動きが加わるからか、飛行速度は歩いていても追い付けるくらいに遅い。
「ルーキフェルに危機が迫っております。早く、先に教室へ向かって下さい」
「危機? 先生も一緒に来るんですよ」
私は飛んでいる先生を捕まえて、失礼ながら脇に抱えるようにして走った。
今、ルーキフェルは補習授業中だった。相変わらず古文が苦手で、文章を目にするだけで頭がパンク状態になるらしく、ラテン語なるものを口にして古文の先生を困らせている。それをどうにかしたいと、ルーキフェル自ら願い出た大事な時間なのだ。
補習が始まってから一時間になるから、もう終わっているかもしれない。だから、文章を目にして何かをやらかしてしまった、という状況ではないだろう。だけど他に危機的なものなんて思い浮かばないのだけど。
考えながら到着した教室のドアを開ける。
「ルーキフェル」
先生がわたわたともがいて、私の腕から脱け出し、少年の姿のルーキフェルを守るように、対峙していた女子の前に立ちはだかる。……多分、そんなイメージ。
「おやおや、さすがは魔王殿の忠臣。僕の魔力に気付いて現れたか」
…………うん?
「魔力? 何のことです?」
「フフ。この禍々しさに、グザファン殿も耐えられぬようだね。強がる必要はないさ。僕は特別なのだから」
「――はい?」
確か、隣のクラスの沙藤檸檬さん(本名)だと思うんだけど、こんな話し方をする人だったかな。
グザファン先生は心底困った表情で、ルーキフェルを振り返る。
「わたしには、彼女が何を言っているのか、理解が及ばないのですが……」
「うむ。我もよく分からぬ」
答えるルーキフェルは、何故か少し楽しそうだ。
全然危機が迫ってないですよ?
先生がどう感じたのかは分からないけど、沙藤さんがちょっと変な気がする以外は、何ともなさそうで安心する。
「やあ、魔王殿の盟約者殿」
沙藤さんが私に妙な肩書を付けた。
よく分からないから愛想笑いをしてみる。満足そうに頷かれたから、気を悪くさせなくて済んだようだ。
「さて、ここに集うべき者たちは集まった。僕は堕天使ルシファーの魂の欠片。その名の示す通り光をもたらす者である為に、闇の力を凝縮して切り捨てたルシファーの一部」
ルシファーって、ルーキフェルのことだよね? その魂の欠片とか一部とか、分裂出来るの?
「だが僕は、切り捨てられたが故に、本体である魔王殿が許せない。この闇の力をもって、僕が魔王となる!」
「…………」
グザファン先生が疲れたのか、浮くのをやめてルーキフェルの足元に降りる。
沙藤さんのことを、可哀想な人を見る目で見上げるのはやめてあげて欲しい。
「今日のところは挨拶だけにして、失礼するとしよう」
言って沙藤さんは、サササッと器用にも後ろ向き(つまりはこちらを向いたまま)で移動し、教室を出て行く。
ピシャリとドアが閉まると、走り去って行く足音が廊下に響いた。
「……何だったのでしょう、アレは」
「分からん。が、面白いのぅ」
ルーキフェルの反応からすると、沙藤さんが言っていることは事実ではないようだ。
あんな不思議な人だとは思わなかった。
「どのような方法で、魔王の座を奪うつもりなのか、楽しませて貰おう」
馬鹿にした様子もなく、ただ純粋に楽しそうなルーキフェルに、グザファン先生は深い深い溜め息を漏らした。
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