19 / 25
魔王さま降臨編
魔王さまの、本音? ①
しおりを挟む「……ただいま」
誰もいない家。玄関で呟いて、溜息。
溜まっている洗濯をして、ご飯炊いて……今日も目玉焼きだけでいいかな。野菜ジュースまだあったっけ?
諸々考えながら部屋着に着替えて洗濯機を回し、冷蔵庫の中を確認。野菜ジュースはあったけれど、玉子がない。
送金されるのは一週間後。お母さんも宮森さんも入れてくれるから、お陰でアルバイトをする必要もない。
友人みんなが部活で忙しいから、放課後や休みの日に遊びに行くことは滅多にないし、自分で家のことをやらなきゃいけないから、無駄遣いをしてしまうとすれば食べ物くらいだ。これもなかなか反省点が多いのだけど。
それでも何とか、生活費は毎月送金される半分で凌げている。学校で何か必要なことがあったり、友人への誕生日プレゼントなどの為に残しているのだ。
それに、もしかしたら送金が滞る日が来るかもしれないから。
やっぱりアルバイトをした方がいいのかな、と思う。親の許諾が必要なんだけど、その書類を提出しないで、無断でやってる人もいると聞いてるし、何より働くことを覚えた方がいいだろう。どうせ大学に通わせて貰うつもりはないし、専門学校にも行かないし、何が出来るか分からないしやりたいこともある訳じゃないから、学校側ですすめてくれる仕事に就くだけだし。就職出来なかったら結局アルバイトをすることになるのだから、受験勉強の必要がない私には、やりたいことを探せるいい機会なのかもしれない。
沙藤さんは、あれから憑物が落ちたみたいに、スッキリとした様子で、それでもこちらには申し訳なさそうにして二度とルーキフェルに関わらないと言ったのだけど、対してルーキフェルは。
「魔導書の束縛から放たれた貴様はつまらん人間になるつもりか? 魔力さえ浪費させられなければ、我は貴様の戯言に付き合ってやるのも構わんと思っておるというのに」
と残念そうだった。魔導書の力で接触する度にルーキフェルから魔力を吸い出し、体内に溜め込んだそれを魔導書が吸い込む、ということをしていたようなのだけど、魔導書がグザファン先生の手に渡ったことで少しずつその繋がりが消えていっていたらしい。
魔導書の力は他にも、ルーキフェルが私で魔力回復しないように避けさせたり、気持ちを擦れ違わせたりしていたんだとか。
ルーキフェルもその力に抵抗してみたり、沙藤さんと魔導書との繋がりがどの様なものか確めようとしたりしたみたいなんだけど、一時的に沙藤さんを冷静にさせるくらいで、結局倒れてしまう羽目になってしまったという。
炊飯器のスイッチを入れながら、私はルーキフェルの言葉を思い出していた。
「我は貴様を一生離さぬ。この先どの様な姿になろうともな」
――その言葉を、ルーキフェルはどんな思いで口にしたんだろう。言われた方がどう思うか、考えなかったのかな。
……考えなかったのかも。
ガチャリ、と当然のように玄関のドアが開いて、ぷにっ子ルーキフェルが何故かハイハイしながら廊下を進んで来るのが見えた。
ドアが開いた瞬間の、心臓が凍りつきそうな感覚を与えられた驚きの仕返しをしなくては。
パフン
「ぬわっ!?」
そのままキッチンに辿り着いたところを、ザルで捕獲する。反射的に後方に飛び退こうとして、ザルを頭に被りながらポテンと尻餅をついた状態になったルーキフェルは、ザルを手に持ち、くるくる回しながらザルと私とを交互に見た。
……やだ、可愛い。
思わず笑みをこぼすと、つられたようにルーキフェルも笑う。
「あのね、ルーキフェル。ここはルーキフェルのお家じゃないから、勝手に入って来たら不法侵入になるんだよ?」
「この姿になったら入ってもいいのではなかったか?」
「うっ……それは、あがってもいいですよって、私が招き入れたらの話です」
「いつからそのような決まりが?」
「ずーっと前からでしょ。ルーキフェルが住んでたところは違うの?」
と尋ねてから、この子は元々天使だったのだと思い出した。天界とやらはもしかすると自由だったのかもしれない。だって、犯罪とかなさそうだし。
「どうだったかのぅ……」
頭を抱え込まれてしまった。なんか、ごめんなさい。
「ところで、何でハイハイ?」
「はいはい?」
「這って来たでしょ。まさかドア開ける前からじゃないよね?」
「ああ、グザファンの目を盗んで来たからだ。このように低姿勢でいた方が見付からぬと思ってな」
「……」
私は嫌な予感がして再び玄関ドアに目を向ける。玄関からこのキッチンまでは一直線だから、ルーキフェルと話す為にしゃがんでいても視界には入る。
ピンポーン
チャイムが鳴った。
ルーキフェルが私の後ろに回って隠れようとした為、抱き上げて玄関へ向かう。
「そこにいらっしゃいますね? 失礼しますよ」
「!」
予感を裏切ることなく、グザファン先生の声がして、ドアが開く。こちらはぷにっ子ではない。
そして、その姿が目に映るか映らないかといったところで、ルーキフェルが猫の子のように私の頭をよじ登り、髪を握り締めてしがみついた。
頭が重くて首が痛いです。
「申し訳ありません。ルーキフェルが逃げ出してしまったものですから、引き取りに参りました」
「はあ……」
「我は戻らんぞ。誰かを取りに来させればよいだけではないか。でなければ貴様が行け!」
「重要事項なのですから、ご自分で確認すべきです。結菜さんのことはわたしにお任せ下さい。決して悪いようには致しませんから」
ん? 私?
「任せられる訳がないだろう。我がおらぬ間に貴様が結菜に手を出さずにいられるとは思えん!」
「おやおや、信用がありませんねえ」
「あ、う……」
「どうしました? ああ、ルーキフェル、退いてあげて下さい。あなたの大切な方の首がもげますよ」
「うぬ!?」
あの、何の話をしているんですか? と訊きたかったのだけど、頭が重すぎて顎が鎖骨にくっついてしまい、上手く話せない。
すると先生の言葉でルーキフェルが慌てて離れた反動で、歯がカチリと鳴った。
「すまぬ、結菜。首はもげておらぬな?」
「……何とか」
「許せ。全てはグザファンが悪いのだ」
「押し付けは宜しくありませんねえ」
「貴様が魔界に戻れなどと言い出すのが悪いのだろうが」
――え?
「おや、そちらのことでしたか。仕方のないことです。魔導書の持ち出し、或いは逃走の手助けをした者がいないか、調査しなければなりませんし、あなたでなければアガリアレプトは指先一つ動かさないでしょう。おまけに、今回のことが関わっているか定かではありませんが、あなたの名を騙って好き放題している者がいるようですから、尚更ルーキフェルご自身が向かわなければならないことかと」
「ルーキフェル、帰っちゃうの?」
振り返り、少し高い位置に浮かんでいるルーキフェルを見上げる。
気まずそうに目を逸らされ、胸の奥におかしな波紋が広がっていく。
……一生どころか、一日も経たずに離れてしまうんだ。
ルーキフェルにはルーキフェルの事情があるんだって、頭では分かっているのに、「ほら、やっぱり」という気持ちが上回って、小さく笑みを漏らす。
「大変なんだったら、帰った方がいいよ。ケンカするくらいなら、先生も一緒に行ってあげればいいんじゃないですか?」
寂しくない。寂しいなんて思わない。
自分に暗示を掛けるように心の中で繰り返しながら言うと。
「それは出来ません」
「貴様を一人にする訳がないだろう」
二人の真剣な表情に、私は何故か泣きそうになった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる