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魔王さま降臨編
魔王さま、様子を見る?
しおりを挟む自分をルーキフェルが切り捨てた闇の欠片とか何とか言ってた、隣のクラスの沙藤檸檬(本名)さんは、やっぱり普段はあんな調子ではなくて、休み時間になると一人静かに読書を嗜む傾向の、おとなしい感じの人だった。
カバーに隠れてしまっているから、何を読んでいるか分からないけど、彼女の見た目の雰囲気から勝手に予想すると、外国の戯曲(ハムレットとか真夏の夜の夢とか)や詩集っぽい感じ。意外と推理小説かもしれない。
答えを知りたくなったけど、廊下ですれ違う際に声を掛けたら、ギョッとした表情で見られて逃げられてしまったから、教えて貰えそうにない。そして私はとても傷付いた。昨日はあんなに不思議な人で、私にも妙な肩書を付けてくれたのに、と。
「沙藤さん、本当に魔王になるつもりなのかなあ」
放課後になって、いつものように保健室に向かった私は、グザファン先生が貰ったぬいぐるみの柴犬と遊びながら呟く。
今日のルーキフェルのことを報告する予定だったのだけど、ルーキフェルも一緒に来ているから、本人を前にしてすることではないだろうと、していない。
少年の姿を保っているルーキフェルとは違い、グザファン先生はまだぷにっ子のままだった。
椅子をルーキフェルに取られている所為か、先生は、寝そべったパンダのぬいぐるみの上に座っている。ぬいぐるみは床の上にそのまま置いているから、ルーキフェルは先生を見下ろす形になる。
片方の腕で机に頬杖をついて、長い足を組んだルーキフェルは、私の呟きに口角を上げた。
「どうであろうかのぅ。あの娘に悪魔を従わせられる力はないが、試しに堕としてやれば気が済むかもしれんな」
「堕とすって」
「人は堕落しようとも人であることに変わりないが、闇の深淵を覗かせてやることは出来る。魔に魅了されて悪魔に身を売ってしまうかもしれんが、我が魔王である以上、そこまではさせん。魔界を散歩させる程度のものだ」
「散歩……魔界を」
「ですが、ルーキフェル。わたしがあなたの危機を感じたのは確かなのです。あの娘に力はなくとも、傍にいる何者か、或いは、所持している何かに魔力が宿っているかもしれません」
イメージ力は乏しいけれど、それなりに恐ろしい感じの魔界を散歩する光景を思い浮かべていると、グザファン先生が神妙な面持ちで言う。
「我は感じなかったが?」
「気配が微弱だったからということではありませんか? あなたはまだ万全ではありませんし」
「それは貴様も同じだろう」
「それでも、感知能力であれば、わたしの方が能力は高いのですよ。ルーキフェルに関わるものであるなら、尚更」
「あー……」
そこでルーキフェルが何とも言えない表情になる。
先生は相変わらず、ぷにっ子じゃないルーキフェルを大絶賛中のようだ。
「暫く待っておれば、そのうち真意も分かるだろう」
あまり深く考えたくないのか、ルーキフェルは立ち上がると、私の手から柴犬を取り上げてしまう。
「あっ、小太郎」
「コタロウ?」
こっそり名付けていたそれを口にすると、ルーキフェルがくすりと笑った。
「では、これとこれの名は?」
「茶色のウサギは茶々。白いウサギは小雪」
「こっちのクマは?」
「大黒丸」
「……全てに付けておるのか?」
「全部じゃないけど、何となく?」
訊かれたから、つい答えてしまったけど、自分のでもないぬいぐるみに勝手に名前つけてるなんて、かなり恥ずかしい人ではないだろうか。
「では、これは?」
何故か自分を指差して。
「ルーキフェル」
「うむ」
「わわわっ?」
呼んだら、腰を抱かれて額を合わせられる。
「もっと呼んで構わんのだぞ? 結菜の声も、我にとっては特別なものだ。その声で呼び続けて欲しいのだ。我が我であれるように」
「……?」
どういうこと? と目で訴えても、ルーキフェルは微笑むだけで。
じゃあグザファン先生にと目線を流すと、先生は寝そべったパンダの上で、同じような格好になって目を閉じていた。
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