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「だいぶ安定してきましたね」
「あぁ、そうじゃな」

 アデリーナは流れる綺麗な水を見て、管理人にそう言った。一週間前から、不足していた飲み水を補おうと浄化していたが今になってようやく綺麗な水が流れ始め、水問題は回復の道を辿っている。水の問題を確認した次は農園を見に行く。早めの実績が欲しいが故に生育の早い野菜を選んでみたが、今はもうスクスクと成長している。

「順調みたいですね」
「あぁ、あんたのおかげだよ」
「ちゃんとあなたが管理してくれているおかげです。体調には気をつけてくださいね」

 アデリーナはそう言ったその場を後にすると予約の入っていた家へと向かう。彼女の『何でも屋』としての評判は今や絶対的なものとなり、この地域にとって欠かせないものとなった。あらゆる問題の解決は彼女がいなければ成り立たないと民はその確かな信頼を彼女に置いていた。彼女もまたこの『何でも屋』としての地位を気に入り、生活が安定してきた今、彼女の心の拠り所であった。

「少し休憩してきます」

 依頼する人もいなくなった昼下がり。アデリーナまた昼食を一人で取ることにする。前の国ではほとんど自室に籠りきりで大して人と喋っていなかったせいか、一日にたくさんの人と話すのは疲れてしまう。だから、一人の時間が彼女には必要だった。こうして静かな部屋で料理を楽しむのは彼女の楽しみでもある。

「アデリーナさん、少しいいですか?」

 食事を終えてすぐにやけに外が騒がしいのをアデリーナは感じ取った。また、急用ができたのかと思い、扉を開けて聞くとどうやら違かったらしい。彼女はその伝言に少しの疑問を抱きつつも、外に向かうことにした。

 家の前には一つの馬車がある。その周りには野次馬のように人が群れを作り、ヒソヒソと何か話していた。アデリーナが馬車の近くに寄ると、何回かの会話の後に馬車から一人出てきた。整った顔に衣装。どれもが上品であり、この場所では酷く浮いている。そして、彼女は彼に面識があった。彼はこの国の公爵クロス・フィールだったのだ。彼女は困惑した。なぜこの国の公爵がわざわざこんなところにまで足を運んだのか、馬車が一台しかないことから公務ではなくプライベートであることには間違いないだろうが、ここはプライベートでわざわざ来るようなところではない。

「こんにちは、お嬢さん」
「こんにちは、公爵様」

 二人はそこでようやく顔を合わせ、彼も何かを感じ取ったようだった。

「外は少し騒がしいみたいなので、私の家で話をしましょうか」

 彼女は騒ぎになる前にひとまず家の中に入れた。背の高い彼にとってこの家の天井は狭く、不恰好にも首を曲げている。

「とりあえず、その椅子に座ってください。その姿勢だと苦しいでしょう」
「あぁ、すまない」
「紅茶でいいですよね?」
「だいぶ手慣れているな」
「あなたのような身分の人の扱いですか?それはもちろんですよ」

 この部屋には確かに険悪なムードが流れていた。彼女は彼の言動が何をしたいのか探り、彼もまたあることを恐れていた。

「どうしてこんなところに公爵様が?」
「その前に一つ聞きたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「どうしてシライアの聖女がここにいるんだ?」

 彼はアデリーナを睨みつけるように見た。これは一種の威嚇あるいは牽制なのだろうと紅茶を淹れる手を休めずに彼女は思う。彼女が聖女を辞めさせられたことを知らない彼の目には彼女が敵に見えているに違いない。

「あなたが思うことを私はしませんよ。私はつい最近聖女を辞めてこの国に来ましたし」
「そんな嘘は通用しない。今でもこの紅茶に毒でも盛って私のことを殺そうとしているのだろう?」
「聖女は他の国で力を使うことはできない。それくらい公爵なら分かることでしょう?今、この地域が発展したのはなぜだと思います?」
「それは……」

 彼にとって他の国の聖女がわざわざ自国に足を運んだのは、この国を侵略しに来たからであると勝手に結論づけていた。しかし、今彼女に反論されてようやくその固い考えは柔なものになる。

「どういう理由で聖女を辞めさせられたのか、聞いてもいいか?」
「単純に不要になったみたいです。代えは出来たと言われ、追い出されてしまいました」
「代えか。子どもが出来たとは聞いていなかったが」
「いいえ、代えは妹です」
「妹?確か聖女は聖女の子どもにまたその力が宿るのではなかったのか?」
「そのはずですが、どうやら妹は聖女の力に目覚めたみたいです」

 彼女は呆れた口調になりながら答えて、ようやく出来た紅茶を彼に差し出す。さっきまでこれを凶器に仕立て上げていた彼もその話を聞いてアデリーナを信頼できるとは判断したのか何も愚痴を述べずにスッと一口いただいた。

「なるほど。その妹とやらは聖女の地位が欲しくて嘘をついたということか。ただ、それで良かったのか?長年守ってきた国を捨てるなんて行為」
「公爵は国民の代表。彼というのは民意であり、総意な訳です。そのお方に汚い言葉を浴びさせられたのなら、私は国を去ることを選びます。その国がどうなろうとも別に今の私には関係ありません」
「では、どうしてこの国でこんなことを?」
「住む場所が欲しかったという単純な理由ですよ。生きなくてはいけない。ただ、何も知らない土地で何かを乞うことはできませんから。信頼してもらえるように少し聖女の力を使ったまでです」
「そうか」

 彼をアデリーナの顔色を窺いながら尋ねるが彼女は淡々としか喋らない。彼女が嘘をついている可能性に彼は賭けたのだろうが、一切目を泳がせたりしない彼女に疑い深い彼はようやく彼女を信じきった。
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