可愛すぎます、魔王さま!

織月せつな

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魔王さま降臨編

魔王さまの、目的?

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「それ、落し物なんです。多分、沙藤檸檬さんの」

 ペラペラと頁を捲って中を確かめている様子の、グザファン先生が難しそうな表情をしている。

「多分、とは?」
「そのブックカバーは沙藤さんが本を読んでいたのを見掛けた時に、していたものと同じなんですけど、本が……その、沙藤さんのイメージと違うので……『やさしい黒魔術入門』なんて、普段と違う喋り方をする沙藤さんなら、まあ分からなくもないかな、とは思うんですけど……」
「『やさしい黒魔術入門』? あなたにはそう読めたのですか、これが」

 と、表紙の頁を開いて目前に突き付けて来る先生。
 何処をどう見てもそう読めるんだけど……と首を傾げる私に、グザファン先生はハッとした表情になると。

「そういえば、これは手にした者のレベルに合った形になるのでしたねえ。成程『やさしい黒魔術入門』ですか。全く、あなたらしい解釈ですね」

 うぅ。何故だろうか、言外に「あなた馬鹿でしたね」と言われている気がする。
 もしかして、拾った時に頭が痛くなったアレが、何か関係しているのだろうか。

「これは魔導書グリモワールというものです。このようなもの、ルーキフェルから魔王の座を奪うと豪語する輩には必要ない筈ですがね」
「あの……それ、沙藤さんに返して貰ってもいいですか? 先生、ルーキフェルのところに行くんですよね。沙藤さんも一緒にいると思うので――」
「何言ってるんですか。しっかりなさい」

 言葉を遮られた後に、コツンと本で額を叩かれた。
 先生にとってはどうでもいいことかもしれないし、或いは狙ってやったのかもしれないけど、背表紙は痛いです。

「てっきり、あなたもルーキフェルを捜していらっしゃると思っておりましたが、この数日、あなたは何をしていたのですか?」
「えっ……どうして私が……?」

 コツンコツンと今度は二回背表紙で叩かれる。

「何故ルーキフェルの術が解けたのかが、分かりました。あなたがルーキフェルに魔力を与えていなかった所為ですね」
「術って、先生がちっちゃくなっていたヤツですか?」
「そうでなければ、この姿であなたの前に立っておりませんよ」
「はあ、そうですね」
「…………」

 肯定したら、グザファン先生が露骨に不機嫌を前面に出した表情になった。

「何故あなたはルーキフェルを信じないのです?」
「……?」

 急に、何の話だろう。
 先生は辺りを見回し、他に生徒の姿がないことを確認してから、私の頬を両手で挟んだ。

「あなたは、ルーキフェルが世界を滅ぼすつもりでいると、本気で思っているのですか?」
「……だって、ルーキフェルが……」
「ええ。わたしもはじめはそのつもりでしたよ。ですが、この地へ降りてから、計画は変更になりました。元々、一定期間の観測を経てから選定に入るものですから、多少遊んでいても構わなかったのですが、世界のことより優先しなければならないことが出来てしまったようなのですよ――あなたに会って」

 私? と真に受けそうになって、頭を振る。
 そんなのおかしい。世界を滅ぼしに来たのに、私に会ったから計画変更って、有り得ないでしょう。変更したのに、滅ぼすとか何とかクラスのみんなにも言ってたのは、一体何だったの?

「この学校の教師や生徒たちが、わたしたちをほぼ無条件に受け入れているのは、ルーキフェルの能力だとわかってますよね?」
「……受け入れているっていうか、大人気ですよね。先生が女子に人気なのもその影響ですか。ハーレム築きたかったんですね」
「それは誤解です。受け入れることと好意を持つことは似て非なるものですから。……困りましたね、あなた、性格に歪みが生じてますよ」

 うにっと右側の頬をつねられる。

「問題ないです。先生の方が歪んで――いひゃい」

 口答えした所為で左側までつねられ、上下に引っ張られた。
 そういえば、何で何も感じないんだろう。痛みのことじゃなくて、頬を挟まれた時、先生の顔が寄せられたのに、ドキリとしたり怖いような気持ちにもならなかった。それに、さっきから自分じゃ口にしないようなことを淡々としているような気が。

「ルーキフェルが妙にあの娘の元へ通うようになったことと、あなたの様子がおかしいのは、この本の仕業ですね」

 びっ、と最後に強く引っ張ってから手を離し、白衣のポケットに差し込んでいた本をチラリと一瞥し。

「結菜さん。あなたはルーキフェルを助けなければなりません。あの方の目的があなたを救うことである以上、わたしも力を惜しみませんが、あなたにその気がないならば、あなた自身はこれから先も救われることはないでしょう」

 私、また試されてる? それとも騙されてるの?

 救うとか救われないとか、そんなのどうでもいい。
 そんな冷めた気持ちが先生への反抗心に変わろうとする。

「結菜さん」
「!」

 呼ばれてすぐに首筋に先生の唇が触れたのが分かった。
 胸の辺りが一瞬軋み、痛みが生じたところで何かがカチリと嵌まったような感覚が起きる。

「あなたの中にある、ルーキフェルの存在を思い出して下さい」

 私の中にある、といえば「楔」だろうか。

「一緒に来ていただけますね?」

 そう言って、差し出された手。

「…………はい」

 躊躇いながらも頷き、先生の手に自分のを重ねた時にはもう、反抗心なんて欠片もなくなっていた。
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