運命の番に為る

夢線香

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17. 運命の番に為る

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 ジェイの邸宅が近付いて来ると、凄く落ち着かなくなって来た。

 ソワソワが強くなって落ち着かない……早く、何かをしなければならないような、何処かに行かなければならないような気がして、気持ちが逸る。

 そんな俺の隣で神田先生は、フェロモン用の防護マスクを着けていた。プラスチックみたいな固い素材で出来たフェロモンの匂いを防ぐ白いマスクだ。

 辺りは相変わらず、静謐で厳かな聖域を思わせる雰囲気が立ち込めている。

 だけど……いつもはしなかった匂いが紛れ込んでいる。

 好きな匂いだ……いい匂い……

 でも、とても苛立っている……

 もしかして……これが……ジェイの匂い……?

 ジェイの邸宅が近付く程に、その匂いは濃くなって……とても……惹きつけられる……

 匂いから感じる苛立ちが、どんどん強くなっていく。その中に……胸が締め付けられるような、寂しさや喪失感が混ざる……

「雪乃……?」

 父さんに呼びかけられて、車窓から視線を外し、そちらを見た。

「何、父さん?」

 俺が答えると、父さんは眉を寄せて困った顔になった。

「どうして、泣いてるんだ……?」

 泣く……? 誰が……? 俺が……?

「泣いてないよ?」

 理由が分からなくて首を傾げた俺に、父さんはハンカチを取り出して俺の頬を拭った後、そのハンカチを俺の手に持たせる。

 渡されたハンカチが濡れていて、驚く。

 自分が泣いていたことに、全く気付いていなかった。

「……あれ……?……どうして……?」

 頬を伝って落ちる涙を慌ててハンカチで拭い取る。拭っても、拭っても、次々と流れて来てハンカチを濡らしていく。

 自分の涙腺が壊れたのかと思った。

「雪乃くん、何か感じるのかい……?」

 神田先生が静かに尋ねて来た。

「匂いが……とても、苛立っているけど、とても、寂しそうで……哀しそうで……何だか、俺まで苦しい……早く……傍に行ってあげたい……」

 この匂いの感情に、当てられている。

「そっか……雪乃くんには、そう感じられるんだね……」

 顔色の悪い神田先生が、一人で納得したように頷いた。

 外壁の門を潜り、ジェイの邸宅の敷地内に入った頃には、匂いは更に強くなり、伝わって来る感情は、悶えてしまいそうな程に強く胸を抉り、あまりの切なさに父さんの腕に縋り付いた。


「父さん……早く、傍に行ってあげなきゃ……」


 この匂いは……俺を探している……


 そう感じた。


 だって……この匂いは……


「あれ……? おかしいな……運命のはずがないのに……」


 頭が混乱した。ジェイは、俺の運命じゃないはずなのに、この匂いの持ち主は、俺の運命だと感じる。掛け替えのない、何よりも愛おしい存在だと感じる……


「父さん……俺の……アルファが居る……」


「雪乃……」


 父さんが、そっと頭を撫でてくれた。

「どうして……? 俺の身体がおかしいの……?」

 俺の運命の番は、いなくなったのに。なのに、どうして運命を感じるんだ……?

「雪乃くんは、この匂いに運命の番を感じるのかい?」

 神田先生に尋ねられて、困惑しながらも頷く。

「そっか。……やっぱり、雪乃くんの運命は変わっていたんだよ」

 俺の運命が変わった……?

「神田先生、どういう意味だ?」

 何も言えない俺の代わりに、父さんが問い質す。

「昂雅さん、さっきの論文の話ですよ。もし、最初に運命の番の彼と番っていたのなら、雪乃くんの身体は、ここまで大きく成長しなかったと思うんですよ」

 よく分からない俺とは違って、父さんは納得したように頷いた。

「え……どういうことですか……? 父さんは、分かったの?」

 父さんの腕にしがみ付きながら、二人を交互に見た。

 神田先生は、強力なペンタイプの発情抑制剤を自身の首に打ちながら、笑った。

「要するに、雪乃くんは次の『運命の番』の為に、ここまで大きく成長したってこと」

「…………」

 益々、意味が解らない。

 神田先生は苦笑して席を立ち、俺の耳元に顔を寄せて、内緒話のように低く囁いた。

「アースキングさんの巨根を受け容れられる身体になった、ってこと」

 それを聞いた瞬間に、顔が熱くなった。

 えっ……!? そういうことになるのっ……!?

 もしそれが本当なら、運命の番だった彼の陰茎は、ジェイよりも小さいってこと……!?

 え……!? でも、ジェイの陰茎は凄く大きいから……彼のが小さいって理由じゃないよね……?

 俺自身、よくあんな大きなものが俺の身体に入ったなって思うけど……

 っていうか、こんな理由で運命の番が変わったなんて思っていいの!? えっ!? 本当にっ……!?

 でも……今も感じているこの匂いは、間違いなく俺の運命の番のものだ……


 だって、凄く、愛おしい……


 本当に、ジェイが俺の運命の番になったのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

「雪乃くんは、多分、希少種オメガだよ。アルファ因子を取り入れる前から、アースキングさんの強過ぎる威圧を抑えることが出来たのが何よりの証拠だよ」

 俺が、希少種オメガ……?

「雪乃くんは、自分自身で運命の番を選び直したんだと思うよ」

「俺が……選び直した……」

 神田先生を呆然として見詰めながら、呟く。

「そう。雪乃くんが彼の番にると、雪乃くん自身が決めたんだよ」

 俺がジェイの番にると決めた……

 本当に良いのかな……俺が決めて良いの……?

 自分で勝手に、ジェイを運命の番にしても良いってこと?

「本当に、俺が決めて良いの……?」

 不安が拭えない俺を父さんと神田先生は、笑って見詰めて来る。

「雪乃。良いも悪いもない。もう、運命の番にってしまったんだ」

「そうだね。選んでしまった後だね」

 そっか……もう、俺の本能は運命の番と認識しているんだから、良いのか……

「……でも、ジェイは……? ジェイも、俺を運命だと認識してくれるのかな……?」

「はは、ジェイデンも雪乃を運命だと決めているよ。今のジェイデンは、運命を取り上げられたアルファそのものだ」

 父さんが苦笑して、肩を竦めた。

 どんどん濃さを増す匂いに、伝わってくる感情の強さも増していく。

 ジェイも、俺を運命だと思ってくれるのなら、何も迷う必要なんかない。

 邸宅の前に着いた時、俺は父さんにお願いした。

「父さん。――ネックガードを外して欲しい」

 首に嵌められたままのネックガードに触れる。

「――良いんだな?」

 真顔で念を押して来た父さんに、頷いた。


「俺、ジェイの、運命の番にる」


 父さんは頷くと、スマホを取り出して操作し始める。暫くして、操作を終えるとスマホを仕舞った。

 一分も経たない内に、カシャリ、と音を立てて俺の首からネックガードが外れ落ちる。

 遠隔操作によって解除された。

 俺は、手に落ちてきたネックガードを父さんに渡した。



 邸宅内に入った瞬間、それは、狂おしい程に強くなった。

 俺を求める強い苛立ち。

 傍に居ないことへの寂しさ……哀しみ……喪失感。

 胸が締め付けられる程に、切なくて苦しい想い……

 早く、傍に行ってあげないと。

 哭いてる……心が哭いてる……

 今度は、誰にも邪魔されない。

 俺だけのアルファが居る。

 誰も不幸にならずに、堂々と番えるアルファが居る。

 俺をこんなにも必要としてくれる、堪らなく愛おしい存在が俺を求めている……


 何処に居るかなんて、分かり切っていた。

 自然と俺の足は速くなり、ジェイを求める気持ちも強くなっていく。

 ヒートは起きないけれど、本能は悦び、歓喜していた。


 早く、傍に行って抱き締めてあげなくちゃ。


 ジェイの部屋に入ると、仁乃兄さんが疲れた顔でソファに座っていた。

 立ち上がった仁乃兄さんの懐かしい匂いに、つい、寄り道してしまう。

 仁乃兄さんに抱き着いて、懐かしい匂いを嗅ぐ。

「雪乃……?」

 仁乃兄さんは、俺を抱き締めながら困惑した声を出す。


「仁乃兄さんの匂い……懐かしい……」


 仁乃兄さんの肩辺りに、ぐりぐりと擦り寄って懐いていると、頭を撫でられた。

「雪乃……匂いが分かるようになったんだな。良かった……」

 仁乃兄さんは、柔らかい声で呟きながら俺をギュっと抱き締めてくれる。

 こんな寄り道が出来るのも、ヒートが来ていないからだ。

「仁乃兄さん。ジェイが……俺の運命の番にったんだ。俺、ジェイと番にるよ」

「そうか……! 良かったな、雪乃……」

 懐かしい匂いを堪能してから、身体を離した。

「うん……ジェイの所に行くね」

 笑みを浮かべる仁乃兄さんに微笑んでから、寝室に向かう。



 もう、自分の部屋のように感じる寝室のベッドには、毛布を掛けて眠るジェイが居た。

 そっとベッドに乗り上げて、毛布の中に潜り込もうと毛布をめくる。

 下着一枚だけで、手足を赤い紐でぐるぐると縛られたジェイに驚いて、後ろに付いて来ていた仁乃兄さんを振り返る。


「仁乃兄さん…………酷過ぎない…………?」


 仁乃兄さんをじとりと見やって、つい、咎める口調になってしまった。

「こうでもしなければ、抑えられなかったんだよ。隙あらば、外に行こうとするからな。服も取り上げている。――無理矢理外に出て、人殺しになるよりはマシだろ?」

「うぅ~~……」

 仁乃兄さんの言うことも、もっともなので返す言葉がない。でも、ジェイの扱いが酷過ぎて、もやっとしたものが残る……

 紐を解こうとしても、結び目が固くて解けない。

「雪乃くん、ハサミで切るから彼に触れていて」

 神田先生が持ち歩いている鞄から鋏を取り出して、俺に指示を出した。

 頷いてジェイの肩に手を置くと、彼の身体がピクリと反応したけれど、目覚める気配はなかった。

 ――だけど、渦巻いていた威圧が緩んだ。

 神田先生は、ほっとしたように息を吐き、紐を鋏で切り始めた。その間、俺はジェイの肩を撫でる。

 神田先生がなかなか切れない紐に苦戦していると、仁乃兄さんが交代してジェイの手足の紐を切り取ってくれた。


「雪乃くん。彼は、君の『運命の番』かい?」


 唐突に神田先生に尋ねられる。

 眠っているジェイに視線を落とす……


「――はい。間違いなく、俺の運命の番です」


 神田先生だけではなく、父さんも仁乃兄さんも満足そうに頷くと部屋を出て行く。

「雪乃。そいつは、あと五、六時間は起きないからな」

「え……」

 去り際に、仁乃兄さんがそんな言葉を置いて行った。


 またっ……麻酔銃で撃ったってことっ……!?


 仰向けで眠るジェイを見詰める。

 目の下の隈が凄いことになっている……

 ジェイの少しけた頬に手を添えて、目の下の隈をそっと撫でる。憔悴した顔が痛ましい……

 ジェイの首筋に顔を埋めると、堪らなくいい匂いがする。言葉で、この匂いを表現することは出来ない。

 でも、今なら分かる。

 ずっと感じていた静謐で厳かな聖域みたいな空気は、ジェイが纏う気配だった。威圧……でもあるのかな。

 俺が初めてここに来たときから、ジェイの気配をずっと感じていたってことだ。

 希少種の父さんのものですら分からなかったのに……

 そう考えると、ジェイは初めから特別な存在だったのだと分かる……

 フェロモンの匂いも分からなかったのに、惹かれていた……

 ジェイが希少種アルファで、とても魅力的なアルファだったからだと思っていた……でも、違うのかも……

 その聖域に、今は、堪らなくいい匂いが混ざっている。ほのかに甘いような、陽だまりみたいに暖かいような、優しいものが混じっている。もっとくっ付きたくて……ジェイに覆い被さるように抱き着く。


 凄く馴染む場所だ。俺の場所だ……俺だけの……


 湖に落ちた後、暖を取るために二人で抱き合った時も、凄く、しっくりときた。ジェイに抱き着いた時は、いつだって居心地が良かった。

 テーマパークの時だって、ジェイに触れているのが当たり前のように感じていた。

 早く、ジェイの綺麗なエメラルドが見たいな……

 結われていない、乱れたくるくるの金髪を弄びながら、髪に口付ける。

 胸の中に……次々と溢れてくる愛おしさに、堪らなくなって、ジェイの首筋にキスを落とす。

 何度も触れるだけのキスをして、だけど、それだけじゃ足りなくて、唇で喰む。それでも足りなくて、吸い付く。

 チュっ、チュっ、と、リップ音を鳴らしながら吸い付いて、それでもまだ足りなくて、キツく吸い付いた。ジェイの首筋に、紅いキスマークが残った。花びらみたいだ……

 別の場所を狙って、キスマークを付ける。

 色んな角度から、色んな場所にキスマークを付けていく。

 首に付けたキスマークに満足して、厚みのある胸に移動する。ジェイの白人特有の白い肌に紅いキスマークを散りばめていく。

 胸が完成したらお腹に、そこが完成したら別の場所へ。

 ジェイの黒いボクサーパンツをずらして、下生えのある少し上に、たくさん……キスマークを付けて行く。

 ジェイが起きないから、彼の体中に唇や舌の付け根が痛くなるほどキスマークを付けた。

 次々と増えて行く俺のキスマークに満足して、ジェイの横に寝転んだ。

 ジェイの腕を、腕枕するみたいに俺の肩に回して手を握る。何かを殴ったのか、手の甲を怪我していた。


 痛そう……


 その傷を舐めている内に、うとうとして来る。

 そうしている内に疲れてきて、ジェイの身体に横から抱き着いたまま、眠ってしまった。




 









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