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第4話『ズレ祓い 通常営業中!』
しおりを挟むAパート:桝川、朝の毒舌会議
昼前の桝川は、香ばしい出汁の匂いが店の隅々まで充満している。
店主のたかしは、厨房で大きな鍋をかき混ぜながら、カウンターに突っ伏して眠る葛城モモカに、呆れたように声をかけた。
「おいモモカ、朝からゾンビみたいな顔しとるで。ここは人様の飯場やぞ」
モモカは顔を上げるどころか、呻き声にもならない低い音を出すだけだ。
「……寝起きなんや。文句あんならあんたが祓い行けや、クソ店主」
ダルそうな声色に、カウンターの端で雑誌をめくっていた鷹津麗が、ニヤリと笑った。
「てかさ、モモカ。最近マジで人間やめてない? その顔、動物園のナマケモノよりひどいんだけど」
モモカが、だるそうに顔だけ起こして鷹津を睨みつける。
その目には、微かにだが、本気の殺気が宿っている。
「喧嘩売ってんのか、テメェ?」
すると、店の隅でスマホをいじっていたツバサが顔を上げた。
画面の光が、彼女の顔を青白く照らす。
「ネットで見たっすよ。"野生のナマケモノ"って、こういう顔するらしいっすね~」
モモカはぐっとツバサに顔を近づけ、低い声で脅す。
「ツバサぁ……殺すぞ」
たかしは平然と鍋をかき混ぜながら、少し眉をひそめた。
「はいはい、全員ブス会議は終了や。けど、団地のズレ(第3話)に続き、商店街もおかしいな……誰かがズレ撒いてるで。これ」
モモカは舌打ちした。
「またカルト絡みかよ……マジで労働搾取やろ。ブラック企業やんけ、ここ」
ツバサがスマホの画面をタップしながら口を開く。
彼女の声には、いつもの軽さに不穏さが混じっていた。
「そういえば、たかしさん。#言埜のズレ、Xで10万再生超えてるっすよ。しかも裏垢で『ズレ請負いグループ』の噂が……コメント欄、『洗脳ガチ?』でざわついてます」
鷹津が腕を組み、真剣な表情で頷く。
「洗脳……またヤバいのが湧いたのね」
奥から静流がノートを開きながら、小さく呟いた。
「幻覚型ズレ、今日で6件目です。集団心理に働きかける手法……」
たかしはクールな表情で鍋をかき混ぜながら返す。
その眼差しは、どこか遠い場所を見据えているようだった。
「団地の水死体も、ここの看板も、誰かがズレ撒いてるな。裏稼業いうのはこういうもんや。文句あんなら、今すぐ辞めたらええがな?」
モモカは鼻で笑って、ようやくカウンターから体を起こした。
「はいはい、今日も祓って稼ぎましょか。どうせ碌でもないズレなんやろ」
どうやら、今日の仕事は一筋縄ではいかないらしい。
Bパート:バズるズレ投稿、疑惑の影
ツバサは自身のスマホをカウンターに置き、いくつかバズりまくっているズレ投稿をピックアップした。
画面が次々と切り替わる。
「まずこれっすね。言埜商店街の『福来軒』って中華料理屋の看板。夜中に勝手に動き出して、店名が**『地獄来軒』とか『豚足地獄』**とか、悪口に変化するらしいっすよ。朝になったら元通り。これ、動画も撮られてて、けっこう伸びてます」
画面には、薄気味悪く文字が歪む看板の映像が映し出されている。映像の端に、黒い瘴気がチラッと映り込んでいるのが見えた。
「次これ。『呪いの弁当屋』ってタグで話題になってるんですけど、注文すると必ず**"別れ話"を持ち出される呪い弁当**が届くらしいんすよ。付き合ってるカップルが頼むと秒で破局、とか。しかも弁当から水死体のような異臭が……ヤバくないっすか?」
弁当の画像には、明らかに不穏なオーラが漂っていた。鷹津が顔をしかめる。
「最後これ。言埜神社の近くにある『縁結びの社』。ここで願掛けすると、一時的に付き合えるけど、数日後には必ず破局するっていう。みんな『成就した!』って喜んで、数日後に『なんで別れたんだ!?』って嘆いてる。SNSで『#縁結びの社は地獄』とか『#短命恋愛製造所』とか言われまくってるっす」
画面には、普通の神社なのに、どこか不穏な空気の漂う鳥居の写真が映っていた。
静かに、チリンと祠の鈴音が聞こえるような気がした。
モモカは腕を組み、怪訝な表情で画面を覗き込んだ。
「これ……全部、同じアカウント系列から発信されてる。しかも裏垢の投稿、全部同じ暗号付き……」
ツバサが画面をズームすると、動画の隅に不可解な紋章のような暗号が小さく映り込んでいるのが見えた。
それは、どこかで見覚えのある形だった。
「#地獄来軒の動画、この暗号が怪しいっす……」
ツバサの言葉に、鷹津の顔から軽口が消えた。
たかしも静かに頷く。背後で何かが蠢いている。
それは、単なる自然発生のズレではない、確かな悪意の気配だった。
Cパート:ズレ祓い3連戦!
「はぁー……めんどくせぇ! まとめて潰したるわ!」
モモカは重い腰を上げると、軽トラックのキーを掴んだ。
助手席ではカラクサが、すでに戦闘態勢に入ったように、体をわずかに揺らしている。
第1戦:ズレた看板事件
言埜商店街の『福来軒』の前。
問題の看板は、昼間は「福来軒」と普通に表示されている。
しかし、モモカが近づくと、チリチリと空気が震え、看板の文字が瞬時に**『豚足地獄』**へと歪んだ。
看板の縁に、黒く腐った札が貼られているのが見える。その札には、見覚えのある紋章が刻まれていた。
「この紋章……団地(第3話)と同じや……」
モモカの表情が一瞬硬くなる。周囲の店のシャッターもガタガタと音を立て、通行人が怯えたように足を速める。
「おっしゃ、来たな! 今日のおかずは看板焼きやな!」
モモカは迷わず符札棍棒を構え、看板めがけて一閃した。
「看板ごとお陀仏や!」
札が燃えるような白い光を放ち、炎の竜巻となって看板全体を巻き込みながら、ズレを焼却する。
火花が散り、悪意に満ちた文字が燃え尽きる。その瞬間、立ち上る黒煙が一瞬だけ蛇竜の形にチラッと揺らいだ。
ズレは一瞬で収束し、焦げ跡だけを残して看板は沈黙した。
まるで店ごと一発ズレ祓いされたかのような潔さだ。
第2戦:呪いの弁当屋
次にモモカとカラクサが向かったのは、SNSで話題の『呪いの弁当屋』。
店先で、若いカップルが弁当を受け取った途端、男が突然女に「もう無理だ、別れよう」と言い放つ異様な光景を目撃する。
女は泣き崩れ、男は放心状態だ。
「うっわ、ほんまにズレとるやんけ。人の恋路を邪魔すんなよ、マジで」
モモカは顔をしかめる。カラクサが弁当の匂いを嗅ぎ、低い唸り声をあげた。
「この弁当、腐った縁の匂いがする……川の匂いもするな」
モモカは懐から小型の札を取り出すと、カラクサに手渡した。弁当から立ち上る瘴気が一瞬、水死体の顔のような形を映した。
「カラクサ、あんたの出番や。腐縁断ち、頼むで。手ぇ抜いたら、今日の晩飯はカラクサ鍋やぞ」
カラクサは札を咥えると、呪いの弁当に飛びかかった。
黒い煙を纏ったカラクサが、弁当の周りを舞うように動き回る。
弁当からどろりとした黒い瘴気が噴き出すが、カラクサの動きに合わせて、その瘴気がまるで引き裂かれるように四散していく。
「っち、店主、お前も被害者か!」
モモカは弁当屋の店主が放心状態になっているのを見て、急いで符札を数枚投げつけ、彼のズレを解除した。その時、禁忌術の気配を感じ取り、一瞬硬直する。
「このズレ……誰かが撒いてる……」
店主はハッと我に返り、何が起こったのか分からないといった顔をしている。
モモカは最後に、店全体を祓うように、符札棍棒を地面に叩きつけた。
「まるっと浄化、あとはお前らで仲直りしとけ! 二度とこんなもん売るなよ、ったく」
派手な光と共に、弁当屋を覆っていた不穏な空気が一掃された。
第3戦:恋愛成就ズレ神社
最後の現場は『縁結びの社』。ここでは、若い男女が神社の前で手を合わせている。
彼らの周りだけ、どこか空気が歪んでいるように見える。
祠からチリンと鈴音が響く。それは『川沿いの祠』で聞いた、あの不吉な音色だった。
「まさか、ここまでズレが及ぶとはねぇ。恋愛まで商売にするか、フツー」
モモカは冷めた目で呟いた。空間のズレが恋愛感情を操っているのだ。
「核はなさそうだな。これも撒きズレ案件か」
カラクサが言う。モモカは符札棍棒を構えると、社全体を覆うように空間を祓う術を発動した。
光が広がり、神社を包んでいた不自然な歪みが晴れていく。
その瞬間、ズレの怪異が一瞬だけ赤い目の蛇竜影を見せた。モモカの顔が青ざめる。
「またアイツの術か……?」
だが、祠の鈴がわずかにチリン、と鳴り、どこか不穏な余韻を残した。
モモカは舌打ちした。ズレは祓った。
だが、根本的な原因、つまり「誰かがズレを撒いている」という事実は変わらない。
Dパート:桝川・底知れん日常
桝川の暖簾をくぐったモモカは、カウンターに尻から沈み込み、どこか遠くを見る目で呻いた。
「……クソだるい……三連チャンやぞ……ズレ撒く連中、ぶっ潰すわ……」
たかしは鍋から定食をよそいながら、いつものように豪快に笑った。
「はいはい、しっかり稼いだらしっかり食え。冷めたら文句言うくせに。看板も弁当も、鰻タレでドカンやったらええねん!」
鷹津はスマホをいじりながら、片手でポテチをつまみつつ興味深そうに言った。
「でもさー今回のズレ、正直ヤバかったでしょ。組織の暗号とか、特ダネじゃん! SNSで恋愛自慢させて破局させるとか、カルトやん」
静流がスッとノートを開き、ペンを走らせる。
「幻覚型ズレ、組織的です。集団心理への働きかけが計画的すぎる……」
モモカはズルズル定食を胃に押し込みながら、顔だけ横に向けた。
「知らん。そもそも誰が撒こうが、祓ったら終わりやろ。知らん奴が吐き散らかしたゲロを掃除して金もらう。それがこの仕事や」
奥から、ツバサが人懐っこい笑みを浮かべつつヒョイと顔を出した。
「#ズレ定食で桝川バズらせたいっすよ~。でも、裏垢で『ズレ請負いグループの暗号動画』って出てて……マジでヤバそうっす」
「陰湿やな……」
鷹津がため息混じりに呟くと、たかしがニヤリと笑う。
「ま、ええがな。ズレが増えれば仕事も増える。景気ええわ、裏稼業は。ズレ撒く連中も、鰻で祓うか!」
チリン……と、どこからか祠の鈴音が微かに響いた。
モモカは箸を止めず、ツバサはスマホをスクロールし、静流は無言でペンを走らせる。
——祓い屋たちの午後は、いつも通り何食わぬ顔で流れていく。
けれど、どこかおかしい。空気が、流れが、少しずつズレ始めている。
言埜の街には、今日もまた"ズレ"が芽吹いているのだった。
---
**読者の皆さんへ**
モモカ「なぁ、三連続で祓ってんのに、次もズレ案件とか聞いてないからな?」
鷹津「まあまあ、景気いいってことでしょ?」
ツバサ「次のネタも拾ってきてるっすよ~。バズり案件っす」
たかし「ほら見てみ、働いた分だけ飯がうまい言うやろ。明日も稼ぎやで」
モモカの3連ズレ祓い、何点でした? そして、謎のズレ請負いグループの正体は一体……?
#言埜のズレ #幻覚型ズレ #謎の組織 #黒龍
次回もお楽しみに!
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