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第8章

8-36

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8-36「東悠人のターン」

入社3年目。
会社も人数が少ないままでは立ち行かなくなると考えたらしい。今年は新入社員を多く採用したと聞き、オレにも後輩が出来るのかと少し焦った。オレにとって一番の問題は話すことだ。
自分のトークスキルがポンコツなのは自覚している。話すのはダメだがせめて後輩が困ったときに、聞き役に回れるようにと考えた。
相談できる人が欲しい。オレが一番会社に求めていた事だ。

早速参考になる本を探したが、ビジネストーク術の本なら唸るほどある。けど、聞き役の参考になる本はビジネスではなく恋愛関係の本しかなかった。
仕方なく「これさえマスターすれば異性にモテモテ。聞き上手になれる100の方法」という怪しいタイトルの本を買った。それを隅々まで読み返し、いつ後輩に頼られてもいいように身構えた。

新人研修も終わって、オレのところにも後輩が配属された。
上司は会社から何か言われていたのかもしれない。オレの時とは違って、いきなり怒鳴るような事はしなかった。ここでまた新入社員が大量に辞めていったら自分の立場も無いのだろう。

怒鳴る上司はなりを潜め、静かな日々が始まった。
ここから再出発できれば、あの人が辞めていったことも無駄ではなかったかもしれない。
しかし、そんな思いは数日で消えた。まだ何も始まってもいないのに、後輩が辞めると言い出したのだ。オレはとにかく話を聞くことにした。なぜ辞めるのか理由を聞くと、電車が遅延してほんの少し会社に遅刻しただけなのに上司に怒られたからだという。「キサマはいつまで学生気分でいるんだ!」と。

オレは入社した頃、遅刻だけはしないように気を付けてきた。それは新人だから仕事ができずミスをするのはしょうがないとして、遅刻は自分が防げるミスだからだ。
先輩ぶってそんな事を言いかけたが、電車が遅延していたのなら後輩にだって言い分はある。聞き上手は相手を否定してはいけないと本には書いてあった事を思い出し、ぐっと飲み込んだ。
第一、遅刻は数分でもものすごく怒られるのに、会社は平気で何時間も残業させて社員の時間を奪っていく。そんなのはおかしい。

更に話を聞いていくと「一番ムカついたのはキサマと呼ばれた事です!」と話した。後輩は親にもそんな呼ばれ方されたことないとオレに怒りをぶちまけた。
何について怒るかは人それぞれだが、後輩にはここでやっていくのは無理だろう。オレは引き留めるのをやめた。
あの上司の性格だ。落ち度がなくたっていずれは怒鳴ってくるはずだ。後輩が辞めるのは、早いか遅いかの差しかない。

話を終えると後輩からは「今は少子化で就活は売り手市場ですから、先輩も若いうちに辞めた方がいいですよ、こんな会社」と、逆にさとされた。
オレはなぜ嫌な思いをしてまで仕事を続けているのだろう?
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