ゆるゾン

二コ・タケナカ

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ファイル11「休息」

5月11日
「薄い、」羽島と名乗った女性はポツリそう言った。
彼女が手にしているアルミのカップに注がれていたのは、水と変わらないほど色の薄いお茶だ。物資がもう底を尽きかけているこんな状況だから仕方がない。
これだって贅沢なのだ。もし、つかの間の休息に隠れて嗜好品をたしなんでいると知れたら隊員達はなんと言うだろう?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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今日もふーみんが遅れてやって来た。手に袋を下げているから、どうやらまたお菓子を買ってきてくれたらしい。
「おつかれー。お菓子あるけど、食べる?」
「たべるーぅ!」
はなっちよ、少しは遠慮してあげなさい。まあ、ふーみんも嬉しそうにしてるからいいけど。それに今日は・・・・・・
「いいですね。私、紅茶を入れますね。風香さんもどうですか?」
かいちょが電気ポットに水を入れ始めた。その光景に驚くふーみん。
「え⁉部室に電気ポット持ち込んでるの?ちょっとー、先生に見つかったらさすがに怒られるよ」
なぜアタシの方へ真っ先に疑いの目を向ける?今回はアタシ、ノータッチだし。だからすまして答えた。
「持ってきたのアタシじゃないよ」
「そ、そう。ゴメン。じゃあ、花?」
「ううん。私でもないよ。部室でカップラーメン食べられたらいいなぁ、とは言ったけど。えへへ」
「え?二人じゃないって事は、もしかして・・・・・・会長?」
「はい。勉強の合間にお茶が飲めたらいいなと、前々から思っていたんです」
「いいの⁉生徒会長がそんな事して」
「フフッ、特別ですよ?会長権限です♪」
ふーみんばかりに負担かけるのを気にしてたんだろうね、かいちょは。そもそも自分がお菓子を持ち寄ろうと言い出したんだし。

ポコポコとお湯が沸く間に、かいちょがティーセットを用意していく。これも彼女の持参だ。
ピクニックバスケットと言うのかな?取っ手の付いた藤のカゴに洒落たティーセットが収められていた。カゴの内側には赤いチェック柄の布まで張られていて可愛い。かわいいけど、アタシはたぶん買わないだろうなぁ。似合わないもん。女の子らしくて優しいイメージのかいちょにはピッタリだけど。
丁寧にカップを扱いながら、かいちょが言う。
「祖母が昔、買ったモノなんだそうです。ずっと使わないまま仕舞われていたので丁度いいと思いまして。これも部室に置いておくのでこれからはいつでもお茶が楽しめますよ」
祖母ときたか。アンタは育ちのいい令嬢かい?実際そんなイメージを醸し出してるけど。

グラグラとお湯が湧きはじめた。でもそのお湯がなぜかティーカップとポットにそのまま注がれる。
(白湯?紅茶って言ったのに、)
不思議そうにしているアタシに説明してくれた。
「こうしてカップとポットをまず温めるんですよ。紅茶の温度がカップによって下がってしまうと香りや風味が損なわれてしまうんです」なるほど。
家ではペットボトルのミルクティーをゲームしながらがぶ飲みしているアタシには無縁の作法だった。ちょっと恥ずかしい。
ポットを温めているうちに、今度はガラス製の別のポットを取り出し茶葉が入れられた。
「今日はアールグレイです。」
熱々のお湯がガラスポットに注がれ、茶葉がクルクル回る。間を置いて爽やかな香りが漂ってきた。
「アールグレイはベルガモットの香りを茶葉にまとわせたフレーバーティーです。爽やかな柑橘系の香りが好まれ、紅茶の中では最もポピュラーなものですよ。味は癖無く飲みやすいので丁度いいかと思い選びました」
落ち着いた口調で説明を受けていると、どこかのお屋敷のティーパーティに招かれた気分にさせられる。けど、ここが高級感とは無縁な理科室なのが残念!せめて音楽準備室だったのならアニメけい○んさながらにリアル放○後ティー○イムだったのに。まぁ、ギターなんて弾けないから軽音部なんて無理だけどね。残念っ!

「暫く待ってくださいね。今、蒸らしていますから」
ふーみんもはなっちも静かだった。返事もせず頷いただけで、かいちょが丁寧に淹れてくれる紅茶に見とれている。アタシも静かにしていた。本当はこういう沈黙は苦手なんだけど・・・・・・ちょっとおしりがムズムズするぞ。
「そろそろですね」
温める目的だったお湯は捨てられ、ガラスのポットから陶器のポットへ茶こしを通して紅茶が移し替えられる。ポタン、ポタンと最後の一滴が、落ちきるまで皆でその様子を眺めた。ゆっくりとした時間が流れている。
今度はポットからカップへと紅茶が注がれていく。それにしても手間が掛かっているなぁ。お店で出せる程の丁寧さじゃないか。アタシお金持ってませんけど?

「さあ、どうぞ。」
紅茶が運ばれてきた。カップがわずかにカチャリと響く。それ以外物音はしない。まるで静寂を破るのを許さないかのようだ。
(どうしよう)
ちゃんとし過ぎてて部室だというのに緊張する。何か作法とかあるのかな?
はなっちの方を見ると彼女は目を閉じていた。鼻に近づけたカップから静かに匂いを嗅いでいるようだ。完全に自分の世界へ入っているな?
ふーみんの方はというと、静かに紅茶をすすって悦に入っている。お嬢様キャラだからサマになってるじゃないか。
(ダメだぁ!)
二人とも自分の世界に入って楽しんでいるみたいだし、変に茶化すことも出来ない!誰か喋ってよ!これがお茶会マジック⁉アニメに見た「ごきげんよう」の世界?アタシがもし転生しても令嬢シリーズだけはお断りだよ!オタクのアタシにはハイソな世界なんてムリ!

耐えられず妄想の世界へと逃げ込んだ。
「あら、今日のお茶は何ですの?・・・・・・アールグレイ?それにしては随分と貧相な香りじゃありませんこと?」
遅れて堂々とやって来たのはこのティーパーティの主催者である公爵令嬢。わたくしとは1つも2つも身分が違う。招待された方々も急に静かになり、場の空気が変わったのを肌でひしひし感じる。

取り巻きが言った。
「お姉さま、今日はムーンライト伯のご令嬢がいらしているのよ」
フンと鼻で笑うのがこちらまで聞こえる。
「ああ、あの貧乏貴族の。確か下賤の者に子を産ませ、引き取ったとかもっぱらの噂でしょう?」
ツカ、ツカ、ツカと歩き、わたくしの前へ立った彼女。
「どうりで紅茶の香りではなく、貧乏臭さが漂っていると思いましたわ」
彼女の言う通り貴族とは名ばかりで田舎育ちのわたくしには、お茶会なんて似合わない。なんの間違いかパーティーに招かれ、初めての事でカップに手を付ける事もためらう内に、せっかくの紅茶は冷めてしまっている。

彼女がわたくしのティーカップを手に取った。
「あなたの様な田舎者が来る場所じゃなくてよ」
ジャー、
頭から浴びせられた紅茶が髪を伝い、衣装に染みを広げていく。今日の為にとお父様が用意してくれたドレスが・・・・・・
「クス、クス、クス」
陰湿な笑いが部屋を満たす。

「ティータイムですか?」

ハッ‼ アブナイ、アブナイ。ラノベの世界へ引き込まれるところだった!妄想から引き戻してくれたのは八百津先生だ。
「わっ⁉せんせっ!これはそのっ」こちらも妄想に浸っていたのか、ふーみんが急に慌てだした。
先生がカツ、カツ、カツとパンプスの音を響かせ近づいて来る。
(え?頭から紅茶かけたりしないよね?)さすがに何か言われるかと思ったけど、
「いいですねぇ。先生にも一杯もらえます?」いつも通りの優しい声だった。
「はい。今、淹れますね」かいちょは怒られるなんて思っていなかったらしく、慌てた様子はない。
拍子抜けしたふーみんがツッコむ。
「おい、教育者!」
「フフ、あまりおおっぴらにしてはダメですよ」
「いいのかそれで!」
「教員権限です♪」
かいちょがフフフ、と笑っている。さてはもう話を通してあったんだな?根回しの良い事で。
「上に立つものが大らかだと平和だよねぇ」
やっとアタシも紅茶をすすった。おいしいな。コレ。
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