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第9章 第4節 あおいの初キス~それぞれの選択
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あおいは、アナンからこの時代にいられるタイムリミットが明日の夜8時までと聞かされた。さすがにショックは隠せなかった。
アナンは、これからタイムポリスの総監に報告し、タイムポリスの隊員の説得に行くと話し、夕方6時には地下室を出ていった。ボルトン以外の隊員は説得できると言っていたが、ボルトン部隊長だけはわからないとも話していた。ボルトン部隊長は自分が正しいと思ったら、総監の指示でさえ、無視することがあり、説得できるかはわからないようだ。
あおいはアナンが地下室を出た後、机の上に座り、大声で泣き出した。
わーん
明日、元の世界に戻ると聞いたけど、心の準備ができていなかった。元の世界に戻っても奏太は亡くなったままだ。そして元の世界に戻ったら、二度と未来には行けない。つまり奏太とは二度と会えないのだ。今日はこの時代にいられる最後の夜になってしまった。あおいは、もう二度と奏太に会えなくなることを思うと、涙が止まらなくなった。
この時代の最後の夜、あおいはずっと泣いていて、眠れなかった。
* * *
そして次の日の朝になった。
奏太は、深夜まである設計図をパソコンでつくっていた。途中、力尽きてしまい、図面が未完成のまま眠ってしまったが、朝、目が覚めて続きを再開した。図面はすでに8割できていたので、朝の9時前に図面は完成した。
「よし、できたぞ!」
完成した図面は、逆さ五芒星の形をしている。本を見ながら角度や長さなどを本の通り、寸分違わずに作成した。
ちょうどそのとき、栄一から電話が入った。
「よう、おはよう! 栄一君か」
「奏太君、実験計画の作成は順調か?」
「ああ、栄一か。実はさあ、大変興味深い本を見つけてさ」
「なんだい、それって」
奏太はあの地下室の棚で見つけたセンサーと本のことを詳しく話そうとした。
そのとき、栄一の電話の向こうから声がした。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
若い女子の声がして、栄一が返事をした。
「なんだよあおい、今、電話中だぜ」
「9時になったら宿題、教えてくれるって約束してたじゃない!」
「あおい、ごめん。今、電話中だから。終わったらあとでいくから」
奏太(この声、あおい、ま、まさか……)
「栄一、もしかして妹の名前、あおいっていうのか?」
「ああ、あおいだよ。お転婆でいつも騒がしくて大変だよ。今、中二だよ。俺たちより3歳下でな」
カタッ
奏太は携帯を落としてしまった。
「実はさあ、9月下旬の連休に、九十九里浜の旅館で宿泊すると話したら、『私も連れてって』とうるさくてな。連れてってもいいか、奏太? 打ち合わせの邪魔はさせないからさ」
奏太は沈黙したまま、固まってしまった。
「ん、どうした、奏太?」
「いや、手を滑らせて携帯を落としてしまってな」
「ごめん、栄一。ちょっと急に確かめたいことができたんだ。またあとで電話する」
ガチャ
以前、中央実験室で見つけた生徒手帳には、岬葵、高校2年、港区の学校に通っていることが記載されてあった。
そして今の電話では、妹の名前はあおい、そして中学2年。
「いったいどういうことなんだ...」
その時ちょうど、あおいからメッセージが届いた。
「奏太、今日の11時11分、九十九里の岩場で待ってるね。急ぎの用事があるの」
それは、いつもの元気なあおいと雰囲気が違う感じのメールだった。
あおいは今、地下室にいる。
あおいは、今日を最後に未来に帰る予定だ。今日が最後と思うとさすがに辛かった。
(もう奏太に会えなくなるなんて……。
いっそのこと、この時代に残っていたい)
昨日まではこの時代で、ずっと奏太と一緒に生きていけるような錯覚さえしていた。
それが急に別れることになって、心の整理ができなかったのだ。
10時になると、アナンが地下室にやってきた。
「おはようございます。あおいさん」
「おはよう」
アナンはあおいの表情をみるなり、あおいの目が腫れていることに気づいた。アナンもあおいの事情は知っている。しかしこればかりは、アナンもどうすることができなかった。
アナン「これからタイムマシンの最終点検を行います。予定通り、今日の夜8時には出発準備はできますから」
あおい「うん、本当にいろいろありがとね」
アナン「あ、それとですね。あおいさんの事情、タイムポリスの総監と隊員たちにはお話ししておきましたから。当たり前のことですが、あおいさんは、スパイともテロともまったく関係ないことがはっきりしましたので。今頃、審議中と思いますよ。
タイムマシンの法律が施行されたのは24世紀で、21世紀にはそんな法律はありません。過去に遡って法律で人を裁くことはできず、それができるのは独裁国家だけですから。さすがにそれだけはできません。
タイムマシン法も、21世紀に未完成のタイムマシンを使ってタイムワープすることを想定していないので。これで隊員たちもあおいさんを捕まえることはできなくなりましたから、今日は安心して外出してもよいですよ。
ただボルトン部隊長だけは気をつけてください。捕まえる根拠はなくなったので大丈夫かとは思いますが、かなり不満そうな表情をしていましたの……念のため注意は必要です」
あおい「アナン、本当にありがとね。なにからなにまで……」
アナン「いえいえ、ここだけの話ですけど。実は私が小さい頃、引き取って育ててくれたおじいちゃんを通して、連邦防衛軍やタイムポリスに働きかけてくださったんです。
実は、私を引き取ってくれたおじいちゃんが、未来科学研究所の名誉会長で、タイムマシン第一号を開発した第一人者なんです。私の本当のおじいちゃんは、奏太さんのおじいちゃんでもあるんですが、君のおじいちゃんがいなかったらタイムマシンは完成できなかったと、名誉会長は説明くださいましてね。
『彼の功績も踏まえて、彼女が自分の世界に速やかに戻ることで、すべて終わりにできないか』と投げかけてくれたんです。だからあおいさんが、近日中に元の世界に戻れば、問題はこれですべて解決です」
アナンはあおいに説明を終えた後、点検作業を開始した。あおいは、アナンがタイムマシンをメンテする様子をしばらく眺めていた。
時は10時30分になった。
「じゃあ、あたし、最後の散歩に出かけてくるね」
「夕方までには戻ってきてくださいね」
「はい、わかりました」
あおいは、バッグを持って、とことこ外に向かって歩き出した。
その瞬間、アナンの目に、あおいが一瞬、透明になったように見えた。
ん?
アナンは目をこすってもう一度、あおいを見てみると元通りだった。
アナン(一瞬、あおいさんが透けて見えたような……最近、忙しかったからかな)
アナンは再び、点検作業を続けた。
あおいは、九十九里の岩場の海岸で奏太を待っていた。時は11時11分になり、奏太は時間通りに現れた。
奏太は栄一との朝の電話を思い出している。今、目の前にいるあおいと栄一の妹の名前が同じだったことを気にかけている。
「あおいちゃんは、未来からやってきた栄一の妹ではないか」と、奏太は思い始めていた。
しかし、今、目の前にいるあおいは、いつになく辛く悲しい顔をしている。こんな表情は今までにみたことがない。奏太はあおいの悲しい顔を見て、あおいの正体のことなど、どこかに吹き込んでしまった。
「どうしたんだい、あおいちゃん。俺、あおいちゃんのことなら何でも相談にのるよ」
「優しくしないで!」
「え、どうしたの、あおいちゃん……」
「優しくしないでって言ってるじゃないの!」
あおいの眼には涙がたくさん溢れていた。あおいは、奏太に涙が見られないように、後ろを向いた。
「あおいちゃん、なんで泣いてるの?」
「ごめん、奏太。あたしってどうかしているよね」
「よかったら何でも話してよ」
あおいは急に振り返った。そして奏太にキスをした。
え?
奏太は赤くなって金縛りにあったような状態になった。
数秒間、キスをしたあと、あおいは一言だけ語った。
「奏太、今までほんとうにありがとう……」
あおいは、そのまま走り去ってしまった。
「あおいちゃん……」
奏太はいきなり好きな女性からキスをされて、しばらくぼーっと立っていた。
あおいは、研究所にはまっすぐに戻らず、いろいろ寄り道していた。奏太と待ち合わせをしたスーパー、土手の河川敷、最初に出会った交差点など……。奏太との思い出の場所を、一つ一つ歩いて心に焼きつけていた。
(奏太、ほんとうにありがとう。この時代のあたしと幸せになってね)
一方、奏太はあおいと別れてから、ぽーっとしたまま研究所に向かった。研究所の中央実験室に入っても、あおいとキスしたことが浮かんでしまう。しかし奏太は今日中にどうしてもやりたいことがあった。ひょっとしたら霊界通信の実験が今日成功できるかもしれないからだ。これができれば世紀の大発明になる。
「今日だけは実験に集中しよう。今日中に実験を終えて、明日、あおいちゃんとゆっくりと話をしよう……」
奏太はポケットからメモリスティックと、何かの図形が書かれたA4サイズの紙を取り出した。奏太の自宅には特大サイズの紙を印刷できる印刷機がなく、中央実験室の印刷機を使って、印刷するようだ。古い印刷機のためか、印刷中に大きな音がしたが、無事印刷できた。
奏太は自宅から持ってきたA4サイズの見本図と比較して、印刷がきちんとできているかを確認した。
「よし、きちんときれいに印刷できているな」
奏太は、最後に印刷した大きな紙を丸めて、それを持って自宅に向かった。
しかしこのとき奏太は、A4サイズの見本図を机の上に置き忘れてしまった。
やがて夕方7時になる。あおいは、地下室に戻ってきた。すでにアナンはすべての点検を終えていた。
「遅かったですね。帰る決心はつきましたか?」
「うん」
あおいは小さくうなずいた。
アナン「出発準備はできております。少し早いですが、元の世界にもどりましょうか」
「はい」
「あと聞き忘れていましたが、タイムマシンのパスワードはもちろん覚えていますよね」
「え?」
「こちらの時代に来るときに、五文字のパスワードをキャップに念じたと思いますが……
パスワードはメンテの時に解除はできますが、パスワードそのものは私でも閲覧することはできません。過去や未来に行ったとき、他の人にタイムマシンを乗っ取られないように、安全対策としてパスワードを設定するルールになっています。パスワードを忘れてしまうと、出発することができませんよ」
「パスワード、大丈夫。覚えているよ。それに万が一のためにこの携帯日記にもパスワードをひかえておいたから」
「それを聞いて安心しましたよ。まあ、最悪は私のタイムマシンを使って帰れないことはないのですか。ただ時代の違う人をタイムマシンに乗せるには、連邦防衛軍の承認が必要だから、その分、時間がかかってしまいますからね」
あおい「さすがにタイムポリス隊のタイムマシンは乗りたくないね」
アナン「では、最後に心残りはないですか」
あおいは考えた。
(そうだ、あの中央実験室、まだ見に行っていない)
「……最後に中央実験室をもう一度だけ見にいきたいの」
中央実験室は、あおいと奏太が二人でよく実験していたところだった。
……あおいは地下室を出て、1階の中央実験室に入った。
時間は7時を過ぎていて、暗くなりかけていた。あおいは明かりをつけ、奏太が霊界通信機を使って実験していた机の前に立った。そしてあおいは、バッグに入れておいたおじいちゃんのノートを取り出して、ノートを眺めていた。
「すべてはこのノートからはじまったんだっけな」
あおいは霊界通信機のノートをパラパラと見ながら、奏太との実験の日々を思い出していた。
奏太が実験する姿を見ているだけで、とても幸せだったこと。
奏太のために、コーヒーをつくっていっしょに飲んだこと。
奏太と冗談を言い合ったこと。
これでもう会えないけど……。
二度と会えないと思っていた奏太に……この時代で再び会えて本当に嬉しかった。
高校二年という、あたしと同じ年齢の奏太に会えて本当によかった……
奏太、本当にありがとう……。
あおいは心の整理がついた。元の世界に戻ろうと踏ん切りがついて、3歩ほど歩いたとき、あおいの眼に一枚の紙が目に入った。その紙に書かれた図形は、まさに逆さ五芒星だった。
「ま、まさか……なんで奏太がこの図面をここに……」
あおいはとても嫌な予感が走った。
「確か奏太の家、今日はお母様がいないはず……実験機もここにない……」
そしてあおいは、紙の右下に書かれた文字を読んでみた。
【黒魔術の秘宝~死者を召喚する逆さ五芒星の作り方】
――この本は……いけない、絶対にいけない!その本だけは!
あおいはおじいちゃんのノートとバッグを机に置いて、あわてて研究所を出て、奏太の実家へ向かって走っていった。
「だめ、奏太! その実験だけは!」
このとき、あおいの右肩後ろの一部が一瞬、半透明になって、また元通りになった。その体の異常ともいえる変化に、あおい自身は、まだ気づいていない。
アナンは、これからタイムポリスの総監に報告し、タイムポリスの隊員の説得に行くと話し、夕方6時には地下室を出ていった。ボルトン以外の隊員は説得できると言っていたが、ボルトン部隊長だけはわからないとも話していた。ボルトン部隊長は自分が正しいと思ったら、総監の指示でさえ、無視することがあり、説得できるかはわからないようだ。
あおいはアナンが地下室を出た後、机の上に座り、大声で泣き出した。
わーん
明日、元の世界に戻ると聞いたけど、心の準備ができていなかった。元の世界に戻っても奏太は亡くなったままだ。そして元の世界に戻ったら、二度と未来には行けない。つまり奏太とは二度と会えないのだ。今日はこの時代にいられる最後の夜になってしまった。あおいは、もう二度と奏太に会えなくなることを思うと、涙が止まらなくなった。
この時代の最後の夜、あおいはずっと泣いていて、眠れなかった。
* * *
そして次の日の朝になった。
奏太は、深夜まである設計図をパソコンでつくっていた。途中、力尽きてしまい、図面が未完成のまま眠ってしまったが、朝、目が覚めて続きを再開した。図面はすでに8割できていたので、朝の9時前に図面は完成した。
「よし、できたぞ!」
完成した図面は、逆さ五芒星の形をしている。本を見ながら角度や長さなどを本の通り、寸分違わずに作成した。
ちょうどそのとき、栄一から電話が入った。
「よう、おはよう! 栄一君か」
「奏太君、実験計画の作成は順調か?」
「ああ、栄一か。実はさあ、大変興味深い本を見つけてさ」
「なんだい、それって」
奏太はあの地下室の棚で見つけたセンサーと本のことを詳しく話そうとした。
そのとき、栄一の電話の向こうから声がした。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
若い女子の声がして、栄一が返事をした。
「なんだよあおい、今、電話中だぜ」
「9時になったら宿題、教えてくれるって約束してたじゃない!」
「あおい、ごめん。今、電話中だから。終わったらあとでいくから」
奏太(この声、あおい、ま、まさか……)
「栄一、もしかして妹の名前、あおいっていうのか?」
「ああ、あおいだよ。お転婆でいつも騒がしくて大変だよ。今、中二だよ。俺たちより3歳下でな」
カタッ
奏太は携帯を落としてしまった。
「実はさあ、9月下旬の連休に、九十九里浜の旅館で宿泊すると話したら、『私も連れてって』とうるさくてな。連れてってもいいか、奏太? 打ち合わせの邪魔はさせないからさ」
奏太は沈黙したまま、固まってしまった。
「ん、どうした、奏太?」
「いや、手を滑らせて携帯を落としてしまってな」
「ごめん、栄一。ちょっと急に確かめたいことができたんだ。またあとで電話する」
ガチャ
以前、中央実験室で見つけた生徒手帳には、岬葵、高校2年、港区の学校に通っていることが記載されてあった。
そして今の電話では、妹の名前はあおい、そして中学2年。
「いったいどういうことなんだ...」
その時ちょうど、あおいからメッセージが届いた。
「奏太、今日の11時11分、九十九里の岩場で待ってるね。急ぎの用事があるの」
それは、いつもの元気なあおいと雰囲気が違う感じのメールだった。
あおいは今、地下室にいる。
あおいは、今日を最後に未来に帰る予定だ。今日が最後と思うとさすがに辛かった。
(もう奏太に会えなくなるなんて……。
いっそのこと、この時代に残っていたい)
昨日まではこの時代で、ずっと奏太と一緒に生きていけるような錯覚さえしていた。
それが急に別れることになって、心の整理ができなかったのだ。
10時になると、アナンが地下室にやってきた。
「おはようございます。あおいさん」
「おはよう」
アナンはあおいの表情をみるなり、あおいの目が腫れていることに気づいた。アナンもあおいの事情は知っている。しかしこればかりは、アナンもどうすることができなかった。
アナン「これからタイムマシンの最終点検を行います。予定通り、今日の夜8時には出発準備はできますから」
あおい「うん、本当にいろいろありがとね」
アナン「あ、それとですね。あおいさんの事情、タイムポリスの総監と隊員たちにはお話ししておきましたから。当たり前のことですが、あおいさんは、スパイともテロともまったく関係ないことがはっきりしましたので。今頃、審議中と思いますよ。
タイムマシンの法律が施行されたのは24世紀で、21世紀にはそんな法律はありません。過去に遡って法律で人を裁くことはできず、それができるのは独裁国家だけですから。さすがにそれだけはできません。
タイムマシン法も、21世紀に未完成のタイムマシンを使ってタイムワープすることを想定していないので。これで隊員たちもあおいさんを捕まえることはできなくなりましたから、今日は安心して外出してもよいですよ。
ただボルトン部隊長だけは気をつけてください。捕まえる根拠はなくなったので大丈夫かとは思いますが、かなり不満そうな表情をしていましたの……念のため注意は必要です」
あおい「アナン、本当にありがとね。なにからなにまで……」
アナン「いえいえ、ここだけの話ですけど。実は私が小さい頃、引き取って育ててくれたおじいちゃんを通して、連邦防衛軍やタイムポリスに働きかけてくださったんです。
実は、私を引き取ってくれたおじいちゃんが、未来科学研究所の名誉会長で、タイムマシン第一号を開発した第一人者なんです。私の本当のおじいちゃんは、奏太さんのおじいちゃんでもあるんですが、君のおじいちゃんがいなかったらタイムマシンは完成できなかったと、名誉会長は説明くださいましてね。
『彼の功績も踏まえて、彼女が自分の世界に速やかに戻ることで、すべて終わりにできないか』と投げかけてくれたんです。だからあおいさんが、近日中に元の世界に戻れば、問題はこれですべて解決です」
アナンはあおいに説明を終えた後、点検作業を開始した。あおいは、アナンがタイムマシンをメンテする様子をしばらく眺めていた。
時は10時30分になった。
「じゃあ、あたし、最後の散歩に出かけてくるね」
「夕方までには戻ってきてくださいね」
「はい、わかりました」
あおいは、バッグを持って、とことこ外に向かって歩き出した。
その瞬間、アナンの目に、あおいが一瞬、透明になったように見えた。
ん?
アナンは目をこすってもう一度、あおいを見てみると元通りだった。
アナン(一瞬、あおいさんが透けて見えたような……最近、忙しかったからかな)
アナンは再び、点検作業を続けた。
あおいは、九十九里の岩場の海岸で奏太を待っていた。時は11時11分になり、奏太は時間通りに現れた。
奏太は栄一との朝の電話を思い出している。今、目の前にいるあおいと栄一の妹の名前が同じだったことを気にかけている。
「あおいちゃんは、未来からやってきた栄一の妹ではないか」と、奏太は思い始めていた。
しかし、今、目の前にいるあおいは、いつになく辛く悲しい顔をしている。こんな表情は今までにみたことがない。奏太はあおいの悲しい顔を見て、あおいの正体のことなど、どこかに吹き込んでしまった。
「どうしたんだい、あおいちゃん。俺、あおいちゃんのことなら何でも相談にのるよ」
「優しくしないで!」
「え、どうしたの、あおいちゃん……」
「優しくしないでって言ってるじゃないの!」
あおいの眼には涙がたくさん溢れていた。あおいは、奏太に涙が見られないように、後ろを向いた。
「あおいちゃん、なんで泣いてるの?」
「ごめん、奏太。あたしってどうかしているよね」
「よかったら何でも話してよ」
あおいは急に振り返った。そして奏太にキスをした。
え?
奏太は赤くなって金縛りにあったような状態になった。
数秒間、キスをしたあと、あおいは一言だけ語った。
「奏太、今までほんとうにありがとう……」
あおいは、そのまま走り去ってしまった。
「あおいちゃん……」
奏太はいきなり好きな女性からキスをされて、しばらくぼーっと立っていた。
あおいは、研究所にはまっすぐに戻らず、いろいろ寄り道していた。奏太と待ち合わせをしたスーパー、土手の河川敷、最初に出会った交差点など……。奏太との思い出の場所を、一つ一つ歩いて心に焼きつけていた。
(奏太、ほんとうにありがとう。この時代のあたしと幸せになってね)
一方、奏太はあおいと別れてから、ぽーっとしたまま研究所に向かった。研究所の中央実験室に入っても、あおいとキスしたことが浮かんでしまう。しかし奏太は今日中にどうしてもやりたいことがあった。ひょっとしたら霊界通信の実験が今日成功できるかもしれないからだ。これができれば世紀の大発明になる。
「今日だけは実験に集中しよう。今日中に実験を終えて、明日、あおいちゃんとゆっくりと話をしよう……」
奏太はポケットからメモリスティックと、何かの図形が書かれたA4サイズの紙を取り出した。奏太の自宅には特大サイズの紙を印刷できる印刷機がなく、中央実験室の印刷機を使って、印刷するようだ。古い印刷機のためか、印刷中に大きな音がしたが、無事印刷できた。
奏太は自宅から持ってきたA4サイズの見本図と比較して、印刷がきちんとできているかを確認した。
「よし、きちんときれいに印刷できているな」
奏太は、最後に印刷した大きな紙を丸めて、それを持って自宅に向かった。
しかしこのとき奏太は、A4サイズの見本図を机の上に置き忘れてしまった。
やがて夕方7時になる。あおいは、地下室に戻ってきた。すでにアナンはすべての点検を終えていた。
「遅かったですね。帰る決心はつきましたか?」
「うん」
あおいは小さくうなずいた。
アナン「出発準備はできております。少し早いですが、元の世界にもどりましょうか」
「はい」
「あと聞き忘れていましたが、タイムマシンのパスワードはもちろん覚えていますよね」
「え?」
「こちらの時代に来るときに、五文字のパスワードをキャップに念じたと思いますが……
パスワードはメンテの時に解除はできますが、パスワードそのものは私でも閲覧することはできません。過去や未来に行ったとき、他の人にタイムマシンを乗っ取られないように、安全対策としてパスワードを設定するルールになっています。パスワードを忘れてしまうと、出発することができませんよ」
「パスワード、大丈夫。覚えているよ。それに万が一のためにこの携帯日記にもパスワードをひかえておいたから」
「それを聞いて安心しましたよ。まあ、最悪は私のタイムマシンを使って帰れないことはないのですか。ただ時代の違う人をタイムマシンに乗せるには、連邦防衛軍の承認が必要だから、その分、時間がかかってしまいますからね」
あおい「さすがにタイムポリス隊のタイムマシンは乗りたくないね」
アナン「では、最後に心残りはないですか」
あおいは考えた。
(そうだ、あの中央実験室、まだ見に行っていない)
「……最後に中央実験室をもう一度だけ見にいきたいの」
中央実験室は、あおいと奏太が二人でよく実験していたところだった。
……あおいは地下室を出て、1階の中央実験室に入った。
時間は7時を過ぎていて、暗くなりかけていた。あおいは明かりをつけ、奏太が霊界通信機を使って実験していた机の前に立った。そしてあおいは、バッグに入れておいたおじいちゃんのノートを取り出して、ノートを眺めていた。
「すべてはこのノートからはじまったんだっけな」
あおいは霊界通信機のノートをパラパラと見ながら、奏太との実験の日々を思い出していた。
奏太が実験する姿を見ているだけで、とても幸せだったこと。
奏太のために、コーヒーをつくっていっしょに飲んだこと。
奏太と冗談を言い合ったこと。
これでもう会えないけど……。
二度と会えないと思っていた奏太に……この時代で再び会えて本当に嬉しかった。
高校二年という、あたしと同じ年齢の奏太に会えて本当によかった……
奏太、本当にありがとう……。
あおいは心の整理がついた。元の世界に戻ろうと踏ん切りがついて、3歩ほど歩いたとき、あおいの眼に一枚の紙が目に入った。その紙に書かれた図形は、まさに逆さ五芒星だった。
「ま、まさか……なんで奏太がこの図面をここに……」
あおいはとても嫌な予感が走った。
「確か奏太の家、今日はお母様がいないはず……実験機もここにない……」
そしてあおいは、紙の右下に書かれた文字を読んでみた。
【黒魔術の秘宝~死者を召喚する逆さ五芒星の作り方】
――この本は……いけない、絶対にいけない!その本だけは!
あおいはおじいちゃんのノートとバッグを机に置いて、あわてて研究所を出て、奏太の実家へ向かって走っていった。
「だめ、奏太! その実験だけは!」
このとき、あおいの右肩後ろの一部が一瞬、半透明になって、また元通りになった。その体の異常ともいえる変化に、あおい自身は、まだ気づいていない。
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