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3.適合率1

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 大きな音を立てながら揺れる馬車が止まった。頭に響くその音で、私は目を覚ます。どうやら泣き疲れて寝てしまったようだ。ゆっくりと顔を上げると、ドクターが立ち上がり、手を差し伸べる。私がその手を握ると馬車の扉が静かに開いた。ドクターに手を引かれて、ゆっくりと馬車を下りる。

 涙は引いたが、悲しみはすぐには消えず、自然と視線が下に向かう。

「ほら、下ばかり向いてないで、少しは前を向いて歩きなさい。そんなんではお母さんが泣いてしまう」

「うぎゅっ」

 顔をドクターの両手で挟まれて、無理やり顔を上げさせられた。アップに映る彼の顔。その瞳に自分の顔が映る。
 涙で目を赤くし、目元が腫れていた。とてもひどい顔で、お母さんが泣いてしまうというドクターの言葉にも頷ける。

 泣き止んだら前を向いて歩こうと決めたじゃないか。

 弱い心に渇を入れるために頬をたたく。「よし」と気合を入れて、ドクターに視線を移した。

「もう、大丈夫」

「そうか、でも無理はいけないよ。ダメだったらちゃんと言うんだよ」

「わかりました」

 ドクターが歩き出したので、私はその後ろについていく。そこで私は気が付いた。
 さっきまで下ばかりしか見ていなかったから気が付いていなかったけど、なんて大きな建物なの。

 全体が把握出来ないほど大きい。私が知っている建物よりも高く、見上げてもてっぺんがどこにあるのか分からないほどだ。

 こんな大きな建物、今まで一度も見たことがない。私が住んでいた場所が特殊なのだろうか。いや、でも、それでも……。凄いとしかいいきれない。

「ぷふ、あはははははははははははは」

 ドクターが突然笑い出して、体がビクリと震えた。おどおどしながら視線を移すと、笑い過ぎたのか、楽しそうな笑みに涙を浮かばせている。

「ど、どうしたんですか?」

「いやなに、君が付いてきていなかったから戻って来てみれば、落ち込んでいた君が驚いたような表情で研究所を見て固まっているのだから、思わず笑ってしまったよ」

 私は思わず足を止めてしまっていたようだ。
 指摘され、笑われて、ちょっと顔が熱く感じる。

「その、ごめんなさい」

「別に気にする必要はないさ。さっきまであんなに泣いていたのだ。落ち着きを取り戻すぐらいのインパクトがあったんだろう?」

 なんか全て見透かされているような気がする。私はコクリと頷き、ドクターに向けていた視線を外す。

 すると頭の上に何かが乗った。それはドクターの大きな手だった。笑いながら荒々しく私の頭を撫でてくる。

「そう、それでいい。楽しく、元気よく、そんな気にの姿を見れば天国のお母さんも安心するだろう」

「…………そうかな?」

「君の幸せを願っていた彼女ならきっとそう思うはずさ。でも、ここで立ち止まっていても仕方がない。歩きながらここについて教えてあげよう」

「うん」

 ドクターと手をつなぎ、歩き出す。歩きながら、ドクターがこの大きな建物について教えてくれた。

 この場所は、グランツ研究所と呼ばれていて、とある貴族が個人的に作った研究所であるのだが、国になくてはならない場所になっているらしい。
 というのも、この世界には危険種と呼ばれる化け物のような生物がいるらしい。
 私は主に盗みで生き永らえて来たから知らないけど、街の外に出ればうようよいるらしい。危険な生物たちに、人々は頭を悩ませているとかなんとか言っていた。

 その危険種について研究し、人々を守り、さらに危険種を使って生活を豊かにしようと研究している場所、それがこのグランツ研究所らしい。

 私には難しくてよく分からないが、まあとにかく、すごいことをやっているのだ。
 そして、そんなすごい場所で、私はこれから暮らすことになる。
 一応、私はこの研究所に買われたわけで、研究所の為に働かなければならない。一体どんな仕事をするのかは知らされていないけど、こんなすごいところで働けるというだけで、ちょっとだけ自分が誇らしく思えた。
 ちなみに、三食休憩付きで給金まで出る好待遇。
 ここにいれば幸せになれると言っていたドクターの言葉にも納得できた。

 一体どんな仕事をするのか聞いてみようとしたところで、研究所の入り口にたどり着く。透明な板の大きな扉。ドクターが近づくだけで、勝手に開いた。

「すごい、勝手に開いた」

「これは自動ドアと言って、近づいて来た人に反応して扉を開けるんだ。まだ作ったばかりだから、この研究所しかないぞ」

「うわぁ、すっごーーーーい!」

「年相応の喜んだ顔が見れて私も安心かな。さぁ行こうか。今日中に検査は済ませたいんだ」

「うん、わかったっ!」

 ドクターと一緒に向かった場所は、白い変な箱がたくさん置いてある不思議な部屋だった。あの白い箱のこと、ドクターは検査機器やコンピューターと言っていたが、私にはよく分からなかった。

 部屋の中央に大きなベッドが置いてあり、私はそのうえで横になる。

「そこでじっとしているんだよ。検査はここにある機会が勝手にしてくれるからね」

「うん、じっとしてる」

「少し私は席を外す、いい子にしていられるかな?」

「分かった、ここで待ってる」

 ドクターは一人部屋を出て行った。一人いなくなっただけで、部屋に漂う静けさが増した。聞こえてくるのは、ピッピッピという音と検査機器が動くときに聞こえるキーっとした音だけ。

 なんだか世界に取り残されたような、そんな気分になってくる。少し寂しく感じ、早くドクターが戻ってこないかなーと思った。



 ***



 少女を一人残し、検査室を出たドクターは、別室に備え付けられているモニターを見た。

 最新の検査機器は素晴らしい。結果がすぐこのモニターに表示される。

 グランツ研究所で行なわれていた数々の実験によって、危険種と呼ばれる生物を材料にした様々なものを生み出した。これら検査機器も全て、危険種を材料に作られている。

 人を豊かにし、危険から守る力を得た。だけど足りない。全然足りない。満足できない。
 だけど、長年行われてきた研究だ。一通りは出尽くされ、危険種に関する基礎理論を作り上げるのはとても難しいだろう。
 そこで私は、以前から提案は上がっていたが、実行されていなかった研究に手を出すことにした。

 それが、危険種と人体の融合。

 危険種の力を人に移植することによって、強大な力を持ったキメラ人間を作り上げる、そうすることで、私は名を残せると思った。研究所の所長、サデス・ノワールは、この研究を実施することについてあっさりと了承してくれた。

 かくして、私の研究チームを中心に、研究を開始した。
 ただ移植するだけでは、拒絶反応が起こる。危険種の力に飲み込まれて死に至るか、その場で朽ちて死ぬか、どちらかしか起こらない。

 研究の末、私は危険種と人の適合率について発見し、この検査室を作った。

 今見ているのは、あの少女が、どの危険種との適合率が高いのかを確認するため。

 たくさんの子供たちを買っては検査し、移植する。これの繰り返しだが、なかなか成果が出ない。

 弱い危険種との適合しかできないものや、急な力を手に入れて暴走する輩ばっかりだ。これでは融合させる意味がない。
 だからこそ、私は期待していた。

 あの少女は、思ったよりも気持ちが強い。普通の子供なら、生きるために母親の元を去っていただろう。あの女が生きていられたのは、あの少女が支えていたからだ。

 母親が死んで、普通の子供ならもっとなきくじゃり、すぐに立ち直るなんて無理な話だ。

 だがあの少女はやってのけた。実際はつらいのかもしれないが、それでも前を見ようとする意志が感じ取れる。

 あれだけ強い個体だ。いい結果を出してくれるに違いない。

 紙コップにコーヒーを入れて、モニターの前に座った。
 コップを口に付けて熱いコーヒーを啜りながら検査結果を眺める。

「………………嘘だろ」

 思わず手に持っていたコーヒーを落としかけたが何とかとどまった。
 目をこすり、もう一度モニターを眺める。
 だけど、出ている文字に変化はなかった。

『白獣との適合率:99.9%』

「はは、あははははははっははははは」

 聖獣ともうたわれている白き獣、とある宗教団体から奪取したものと高確率で適合する結果が出るなんて、やっぱり私の目に狂いはなかったっ!

 あの少女での実験は確実に成功する、そう思った私は検査結果の詳細をまとめながら、今後のプランを立て直すことにした。
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