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魔王さま降臨編

可愛すぎます、魔王さま!

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 宮森おとうさんとお母さんは、私が高校を卒業するまで、結婚する前の自分たち・・・・・・・・・・に戻ってみることになった。
 ルーキフェルに付き添って貰う形で、二人を呼び出して謝った私に、二人はすぐにでも家に戻ってくれようとしたのだけど、それに対してルーキフェルは先の案を述べたのだ。

「してしまったことに関して白紙に戻すことは叶わない。それを気にして離れたのならば、いかに結菜の許しがあってもしこりは残るものだ。人間というのはその辺りが面倒であるからの」
「でも、結婚する前に戻るって? 時間を戻せるの?」
「否、そうではない。考え方、気の持ち方次第だというのだ。まだ正式に離婚はしておらぬらしいから、貴様らが夫婦であることをやめる訳ではない。ただ、一組の男女として向き直り、愛を育み直せばいい。やり直すと決めておるならば、出来ぬことでもあるまい?」

 私のことを念頭に置いたまま、二人に恋人としての時間を与えるのだとルーキフェルは言った。想いを重ねて再び夫婦となることを誓い合った上で、私が待つ家に戻ればいいと。
 仮に、その間にまた二人がすれ違い、別れることがあっても、その頃には私もきちんと受け入れる準備が整っている筈だから、と。

 そして、まだ暫く一人で暮らしていく予定だった我が家には。

「誰かなあ? お隣の猫ちゃんとケンカして、リビング散らかし放題にしたのは」
「……」
「カーテンにくるまってるのは誰かなあ? 膨らんじゃってるから、隠れても分かっちゃうんだよねー。どうしよっかなー。素直に出て来てくれないなら、夕飯は栄養ゼリーだけにしちゃおっかなー?」
「! 駄目だぞっ。だいたい、テーブルの上に足跡つけたのも、上にあった新聞を爪で裂いてボロボロにしたのも、結菜の飲みかけのコップ倒したのも、みんな『コハナ』なのだからな、我は何もしておらぬ!」

 大きめの独り言を口にしながら、盛大に破かれた新聞の切れ端を集めていた私に、ぷにっ子ルーキフェルがカーテンから飛び出して無罪を主張する。
 コハナというのはお隣さんで飼われている猫のことだ。普段は甘えん坊さんなのに、何故かルーキフェルとは相性が悪いようで、いつも追いかけ回している。
 ルーキフェルは魔王さまなのに、猫が苦手らしい。

「どうして魔法で窓を開けて、そのままにしちゃうの? すぐに閉めてくれたら、こんなことにはならなかったよ」
「慌てておったのだ。つい、自動で閉まるものと勘違いしてしまう」
「それで、私が見てたことに気付いて隠れたのはどうして?」
「うう……分からぬが、体が勝手に……」

 ズルズルと大きな翼の先を引摺りながら、俯き加減で近付くと、私のスカートの裾を引っ張りながら、躊躇いがちに見上げてくる。

「――ごめんなさい」
「っ」

 きっと、朱音ちゃん辺りに仕込まれたに違いない。
 いつもなら「すまん」とか「悪かった」なんて言い方をする癖に、こちらがちょっとでも怒っているのが分かると、こういった小業こわざを利かせてくるのだ。
 前は両手で私の手をギュッと握って、涙を堪えるように額に押し当てるといった感じだった。
 ぷにっ子じゃない時は――ちょっと恥ずかしいから思い出すのはやめよう。

「結菜……いっぱい怒ってる?」

 喋り方を、わざと幼くさせるだけでなく、表情や仕種までが完璧なまでに幼い。つまり、愛らしくて堪らない。
 猫とケンカして、慌て過ぎて魔法使うのを忘れちゃうところなんかもツボなのに、どうしてくれるの。
 窓の開け閉め以前に、猫の気を他に逸らすとか、近寄れないようにするとか、そういった魔法は使えないのかな。

「お片付けを手伝ってくれたら、怒るのやめようかな?」
「分かった!」

 ハイッ、と手を挙げて、ルーキフェルが私が拭いたばかりのテーブルを磨き始める。
 そういうところまで計算しているんだろうか。でもやっぱり可愛い。
 危うく抱き締めてしまいそうだったのを、未遂で済ませられたことにホッとする。
 このところ、ルーキフェルに対して話し方が小さい子向けになってしまったのは、家にいる間中、ぷにっ子の姿でいるからだ。
 少年の姿でいると、私の態度が素っ気ないものに感じるらしい。
 けれどそれは仕方ないことだと思う。ルーキフェルは遊びに来ているのじゃなくて、一緒に暮らしているのだから。
 私が寂しくないように。孤独を選ばないようにと気遣ってくれているのだろうけど、美少年と同居(同棲?)なんて、精神的にそっちの方が良くない気がする。
 だけど、近いうちにグザファン先生も一緒に暮らすことになっているのだから、参ってしまう。
 先生にもぷにっ子になって貰えたらいいんだけど、私への嫌がらせとして絶対なってくれなさそうだ。

「見るがよい! ピカピカだぞ!」

 随分時間がかかると思ったら、胸を張って言うだけあって、本当にテーブルがピカピカになっている。

「有難う、ルーキフェル」
「ふふん。造作もない」

 多分、自分がさっきまで、怒られまいと必死だったことは忘れているんだろう。
 本当、ズルいなあ。なんて思いながらも、そういう姿が見たくて、あれこれ言ってしまったりするのかもしれない。

「じゃあ、手を洗って来てね。夕飯のお買い物行って来るから、おやつ食べながら、お留守番してて貰ってもいいかな?」
「いいや。今日こそはついて行くぞ。荷物持ちとやらを任されてやる」

 言うなり、ルーキフェルの姿が少年のものに変わる。
 魔力回復の為にお昼寝(夕方でも一応)をしている隙に、私が買い出しに出掛けていることを知っているルーキフェルは、置いて行かれたと拗ねるばかりだったのだけど、猫と遊んでいたわりにはまだ元気そうだから、ついて来る気満々だ。

「おやつ食べないの?」
「そんなもの、後でいい。それより一緒に食うものなのだから、一緒に選んでも構わないだろう? 我を邪魔に思わないでくれ。結菜と過ごす時間は、どれだけあっても足らぬのだから」

 そう言って差し出された手を、私は躊躇いながら握る。
 さっきまで猫と遊んでいた癖に。なんていう憎まれ口を呑み込んで、引かれるままに歩き出した。

 私だって、望んでいるよ。
 少しでも長くルーキフェルと一緒にいられるように。
 誰よりも優しくて、美しくて可愛い魔王さまを、きっと私は、私自身が思うよりずっと大好きなのだと思うから。

(終わり)
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