優しい時間

ときのはるか

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第3章 ゆるやかな流れの中で

榊の淡い期待

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 部屋に戻り瞬を風呂に入れた。

 さすがに冬の森の中で二時間も座っていれば、身体の芯まで冷え切っていて温めてやるだけでも時間がかかってしまい、後ろを解し昂らせてやろうとかそんな邪な事をする余裕も無かった。

 瞬の身体に残る水滴を柔らかなバスタオルで拭きあげてやり一人そのまま部屋に戻すと、榊も瞬の言葉に甘え自分もシャワーを浴びる事にした。

 その時あえて瞬には何も言葉はかけてやらなかった。

 この部屋での会話は聞かれていたし映像にも残ってしまう。
 後は鏡に向かって魔法の言葉を唱えるか、唱えないかは、瞬次第だと思った。

 瞬が何も前には進めなくともまだここに居たければただ黙って榊がシャワーを浴びて出て来るのを待てばいいだけだったし、早くここから出て主人に迎えにきて欲しければ、直接そう言ってやればいいだけの話だと思っていた。

 そしてシャワーを盛大に流し始め、部屋の中の音など聞こえないようにしてやり、榊は何事も無かったように自分も裸になるとシャワーを浴びた。

 そのシャワーを浴びて初めて榊自身もかなり冷えていた事がわかった。
 それはぬる目に設定したはずのシャワーが意外と熱く感じたからだった。

 頭からその熱い湯を被り、瞬に使っている最高級のシャンプーで髪を洗う。
 それはまるで自分が瞬に包まれているような錯覚さえ引き起こす。

 瞬に用意されていたシャンプーもトリートメントもボディーソープも堂島が選択したものだった。
 まさかそのボトル一本がかなりの値段がするとは瞬は知らないだろう。
 
 だが堂島はそこまで瞬の事を気遣っている。

 瞬は自分が父親の代わりだと思っているだろうが、堂島にとってそんな事はただのきっかけに過ぎないだろう。

 本当に瞬の父親の事が好きだったら、どんなに歳を取っていようと生活に疲れた顔をしていようと忘れるはずがない。

 だが堂島が惹かれたのは紛れもなく街で見かけた少年の瞬の方だった。
 
 その日から堂島の恋は始まっていたに違いない。

 その執着心が瞬をここへと連れて来させた。

 自分ではその歪んだ愛を押し付けられず卑怯だがここへ押し付けた。

 そして瞬がその愛が理解出来る大人になるその日まで自分はじっと我慢していたのかもしれないし、その罪の重さに耐えかねて、今更ながらに恐れ多くなって迎えに来れないのか、それは定かでは無いが、その両方かもしれないと榊は心の中で思っていた。

 だが瞬はそんな堂島の感傷や懺悔の気持ちなどお構いなしにどんどん天使らしくなっていく。

 だが、このまま時を止めておく事は出来ない。天使にだってタイムリミットがあった。

 瞬が今のままの容姿を保っていられるのはあと僅かの事だと思う。
 その時はここで無駄な躾けという時間稼ぎをしている間にも刻一刻と削られて行く。

 瞬を手元に置いて見詰めているだけでもきっと堂島の癒しにはなるだろう。

 画像で見ても満足してないから迎えに来ない訳じゃ無いのはわかっている。

 画像だけでもきっと堂島には刺激が強すぎて、満足してしまい、手元に置いたら自分ではすぐ壊してしまいそうで怖いのだろう。

 だが瞬が望んでいる事は、自分を心から愛してくれる存在だった。

 瞬はそれを榊と置き換えて縋りそうになるのを何度も堪えていた。

 だから後は堂島が瞬を迎え入れる、ただそれだけでいいのだった。

 その後はどうなろうと榊の知った事ではない。

 ただ瞬は榊が躾けた中でも一番飲み込みがいい出来た子供だという事は間違いない。

 だからそこから先の事はあまり心配はしていなかった。

 一番心配なのは、やはり瞬がここで成長してしまう事だった。

 それを抑えてやる事が、榊にとっては今は何よりも辛い躾けだった。
 はじめのうちはまだ余裕もあった榊でも、最近の瞬を見るたび心が痛んだ。

 瞬の股間の普段からきつく締め上げられ大きくなれない陰経を見る度に、まるで自分の股間が締め付けられているように榊も痛む。

 だが当の本人はもう慣れてしまったのか締め上げられる時、泣いていたのは初めのうちだけだった。

 風呂に入る時だけ解かれる瞬の股間は今でもまだ一度も射精を知らなかった。
 そこが硬くなり勃ちあがろうと容赦なく下を向くようにきつく貞操帯に包まれていた。
 そして風呂から上がると再びそれを着けるられる。
 その時は、今でも恥ずかしそうに顔を赤くはしているが、それでも無駄な力を入れずに黙って可愛らしい陰経を差し出す瞬だった。

 瞬は今頃、それを鏡に向かって自分で一生懸命着けようとしているはずだった。

 アレを自分で戒めながら取り付ける様を堂島が見たらと思うと榊でさえ股間が熱くなる気がした。

 そして紅く濡れた唇で瞬が魔法の言葉を唱える。

 そこまでされて放っておけるなら、もう堂島には養育放棄としてコミュニティーから権利を放棄するよう勧告されるだろう。

 そして堂島がそのまま養育放棄を認めたら、然るべきところに瞬を返すか、また別に新たな主人を付けてやる事になるのだろう。

 だがもう元の家に返される事は無いはずだった。
 あそこにははじめから瞬の居場所はなかった。

 だとしたら榊にもその権利が巡って来る可能性もあった。
 養育放棄の場合は、その選択権は子供側に託される。
 瞬を望む者が複数現れたら、選ぶ権利は子供に与えられるのだった。
 
 ここで躾けを受けた子供にはそれなりの恩恵を与えなければならない、それがコミュニティーのルールだった。

 そうなれば多分、瞬が選ぶのは自分じゃないかと、そんな簡単に堂島が権利を放棄するなんて事にはならない事は分かっていたが、淡い期待をしないでも無かった。




 …そしてその榊の淡い期待は、その言葉の通りほんの一瞬で消えたのだった。




 シャワー音で掻き消され随分呼び出し音に気付くのが遅れたが、館内連絡用の携帯が着信の点滅を繰り返しているのに気付き慌ててそれを取った。

 声の主は有栖川だった。

 その声はどこか狼狽えたような感極まったようなどこか高揚した声でもあった。

 榊はそれだけでだいたいの予想はついた。

 瞬は言われた通りに魔法の言葉を言えたという事だった。


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