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第375話
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ジェイドとマリックは、互いに一歩分の距離を残して立っていた。
――まだ、開始の合図はない。
ジェイドは両足をやや開き、かかとを浮かせ、重心を下半身に持っていき、いつでも踏み込める姿勢を取っている。
筋肉は張り詰め、呼吸は深く安定している。
攻撃する準備は整っていた。
一方、マリックは自然体だった。
重心は低すぎず、高すぎず。
腕は垂れ、拳も強く握られていない。
それでも、その場の空気は彼を中心に歪んでいるように見えた。
「二人とも準備はいいみたいだな」
少し離れた場所で立っているオルビスが二人を見ると、ジェイドとマリックがうなずく。
「……はじめ!」
開始の合図。
ジェイドが先に動く。
右足で地面を蹴り、間合いを一気に詰める。
腰の回転と同時に放たれる、右の正拳突き。
狙いは胸骨。
――速い。
だが、マリックが半歩、左へ身体を流すと、放たれた拳は胸を捉えきれず、鎖骨の前を通過する。
拳がマリックに当たる前に、マリックの左手が伸びていた。
叩くのではない……そう軽く、本当に軽く、それは触れるだけ。
たったそれだけの動作で、ジェイドの拳の軌道がわずかに逸れた。
気にすることなくジェイドは続けて、踏み込んだまま、体重を乗せて左拳をマリックの死角から放つ。
それもマリックは右腕を立てて受ける。
前腕と前腕がぶつかる。鈍い衝撃音。
しかし、マリックの腕は弾かれない。
衝撃を肩から背中へ逃がし、体幹で受け止めている。
二人の距離ゼロ。
ジェイドが膝を突き上げる。
腹部を狙った、近距離の打撃。
マリックは腰を引き、同時にジェイドの太腿を軽く押す。
膝はわずかに角度を失い、腹を捉えきれない。
その隙に、マリックの右拳が動く。
短い。肘をほとんど伸ばさない。
右拳がジェイドの鳩尾に触れる。
衝撃は小さい。
だが、正確に急所に響く。
「くっ!」
苦悶のジェイドは一歩後退すると、ゼロ距離だった間合いが開く。
ジェイドは、すぐに踏み直して攻撃を再開する。
今度は連打。右、左、右。
速度を上げ、数で押す。
マリックは下がりながら、すべてをさばく。
かわすのではなく、角度を変え、受け、流し、軌道を殺す。
拳が当たる直前、必ず“何か”が入る。
肩、前腕、掌……と、そのすべてが必要最低限。
ジェイドの拳が、ついにマリックの頬を掠めた。
皮膚が裂け、血が飛ぶ。
だが、マリックの足は止まらない。
一歩下がり、呼吸を一つ置き、自分の胸元に手を当てると、体全体が淡い光に包まれた。
見たことのある光……ジェイドの思っていた通り、頬の傷が塞がる。
放っておいても問題のない頬の傷。
それをあえて治療したのは、マリックが余裕だということを証明していた。
実力差を見せつけられたジェイド。
今、マリックは完全に無防備だ。
それでも、ジェイドは踏み込めないでいる。
踏み込めば、何かが起こる。
そう直感させるなにかが、マリックにはあった。
視線を固定したまま、呼吸を整えるジェイドに笑顔で応えるマリック。
「いくっス」
「どうぞ」
短い言葉を交わすと同時に再び、ジェイドが攻める。
頭部を狙った上段回し蹴り。
続けて、軌道を変えた中段。
マリックは上段を前腕で受け、中段は身体を沈めてやりすごす。
蹴り足が着地する瞬間――マリックの肘がジェイドの肩口に入る。
深くない……が、骨に響く。
ジェイドの動きが、ほんの一瞬、鈍る。
追撃が来ると備えるジェイドだったが、マリックは踏み込まないでいた。
そう……追撃せずに、あえて距離を取った。
(……試している?)
観戦していたアンジュが心の中で呟く。
ここまで実力に差があるとは思っていなかった。
ジェイドとマリックは、肉弾戦を主軸とする職業同士……強くなったと驕るには早すぎると実感する。
ジェイドは歯を食いしばり、再び間合いに入る。
拳を振り、蹴りを出す。
だが、攻撃のたびに、身体のどこかを軽く叩かれる。
肋骨。
内腿。
脇腹。
どれも致命傷ではない。
しかし、確実に“動き”を削る場所だった。
やがて、ジェイドの踏み込みが半拍遅れる。
その瞬間――マリックの動きが、はっきりと変わった。
今までの抑えた速度ではない。
一歩で距離を詰め、腰を深く落とし、全身の連動を使った拳が放たれる。
鳩尾。
空気が抜ける音。
続く肘打ちが顎を跳ね上げ、
脚払いが足元を刈る。
すべてが、一連の動作……止まらない。
ジェイドは受け身を取れず倒れ込む。
「まだっス」
それでも立ち上がるジェイドだったが、マリックを視界に捉えていなかった。
マリックは、すでに次の位置にいた。
次の瞬間、腹部への追撃。
今度は、明確に“効かせる”一打。
ジェイドの身体が崩れ落ちた。
マリックは、すぐに距離を取る。
倒れた相手に近づきすぎない。
「……終わったね」
意識を失っているジェイド。
誰から見てもマリックの勝利は確実だった。
ジェイドに近寄り、手を翳すと淡い光がジェイドの身体を包む。
その表情に、疲労はほとんど見えない。
息も、乱れていない。
――本気で殴り合えば、もっと早く終わっていた。
――だが、そうはしなかった。
それが、超一流の冒険者の戦い方だった。
マリックは何事もなかったかのように、ジェイドを抱え上げて闘技場から降りる。
その背中は、最後まで“全力”を見せなかった者の余裕を、静かに物語っていた。
――――――――――――――――――――
■リゼの能力値
『体力:四十八』
『魔力:三十三』
『力:三十三』
『防御:二十一』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百四十三』
『回避:五十六』
『魅力:四十八』
『運:六十一』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
■サブクエスト
・ミコトの捜索。期限:一年
・報酬:慧眼の強化
■シークレットクエスト
■罰則
・闇属性魔法”ドレイン”の消去
・身体的成長速度停止。期限:一生涯
・恋愛感情の欠落。期限:一生涯
――まだ、開始の合図はない。
ジェイドは両足をやや開き、かかとを浮かせ、重心を下半身に持っていき、いつでも踏み込める姿勢を取っている。
筋肉は張り詰め、呼吸は深く安定している。
攻撃する準備は整っていた。
一方、マリックは自然体だった。
重心は低すぎず、高すぎず。
腕は垂れ、拳も強く握られていない。
それでも、その場の空気は彼を中心に歪んでいるように見えた。
「二人とも準備はいいみたいだな」
少し離れた場所で立っているオルビスが二人を見ると、ジェイドとマリックがうなずく。
「……はじめ!」
開始の合図。
ジェイドが先に動く。
右足で地面を蹴り、間合いを一気に詰める。
腰の回転と同時に放たれる、右の正拳突き。
狙いは胸骨。
――速い。
だが、マリックが半歩、左へ身体を流すと、放たれた拳は胸を捉えきれず、鎖骨の前を通過する。
拳がマリックに当たる前に、マリックの左手が伸びていた。
叩くのではない……そう軽く、本当に軽く、それは触れるだけ。
たったそれだけの動作で、ジェイドの拳の軌道がわずかに逸れた。
気にすることなくジェイドは続けて、踏み込んだまま、体重を乗せて左拳をマリックの死角から放つ。
それもマリックは右腕を立てて受ける。
前腕と前腕がぶつかる。鈍い衝撃音。
しかし、マリックの腕は弾かれない。
衝撃を肩から背中へ逃がし、体幹で受け止めている。
二人の距離ゼロ。
ジェイドが膝を突き上げる。
腹部を狙った、近距離の打撃。
マリックは腰を引き、同時にジェイドの太腿を軽く押す。
膝はわずかに角度を失い、腹を捉えきれない。
その隙に、マリックの右拳が動く。
短い。肘をほとんど伸ばさない。
右拳がジェイドの鳩尾に触れる。
衝撃は小さい。
だが、正確に急所に響く。
「くっ!」
苦悶のジェイドは一歩後退すると、ゼロ距離だった間合いが開く。
ジェイドは、すぐに踏み直して攻撃を再開する。
今度は連打。右、左、右。
速度を上げ、数で押す。
マリックは下がりながら、すべてをさばく。
かわすのではなく、角度を変え、受け、流し、軌道を殺す。
拳が当たる直前、必ず“何か”が入る。
肩、前腕、掌……と、そのすべてが必要最低限。
ジェイドの拳が、ついにマリックの頬を掠めた。
皮膚が裂け、血が飛ぶ。
だが、マリックの足は止まらない。
一歩下がり、呼吸を一つ置き、自分の胸元に手を当てると、体全体が淡い光に包まれた。
見たことのある光……ジェイドの思っていた通り、頬の傷が塞がる。
放っておいても問題のない頬の傷。
それをあえて治療したのは、マリックが余裕だということを証明していた。
実力差を見せつけられたジェイド。
今、マリックは完全に無防備だ。
それでも、ジェイドは踏み込めないでいる。
踏み込めば、何かが起こる。
そう直感させるなにかが、マリックにはあった。
視線を固定したまま、呼吸を整えるジェイドに笑顔で応えるマリック。
「いくっス」
「どうぞ」
短い言葉を交わすと同時に再び、ジェイドが攻める。
頭部を狙った上段回し蹴り。
続けて、軌道を変えた中段。
マリックは上段を前腕で受け、中段は身体を沈めてやりすごす。
蹴り足が着地する瞬間――マリックの肘がジェイドの肩口に入る。
深くない……が、骨に響く。
ジェイドの動きが、ほんの一瞬、鈍る。
追撃が来ると備えるジェイドだったが、マリックは踏み込まないでいた。
そう……追撃せずに、あえて距離を取った。
(……試している?)
観戦していたアンジュが心の中で呟く。
ここまで実力に差があるとは思っていなかった。
ジェイドとマリックは、肉弾戦を主軸とする職業同士……強くなったと驕るには早すぎると実感する。
ジェイドは歯を食いしばり、再び間合いに入る。
拳を振り、蹴りを出す。
だが、攻撃のたびに、身体のどこかを軽く叩かれる。
肋骨。
内腿。
脇腹。
どれも致命傷ではない。
しかし、確実に“動き”を削る場所だった。
やがて、ジェイドの踏み込みが半拍遅れる。
その瞬間――マリックの動きが、はっきりと変わった。
今までの抑えた速度ではない。
一歩で距離を詰め、腰を深く落とし、全身の連動を使った拳が放たれる。
鳩尾。
空気が抜ける音。
続く肘打ちが顎を跳ね上げ、
脚払いが足元を刈る。
すべてが、一連の動作……止まらない。
ジェイドは受け身を取れず倒れ込む。
「まだっス」
それでも立ち上がるジェイドだったが、マリックを視界に捉えていなかった。
マリックは、すでに次の位置にいた。
次の瞬間、腹部への追撃。
今度は、明確に“効かせる”一打。
ジェイドの身体が崩れ落ちた。
マリックは、すぐに距離を取る。
倒れた相手に近づきすぎない。
「……終わったね」
意識を失っているジェイド。
誰から見てもマリックの勝利は確実だった。
ジェイドに近寄り、手を翳すと淡い光がジェイドの身体を包む。
その表情に、疲労はほとんど見えない。
息も、乱れていない。
――本気で殴り合えば、もっと早く終わっていた。
――だが、そうはしなかった。
それが、超一流の冒険者の戦い方だった。
マリックは何事もなかったかのように、ジェイドを抱え上げて闘技場から降りる。
その背中は、最後まで“全力”を見せなかった者の余裕を、静かに物語っていた。
――――――――――――――――――――
■リゼの能力値
『体力:四十八』
『魔力:三十三』
『力:三十三』
『防御:二十一』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百四十三』
『回避:五十六』
『魅力:四十八』
『運:六十一』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
■サブクエスト
・ミコトの捜索。期限:一年
・報酬:慧眼の強化
■シークレットクエスト
■罰則
・闇属性魔法”ドレイン”の消去
・身体的成長速度停止。期限:一生涯
・恋愛感情の欠落。期限:一生涯
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