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第371話
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「さぁ、次ね」
自身の敗北をその一言で断ち切るように、アンジュは軽く息を吐き、視線を前に向けた。
その視線の先には、フィーネ、レティオール、シャルルの三人が並んで立っている。
しかし――彼女たちと目が合った瞬間、アンジュは違和感を覚えた。
三人の表情が、あまりにも硬い。
肩に力が入り、背筋は不自然なほど伸び、指先は無意識に握り締められている。
緊張している――それも、ただの緊張ではない。
アンジュには、その張り詰めた空気が手に取るように分かった。
彼女たちが動揺している理由は、直前に行われていた戦いに心を奪われたからではなかった。
むしろ逆だ。
あれほどの戦いを、自分たちが同じようにこなせるとは思っていない。
その現実を突きつけられ、足がすくんでしまっているのだ。
(……しまったわね)
アンジュの胸を、わずかな後悔がよぎる。
本来の意図は明確だった。
実戦に出る以上、命を預け合える最低限の実力が必要だ。
同等のレベルにない者を前線に連れて行くわけにはいかない。
その覚悟を、あえて厳しい形で示したつもりだった。
だが、その思惑は三人にとって重すぎた……気持ちを奮い立たせるどころか、逆に萎縮させてしまっている。
それがアンジュの誤算だった。
「やる気がないんなら、俺たちが先に相手をしてもいいぞ」
場の空気を読む気配もなく、コウガが楽しそうに声を上げる。
冗談半分――いや、半分以上は本気だろう。
だがその言葉は、戦うことになる三人の耳に容赦なく突き刺さった。
フィーネの喉が小さく鳴り、レティオールは思わず盾に手を添える。
シャルルは視線を落とし、杖を必要以上の力で固く握った。
表情はさらに強張り、場の緊張は一段階深まる。
「お前たちも疲労困憊だろう。だから――」
「コウガ!」
言い切る前に、鋭い声が飛ぶ。
ナナオだった。
咎めるような視線を向けられるが、コウガは自分が悪いと思っていない。
その横でマリックもまた、ナナオの言おうとすることが分かるのか、無言のまま小さくうなずいた。
今の提案が場にそぐわないことは、誰の目にも明らかだった。
「案外、いいかもな」
沈黙を破ったのはオルビスだった。
予想外の同調に、ナナオが一瞬だけ眉をひそめる。
「実戦を考えるのであれば、アンジュとリゼが予定通り戦えばいい。だが、客観的に戦いを見たいのであれば、金狼に甘えるのも悪い選択じゃないだろう」
オルビスは冷静な口調で続ける。
「それに個人的な意見だが、休憩があるとはいえ、立て続けに三戦は厳しくないか?」
理屈としては正しい。
訓練とはいえ、連戦は集中力と体力を削る。
「いいえ」
だが、アンジュは一切の迷いなく言い切った。
「大事なメンバーを選ぶ試験ですので、自分たちでやります。それに、客観的な判断なら――戦わないジェイドが見てくれるはずです」
その声音は静かだが、揺るぎがなかった。
覚悟を決めた者の声だった。
「というわけよ」
ナナオはそう言うと、有無を言わせぬ調子でコウガの腕を掴む。
アンジュたちから距離を取るように、半ば引きずるように連れて行った。
オルビスはその様子を見て、わずかに苦笑する。
だが、コウガとオルビスの真意は別のところにあった。
クランを率いる者として、安易に他の冒険者へ頼らないかどうか。
それを試していたのだ。
事前に打ち合わせたわけではない。
だが、コウガの意図にオルビスが即座に気づいただけだった。
「さぁ、行きましょうか‼」
「うん」
アンジュの力強い掛け声に、リゼも短く応じる。
二人は自然と並び立ち、意識を戦いへと切り替えた。
その瞬間、訓練場の扉が、重い音を立てて開く。
視線が一斉にそちらへ向く。
姿を現したのは、インペリアルガードのエミリネットとユーリだった。
「ゴメンね。遅れたわ」
エミリネットはそう言いながら、素早く周囲を見渡す。
戦いの気配、配置、人の集まり方――状況を把握しようとしている。
「どういう状況?」
全体像が掴めないまま、目の合ったオルビスに問いかける。
「銀翼同士の模擬戦が終わったところだ。今から銀翼の入団試験が始まる」
「そう。それは残念だったわ」
エミリネットとユーリは顔を見合わせ、わずかに肩を落とす。
「ほら、こっちに座れ」
オルビスが自分の隣を示す。
「リアム王子は一緒じゃないのか?」
「王子承認の書類処理が終わらないから、クリスパーの監視付きで必死に頑張っているわ」
「本当に大変でしたよ」
二人は揃って苦笑した。
それ以上話を広げられないと察したのか、オルビスも追究しない。
本来であれば、一番楽しみにしていたのはリアムのはずだ。
それでも二人が足を運んだ理由は、リゼと直接話をしたいという強い意志にあった。
国家機密に近い、投獄中の人物の件。
相手がリゼであることもあり、リアムが詳細を語らずとも信頼に足る冒険者だと判断された。
国王とマルコムが面会を許可したのも、そのためだ。
ただし条件がある。
インペリアルガードのメンバー二人以上の同席――それが絶対条件だった。
「それより、受付で冒険者が騒いでいて大変みたいよ」
「そうなのか? まぁ、よくあることだ」
「……そう、なの」
冒険者社会に詳しくないエミリネットとユーリは、その言葉にひとまず納得する。
その会話の全てを聞き取れない位置にいるリゼは、わずかに気を取られながらも、意識を切り替えた。
今は余計なことを考えるべきではない。
(集中しないと)
これから始まる戦いに向けて、リゼは静かに呼吸を整えた。
――――――――――――――――――――
■リゼの能力値
『体力:四十八』
『魔力:三十三』
『力:三十三』
『防御:二十一』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百四十三』
『回避:五十六』
『魅力:四十八』
『運:六十一』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
■サブクエスト
・ミコトの捜索。期限:一年
・報酬:慧眼の強化
■シークレットクエスト
■罰則
・闇属性魔法”ドレイン”の消去
・身体的成長速度停止。期限:一生涯
・恋愛感情の欠落。期限:一生涯
自身の敗北をその一言で断ち切るように、アンジュは軽く息を吐き、視線を前に向けた。
その視線の先には、フィーネ、レティオール、シャルルの三人が並んで立っている。
しかし――彼女たちと目が合った瞬間、アンジュは違和感を覚えた。
三人の表情が、あまりにも硬い。
肩に力が入り、背筋は不自然なほど伸び、指先は無意識に握り締められている。
緊張している――それも、ただの緊張ではない。
アンジュには、その張り詰めた空気が手に取るように分かった。
彼女たちが動揺している理由は、直前に行われていた戦いに心を奪われたからではなかった。
むしろ逆だ。
あれほどの戦いを、自分たちが同じようにこなせるとは思っていない。
その現実を突きつけられ、足がすくんでしまっているのだ。
(……しまったわね)
アンジュの胸を、わずかな後悔がよぎる。
本来の意図は明確だった。
実戦に出る以上、命を預け合える最低限の実力が必要だ。
同等のレベルにない者を前線に連れて行くわけにはいかない。
その覚悟を、あえて厳しい形で示したつもりだった。
だが、その思惑は三人にとって重すぎた……気持ちを奮い立たせるどころか、逆に萎縮させてしまっている。
それがアンジュの誤算だった。
「やる気がないんなら、俺たちが先に相手をしてもいいぞ」
場の空気を読む気配もなく、コウガが楽しそうに声を上げる。
冗談半分――いや、半分以上は本気だろう。
だがその言葉は、戦うことになる三人の耳に容赦なく突き刺さった。
フィーネの喉が小さく鳴り、レティオールは思わず盾に手を添える。
シャルルは視線を落とし、杖を必要以上の力で固く握った。
表情はさらに強張り、場の緊張は一段階深まる。
「お前たちも疲労困憊だろう。だから――」
「コウガ!」
言い切る前に、鋭い声が飛ぶ。
ナナオだった。
咎めるような視線を向けられるが、コウガは自分が悪いと思っていない。
その横でマリックもまた、ナナオの言おうとすることが分かるのか、無言のまま小さくうなずいた。
今の提案が場にそぐわないことは、誰の目にも明らかだった。
「案外、いいかもな」
沈黙を破ったのはオルビスだった。
予想外の同調に、ナナオが一瞬だけ眉をひそめる。
「実戦を考えるのであれば、アンジュとリゼが予定通り戦えばいい。だが、客観的に戦いを見たいのであれば、金狼に甘えるのも悪い選択じゃないだろう」
オルビスは冷静な口調で続ける。
「それに個人的な意見だが、休憩があるとはいえ、立て続けに三戦は厳しくないか?」
理屈としては正しい。
訓練とはいえ、連戦は集中力と体力を削る。
「いいえ」
だが、アンジュは一切の迷いなく言い切った。
「大事なメンバーを選ぶ試験ですので、自分たちでやります。それに、客観的な判断なら――戦わないジェイドが見てくれるはずです」
その声音は静かだが、揺るぎがなかった。
覚悟を決めた者の声だった。
「というわけよ」
ナナオはそう言うと、有無を言わせぬ調子でコウガの腕を掴む。
アンジュたちから距離を取るように、半ば引きずるように連れて行った。
オルビスはその様子を見て、わずかに苦笑する。
だが、コウガとオルビスの真意は別のところにあった。
クランを率いる者として、安易に他の冒険者へ頼らないかどうか。
それを試していたのだ。
事前に打ち合わせたわけではない。
だが、コウガの意図にオルビスが即座に気づいただけだった。
「さぁ、行きましょうか‼」
「うん」
アンジュの力強い掛け声に、リゼも短く応じる。
二人は自然と並び立ち、意識を戦いへと切り替えた。
その瞬間、訓練場の扉が、重い音を立てて開く。
視線が一斉にそちらへ向く。
姿を現したのは、インペリアルガードのエミリネットとユーリだった。
「ゴメンね。遅れたわ」
エミリネットはそう言いながら、素早く周囲を見渡す。
戦いの気配、配置、人の集まり方――状況を把握しようとしている。
「どういう状況?」
全体像が掴めないまま、目の合ったオルビスに問いかける。
「銀翼同士の模擬戦が終わったところだ。今から銀翼の入団試験が始まる」
「そう。それは残念だったわ」
エミリネットとユーリは顔を見合わせ、わずかに肩を落とす。
「ほら、こっちに座れ」
オルビスが自分の隣を示す。
「リアム王子は一緒じゃないのか?」
「王子承認の書類処理が終わらないから、クリスパーの監視付きで必死に頑張っているわ」
「本当に大変でしたよ」
二人は揃って苦笑した。
それ以上話を広げられないと察したのか、オルビスも追究しない。
本来であれば、一番楽しみにしていたのはリアムのはずだ。
それでも二人が足を運んだ理由は、リゼと直接話をしたいという強い意志にあった。
国家機密に近い、投獄中の人物の件。
相手がリゼであることもあり、リアムが詳細を語らずとも信頼に足る冒険者だと判断された。
国王とマルコムが面会を許可したのも、そのためだ。
ただし条件がある。
インペリアルガードのメンバー二人以上の同席――それが絶対条件だった。
「それより、受付で冒険者が騒いでいて大変みたいよ」
「そうなのか? まぁ、よくあることだ」
「……そう、なの」
冒険者社会に詳しくないエミリネットとユーリは、その言葉にひとまず納得する。
その会話の全てを聞き取れない位置にいるリゼは、わずかに気を取られながらも、意識を切り替えた。
今は余計なことを考えるべきではない。
(集中しないと)
これから始まる戦いに向けて、リゼは静かに呼吸を整えた。
――――――――――――――――――――
■リゼの能力値
『体力:四十八』
『魔力:三十三』
『力:三十三』
『防御:二十一』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百四十三』
『回避:五十六』
『魅力:四十八』
『運:六十一』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
■サブクエスト
・ミコトの捜索。期限:一年
・報酬:慧眼の強化
■シークレットクエスト
■罰則
・闇属性魔法”ドレイン”の消去
・身体的成長速度停止。期限:一生涯
・恋愛感情の欠落。期限:一生涯
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