チート火消に憧れて、火消になってはみたけれど

落花生

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戦力が足りないから、結局は一番強い怪我人を引っ張り出すことになる

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「そうですか、霧人が消え鬼だったんですね」
 鴉は、春から報告を神妙な顔をしていた。
 その他の隊長も鴉隊の定火消に集まり、春の話を聞いていた。春は鴉隊の定火消屋敷に帰ってすぐに、鴉に霧人が消え鬼であったことを報告した。鴉とその場にいた青龍は無言でうなずき合い、他の隊長たちを呼びつけたのである。
「我々に正体がバレたということは、人間の時にあっさり殺されてはくれないかもしれませんね。……作戦を考えましょう」
 鴉の言葉に、他の隊長は頷く。
 だが、その表情は暗い。
 仲間の一人が消え鬼だったと現実に突き付けられたせいなのかもしれない、と春は考えた。霧人が鬼だと判明する前は、おそらくは自分の部隊にだけは鬼はいないとすべての隊長が考えていたのかもしれない。あるいは「定火消の隊のなかに消え鬼などいないかもしれない」と楽観的な考えさえも持った隊長だっていたかもしれない。だが、それらの可能性はすべて消えた。
「消え鬼と分かった今となっては、確実に彼を殺さなければなりません。迅速に……その」
 鴉は、深呼吸をする。
 緊張しているのだ、と春にも伝わってきた。
「隊長全員で消え鬼殲滅作戦を挑むことを提案します。もちろん、俺も参加します」
 全員が、鴉の言葉を疑う。
 鴉の言葉には、いくつかの不安要素があった。
 まずは、消え鬼を相手にしている途中で別の鬼が出現する可能性。隊長の全員が消え鬼退治に出払ってしまえば、江戸の守りは手薄になる。
 そして、鴉自身の怪我のこともある。手放しで賛成できるような案ではなかった。
「……怪我はどうする。医者はまだ安静にしていろといわれているんだろう」
 玄武は、鴉を睨む。
 まだ、鴉の傷は受け日が浅い。
 今戦わせれば、鴉は命が危ないと考えたのだろう。
「麻酔薬を飲みます。痛みはそれで阻害できるし、前回の消え鬼は俺を狙っていました。だから、今回もよい囮になれると思います」
 鴉は、兄を見つめた。
 兄も、鴉を見る。
「もしものときは……鴉は鴉隊に引っ張ってもらえればいい。それで、足手まといにはならない」
 朱雀が下した判断に、春は息を止める。
 兄は、弟を止めるかと思った。
 今ここで止めなければ、鴉は自らの命を危険にさらすのだ。身内ならば、叱っても止めるべきであると春は考えた。
 だが、朱雀は鴉の愚行を止めなかった。他の面々は、視線を伏せた。誰もが鴉の考えを愚かだと思ったのだろう。だが、身内が許可してしまえば他人の彼らからは指摘しづらいのだ。
「下手したら、死ぬぞ」
 だが、最年長の玄武は口を開く。
 おそらくは、玄武には指摘する義務があるのだろう。この選択は愚かである、と若者に教えることこそが最年長の彼の仕事なのだ。
「大丈夫です。自分の見極めは出来ますし、いざとなったら逃走は部下に頼ります」
 だが、鴉はその忠告を聞かなかった。
 玄武は、眉間に皺を作る。
「薬も危険だし、怪我が治りきらないうちに実戦に出るのも危険だ。分かっているだろう。なのに、どうして実戦を望む」
 玄武は、まだ鴉を睨んでいた。
 おそらく玄武は、鴉の言葉を信じていない。
 一度実践に放り込めば、鴉は戦い続けるだろう。春も、すでに鴉のその姿を見ている。消え鬼と対峙した時、春は大怪我を負いながらも撤退しなかった。撤退という言葉を忘れたかのように、立ち続けていた。火消としては立派なことなのかもしれないが、春はその姿に狂気のようなものすら感じた。
 鴉は、口を開いた。
「それが、人間の俺の仕事なんです。だから、やらないといけない」
 再び、鴉は兄を見る。
 何を望んでいるだろう、と春は思った。
 弟は兄に何を望んでいるのだろうか、と。
「兄上、あなたが俺を森から連れ出した。森で、自分のことを獣だと思っていた俺を人間にした。人間の火消にしたんです。だから……俺は人間であるからには戦い続けないと。兄上、そうですよね」
 鴉は、兄に同意を求める。
 そうだよ、と言って欲しそうであった。
 違う、と春は思った。
 ここで鴉を肯定してはいけない。鴉の自分を顧みない行動を改めるように叱るべきなのだ。だが、誰も鴉を叱らない。誰も叱らなかったから、鴉は隊長になってしまった。
 わが身を顧みずに戦う火消になってしまった。
 春は、たしかにその姿にあこがれを抱いた。
 けれども、今は戦ってほしくはないと思う。鴉は決して最強ではなく、妖怪でもない。ただ速いだけの人間なのである。だから、春は今の鴉に戦って欲しくはなかった。今鴉が戦えば、おそらくは取り返しのつかないことになる。
「隊長……」
 勇気を振りしぼって、鴉は口を開いた。
「隊長は休んでいるべきなんです。隊長の代わりなら、いくらでも……」
 いる、と力強く言いたかった。
 だが、改めて隊長たちの顔を見渡した時には何も言えなくなった。
 歴戦の隊長は多くいるが、鴉の代わりはいない。彼のように素早く鳥のように自由に戦える人間は、一人もいない。そして、春もまた鴉の代わりにはなれない。鴉に憧れているのに
「春、気遣いは嬉しいですけど……俺は大丈夫です」
 春の暴走を咎める人間は、誰もいなかった。
 きっと、その行動を春の若さゆえの言葉だと思ったのだろう。
 あるいは誰もが春の言葉を望みながら、春のように言えなかったのか。
「わかった。鴉の参戦を認めよう。消え鬼退治には隊長全員が……でるぞ」
 玄武は、そう判断を下した。
 消え鬼以外の鬼が現れることを考え、隊の一部は副隊長に任せての定火消の総出撃。間違いなく、春が知りえるなかでは一番の戦力が集まった戦いになるであろう。
 だが、春は不安はぬぐえなかった。
 隊長が、次々と鴉隊の定火消屋敷から出ていく。
 最後に残されるのは、当然ながら鴉と春である。四十万も屋敷内には残っていたが、彼は鴉のいる部屋にはやってこなかった。「私はもう現場で足を引っ張るだけの存在です」と四十万は言い、今回の作戦には参加しない気でいるつもりらしい。
 確かに、四十万はもう全盛期を過ぎた火消である。
 それに鴉隊の役目は、鴉が戦闘不能になったときに現場から連れ出す役目である。鴉が言うことを聞いてくれるならば、春一人でも行える仕事であった。鴉が言うことを聞いてくれるのなら――考えながら自分の言うことなんて無視されるだろうなと春は思った。
 鴉は、間違いなく春の意見なんて聞かずに戦い続けるだろう。
 春よりもっと立場の強い人間を味方につけなければならない、と春は考えた。
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