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オニ
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(あの子を手に入れるんだ、、、自分だけのものにしてしまえ、、、)
オニはそんな衝動に駆られる時がありました。本当にそうしてしまおうかと思う時もありました。しかし、その度にモモが笑いかけてくれるのです。その笑顔を見ると、自分の中の邪な気持ちが祓われる気がしました。
「ねぇ、お昼ご飯なに?」
モモがニコニコと笑って聞いてきました。彼女なら調理台の上に並べられている食材から推測するのは簡単でしょう。聞かずとも分かるはずです。でもわざわざ聞いてくるというのは意味があるからです。きっと一人で食事の準備を進めるこちらを気遣ってくれているのでしょう。
一緒に居るうちにオニにも、そういう事が分かってきました。
「お昼は親子丼ですよ」
本人は隠しているようなので敢えて指摘したりしませんが、モモの行動はとても思慮深く、聡明だと感じます。
きじこがモモに抱きついて言いました。
「ソレ、すき」
ディがからかいます。
「おい、きじこ。お前それじゃあ、共食いだろ」
きじこは首を振りました。
「きじこはキジ。ニワトリじゃない」
ゆきぽがディをいさめます。
「やめなさい。小さい子をからかうのは」
ディが面白がって言い返します。
「きじこ、気を付けろ。イヌは元々、肉食なんだ。キジも襲って食べちまうぞ」
ゆきぽが唸り声をあげたので、モモが間に入りました。
「やめるし!」
皆、仲がいいなと、オニは羨ましく思いました。あの3匹はモモの仲間なのです。自分とはどこか違う気がしています。
(その輪の中に入りたいのではない、、、ただモモが欲しいのだ、、、)
また邪な感情が湧きました。
「ねぇ、シュタっち。いつもうちらに合わせてくれなくてもいいんだよ?自分が食べたいものとかない?」
「、、、もも」
無意識に言葉が漏れていました。すぐに気付いて誤魔化します。
「違うんです!その、今の時期に桃なんて実ってないですよね。スイマセン」
「まだ春じゃあ花が咲き始めたばかりだねー、でも缶詰でいいなら買ってくるよ?」
言うが早いか、モモが財布と買い物袋を手に取って玄関へ向かっていきます。
「ちょっと買ってくるねー」
「私も行きます!」
ゆきぽが後を追いました。
「散歩じゃないから、ゆきぽはお留守番」
シュンと垂れた耳を、ディときじこが笑っています。
「わざわざ買ってまで、、、」
モモは出ていってしまいました。仕方ないと、オニはお昼の準備に取り掛かりました。
まず、お米を5合炊きます。モモとお供の3匹、それにおばあさん2人と自分の分。最近ようやく、どれだけ炊けばいいのか分かってきました。おばあさん達ときじこはそれほど食べられません。逆にディとゆきぽはお腹がいっぱいになるまで食べないと気が済まないようです。モモにはもっと食べて欲しいのですが体重を気にしているようで、気持ち少なめです。今回はどんぶり物だからいつもより1合多く炊く事にしました。
ご飯が炊きあがるまでに7人分の親子丼を作ります。なかなかの量なので大きなフライパンを2つ使います。お吸い物と漬物も用意できた頃にはモモが帰ってきました。
「いたーぁだき、ますっ!」
7人揃って囲む食卓はとても賑やかでした。こんな事、鬼ヶ島にいた頃には考えられません、、、
オニはいつからその島にいたのか思い出せないくらい、長い時間一人で過ごしてきました。島には小さな集落がありました。ですが、誰もいません。恐らく昔は誰かいたのでしょう。人間か、獣人か、あるいは同族か。
そんな島でも時々、人間がやってきました。その者たちは島の奥の集落までは来ません。砂浜で船を降り、その場に何か置くと数回お辞儀をしてすぐに帰っていくのです。置かれている物を見ると、米・酒・魚・海藻・野菜・果物・塩・水がありました。時にはお金や生きたままの鶏も置かれることがありました。きっとこれはお供えです。どうやらこの島の神様か、それとも鬼を祀っているようでした。
お供えをそのままにしても腐らせるだけ。オニは集落へ持ち帰って食べました。ですが全てを食べません。米は籾殻が付いたままだったので蒔くと芽が出ました。野菜は収穫されたものでしたが、土に植えると根がまた出て育ちました。そこから種を得ることが出来ました。果物の種を蒔けばその樹が数年すると実を付けました。鶏は卵を産んでくれましたが、それよりもオニにとっては心を癒してくれる存在でした。ただ、お金は使い道などありません。それでも人間達が大切にし、時には奪い合う特別なモノという事は分かっていたので酒を飲むときに愉しむ肴として集めました。
オニはなぜか人間達の言葉や文字、文化もその頭の中には入っていました。
けれど、自分はなぜ生まれて、なぜここにいるのか?それはいくら考えても分かりません。長い時間を過ごすうち、考えるのはやめました。
オニは荒れ果てた集落を少しづつ修繕し、草が覆う地面を耕して畑や水田に戻し、日当たりのよい急な斜面を切り開いて果物を育てました。それは食料を得ることが目的と言うより、ただ時間を過ごすよりはと始めた慰めの様なものでした。
何年経ったか分からないくらい時間が過ぎると、人間は姿を見せなくなりました。人間に興味は無いと思っていたオニでしたが、来なくなった人間の事ばかり考える様になっていました。
そんなある日、待ちに待った船がやってきました。しかし、昔見た人間とはどこか違います。乗っていたのは立派な甲冑を付けたお侍たちでした。上陸したその者が大声で名乗りをあげました。
「やあやあ!我こそは、足柄に住む坂田なり!我が主、源公が命により、ここに巣くう鬼の首を上げに参った!鬼神に横道無しを心得るのなら、我と尋常に勝負せい!」
オニは隠れました。あれは自分が知っている人間ではない。そう直感しました。
お侍たちは集落まで入って行きます。
「なんと、面妖な、、、」
お侍たちが見たのは誰もいないのに綺麗に整った集落でした。春先だったので花々は咲き誇り、桃の花が満開を迎えていました。
「ここはもしや、桃源郷か⁉」
その地に足を踏み入れれば、もう二度と帰ってこれなくなると聞いていたお侍たちは怖くなりました。
「ここに鬼はいない。ここは天人様が住まう地じゃ」
お侍は花が咲いている桃の樹から1本枝を折るとそれを証として持ち帰りました。
それからまた長い間、人は来なくなりました。
オニは島を出ることも考えました。人に会いたくて、たまらなくなったのです。
(人が恋しい、、、)
例えお侍の様に鬼退治が目的であろうと構いません。集めていた財宝が欲しいのならくれてやっても構いません。どうせ使い道などないのです。
そんな時でした。モモがやってきたのは。彼女はオニである自分を怖がるどころか受け入れてくれたのです。
「あー、美味しかった。ごちそうさま」
親子丼を食べ終えたモモが満足そうに言いました。
「シュタっち、料理上手だね」
「ええ、長いこと自分で作っていたので」
「じゃあ今度はお返しに、あーしがこの桃缶でデザートを作ってあげるよ」
にっこり笑うモモの顔を見て、シュタっちは泣いてしまいそうになりました。
(この子を絶対に裏切ってはいけない。)
この生活を続ける為にも、、、
オニはそんな衝動に駆られる時がありました。本当にそうしてしまおうかと思う時もありました。しかし、その度にモモが笑いかけてくれるのです。その笑顔を見ると、自分の中の邪な気持ちが祓われる気がしました。
「ねぇ、お昼ご飯なに?」
モモがニコニコと笑って聞いてきました。彼女なら調理台の上に並べられている食材から推測するのは簡単でしょう。聞かずとも分かるはずです。でもわざわざ聞いてくるというのは意味があるからです。きっと一人で食事の準備を進めるこちらを気遣ってくれているのでしょう。
一緒に居るうちにオニにも、そういう事が分かってきました。
「お昼は親子丼ですよ」
本人は隠しているようなので敢えて指摘したりしませんが、モモの行動はとても思慮深く、聡明だと感じます。
きじこがモモに抱きついて言いました。
「ソレ、すき」
ディがからかいます。
「おい、きじこ。お前それじゃあ、共食いだろ」
きじこは首を振りました。
「きじこはキジ。ニワトリじゃない」
ゆきぽがディをいさめます。
「やめなさい。小さい子をからかうのは」
ディが面白がって言い返します。
「きじこ、気を付けろ。イヌは元々、肉食なんだ。キジも襲って食べちまうぞ」
ゆきぽが唸り声をあげたので、モモが間に入りました。
「やめるし!」
皆、仲がいいなと、オニは羨ましく思いました。あの3匹はモモの仲間なのです。自分とはどこか違う気がしています。
(その輪の中に入りたいのではない、、、ただモモが欲しいのだ、、、)
また邪な感情が湧きました。
「ねぇ、シュタっち。いつもうちらに合わせてくれなくてもいいんだよ?自分が食べたいものとかない?」
「、、、もも」
無意識に言葉が漏れていました。すぐに気付いて誤魔化します。
「違うんです!その、今の時期に桃なんて実ってないですよね。スイマセン」
「まだ春じゃあ花が咲き始めたばかりだねー、でも缶詰でいいなら買ってくるよ?」
言うが早いか、モモが財布と買い物袋を手に取って玄関へ向かっていきます。
「ちょっと買ってくるねー」
「私も行きます!」
ゆきぽが後を追いました。
「散歩じゃないから、ゆきぽはお留守番」
シュンと垂れた耳を、ディときじこが笑っています。
「わざわざ買ってまで、、、」
モモは出ていってしまいました。仕方ないと、オニはお昼の準備に取り掛かりました。
まず、お米を5合炊きます。モモとお供の3匹、それにおばあさん2人と自分の分。最近ようやく、どれだけ炊けばいいのか分かってきました。おばあさん達ときじこはそれほど食べられません。逆にディとゆきぽはお腹がいっぱいになるまで食べないと気が済まないようです。モモにはもっと食べて欲しいのですが体重を気にしているようで、気持ち少なめです。今回はどんぶり物だからいつもより1合多く炊く事にしました。
ご飯が炊きあがるまでに7人分の親子丼を作ります。なかなかの量なので大きなフライパンを2つ使います。お吸い物と漬物も用意できた頃にはモモが帰ってきました。
「いたーぁだき、ますっ!」
7人揃って囲む食卓はとても賑やかでした。こんな事、鬼ヶ島にいた頃には考えられません、、、
オニはいつからその島にいたのか思い出せないくらい、長い時間一人で過ごしてきました。島には小さな集落がありました。ですが、誰もいません。恐らく昔は誰かいたのでしょう。人間か、獣人か、あるいは同族か。
そんな島でも時々、人間がやってきました。その者たちは島の奥の集落までは来ません。砂浜で船を降り、その場に何か置くと数回お辞儀をしてすぐに帰っていくのです。置かれている物を見ると、米・酒・魚・海藻・野菜・果物・塩・水がありました。時にはお金や生きたままの鶏も置かれることがありました。きっとこれはお供えです。どうやらこの島の神様か、それとも鬼を祀っているようでした。
お供えをそのままにしても腐らせるだけ。オニは集落へ持ち帰って食べました。ですが全てを食べません。米は籾殻が付いたままだったので蒔くと芽が出ました。野菜は収穫されたものでしたが、土に植えると根がまた出て育ちました。そこから種を得ることが出来ました。果物の種を蒔けばその樹が数年すると実を付けました。鶏は卵を産んでくれましたが、それよりもオニにとっては心を癒してくれる存在でした。ただ、お金は使い道などありません。それでも人間達が大切にし、時には奪い合う特別なモノという事は分かっていたので酒を飲むときに愉しむ肴として集めました。
オニはなぜか人間達の言葉や文字、文化もその頭の中には入っていました。
けれど、自分はなぜ生まれて、なぜここにいるのか?それはいくら考えても分かりません。長い時間を過ごすうち、考えるのはやめました。
オニは荒れ果てた集落を少しづつ修繕し、草が覆う地面を耕して畑や水田に戻し、日当たりのよい急な斜面を切り開いて果物を育てました。それは食料を得ることが目的と言うより、ただ時間を過ごすよりはと始めた慰めの様なものでした。
何年経ったか分からないくらい時間が過ぎると、人間は姿を見せなくなりました。人間に興味は無いと思っていたオニでしたが、来なくなった人間の事ばかり考える様になっていました。
そんなある日、待ちに待った船がやってきました。しかし、昔見た人間とはどこか違います。乗っていたのは立派な甲冑を付けたお侍たちでした。上陸したその者が大声で名乗りをあげました。
「やあやあ!我こそは、足柄に住む坂田なり!我が主、源公が命により、ここに巣くう鬼の首を上げに参った!鬼神に横道無しを心得るのなら、我と尋常に勝負せい!」
オニは隠れました。あれは自分が知っている人間ではない。そう直感しました。
お侍たちは集落まで入って行きます。
「なんと、面妖な、、、」
お侍たちが見たのは誰もいないのに綺麗に整った集落でした。春先だったので花々は咲き誇り、桃の花が満開を迎えていました。
「ここはもしや、桃源郷か⁉」
その地に足を踏み入れれば、もう二度と帰ってこれなくなると聞いていたお侍たちは怖くなりました。
「ここに鬼はいない。ここは天人様が住まう地じゃ」
お侍は花が咲いている桃の樹から1本枝を折るとそれを証として持ち帰りました。
それからまた長い間、人は来なくなりました。
オニは島を出ることも考えました。人に会いたくて、たまらなくなったのです。
(人が恋しい、、、)
例えお侍の様に鬼退治が目的であろうと構いません。集めていた財宝が欲しいのならくれてやっても構いません。どうせ使い道などないのです。
そんな時でした。モモがやってきたのは。彼女はオニである自分を怖がるどころか受け入れてくれたのです。
「あー、美味しかった。ごちそうさま」
親子丼を食べ終えたモモが満足そうに言いました。
「シュタっち、料理上手だね」
「ええ、長いこと自分で作っていたので」
「じゃあ今度はお返しに、あーしがこの桃缶でデザートを作ってあげるよ」
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この生活を続ける為にも、、、
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