優しい時間

ときのはるか

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第3章 ゆるやかな流れの中で

鏡の中の天使

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 まさかそんな急にとは思ったが、有栖川は間違いなく堂島本人から直接連絡を受けたと言っていた。
 そしてそれを承諾したとの事だった。

 承諾しない言われはない、こちら側はいつでもそう言い続けて来たのだから。

 その日がとうとう来たという事だった。

『榊、落ち着いて聞いてくれ!
あの堂島がついに重い腰をあげたんだ!
明日の遅くても午前中にはこっちへ着くように瞬を迎えに行くと言ってくれたぞ!
榊!瞬にはおめでとうと言ってやってくれ!』

 その有栖川のどこか高揚した声がどんどん榊の耳から遠く離れていった。


 今の時間はまだ午後五時少し前だと思う。それは携帯の画面にもその通りの時を告げていた。

…という事は、普通の社会人だったらまだ仕事をしている時間であるはずで、こんな時間にモニターにかじりついているなんてどれだけ暇な仕事をしているか、よほど瞬が居なかったこの空白の二時間が気になって仕方がなかったか、そのどちらかだった。

 勿論、正解はきっと後者の方だと思う。

 堂島は多分自分自身に口実をつけて三時のお茶の時間のついでくらいの気持ちで気になる瞬を一度は覗いているはずだった。

 その時、いつもは机で勉強しているはずの瞬が居ないのに気付いて、そこからずっと画面に噛り付いていたに違いない。

 部屋に戻って来るなり瞬を風呂に入れた事で、良からぬ想像をしたかもしれない。
 そして瞬の様子がいつもとは少し違う事にも気付いたのだろう。

 森の中では平静を装っていた瞬だったが、風呂に入れている間中、やはりどこか緊張した面持ちをしていた。
 あの魔法の言葉を、いつどんなタイミングで言えばいいのかを、瞬は自分なりにずっと考えていたのだろう。

 だがそんな瞬の心配などはじめから無用だと思っていた通りだった。

 そしてその瞬の天使の告白を聞いたら、いくら聖人君子気取りの堂島だって我慢の限界を超えてしまったのだろう。

 堂島だって守護者である前にただの男なのだった。

 それが分かっていたからこそ、自制出来ない自分を戒める為に今まで手も出せず見守り続けていたに違いないと思う。

 だがもうとっくにお互いに限界だったのだ。

 瞬も限界だったし、堂島も限界だった。
 そして瞬を任されている榊こそ限界の頂点を迎えようとしていた。

 その禁を犯したら今までの苦労が水の泡になるとこだった。

 どうせここを去るなら綺麗に去りたいとお思う。

 有栖川にも迷惑を掛けず、コミュニティーの信頼を裏切らず、立つ鳥は跡を濁さずに行きたかった。

 それを思っていたのは、瞬も同じだろう。

 あと少しで主人を裏切る事をしていたかもしれない。
 それは忠誠心が強い瞬には負担になる。

 一時の過ちが、その未来永劫の重い枷にもなりかねなかった。

 そうはなりたくなかったからこそ、榊に教えてもらったあの言葉を鏡に向かって唱えたのだった。


 ***


 瞬は榊に言われた通りに鏡の前に立った。
 そしてバスタオルを落とし、ベッドの上に用意されていた新しい革の下着に目をやる。

 だが直ぐにはそれを着けずに自分の全身をくまなく鏡に映しこむ。

 ぺたんとした膨らみの無い胸の小さな突起は、色こそ淡いピンク色ではあったが、そこを優しく摘みあげてくれる指を待っているかのように先をピンと尖らせていた。

 そしてようやく、震える指で革の下着のパーツの一部を掴むと自分のつるりとした無毛の幼い股間のものを再び鏡で確認するようにゆっくりと映し出し、それにじっと見入っていた。

 瞬は自分で自分の陰茎をまじまじと見たことは無いはずだった。
 同じ年頃の少年なら今どうなっているかは 、ここに居ては比べようも無かったが、隣に同じ年頃の少年が立って居たら、その違いは明らかに瞬の方が幼いだろうと思う。

 そしてその幼い陰茎に触れた事すらこの三年の間はほぼ無かった。

 トイレで用をたすのも自分ではいっさい触れさせてはもらえず、その役目は全て榊が握っていて、瞬には例え自分のものでもそこは主人の許し無く触る事は禁じられていた。

 だからそれが触ればどんな反応を示すのかさえも知らないのだろう。

 瞬がここに預けられた時はまだ第二次性徴を迎える前の事であり、そこからの瞬は薬によって成長を遅らせられていた。

 他と比べようが無いのだから、余り以前と変わり無いそこに不信感を抱く事も無いようで、瞬はそこをまじまじと見ただけで、特に落胆するような事も無かった。

 瞬の薄い皮を被った小さな陰茎は、その尖端を僅かに覗かせていた。
 そこに指を添え、ゆっくりとその皮を下に引き降ろせばそこが一気に花開く事はなんとなくわかっていても、自分でした事も無い瞬にはそれは未知なる領域だった。

 瞬はその好奇心には逆らえず、あえてその尖端に手を添えてそれを引き下げようと試みた。
 だが皮が突っ張り、やはり自分でするのは怖くなってしまったようで、その手は途中でぴたりと止まってしまった。

 その代わり頭を覗かせている鈴のような割れ目のある尖端に指を這わせる。

 尿道カテーテルでも無い自分の指なのにその尖端の窄まりに指先が触れただけでツンとした刺激が身体中を駆け巡ったらしい。

「あぅっ!」

 自分でそこに触れた事なんて初めてに近い瞬は、それだけで声を発して前屈みになってしまった。

 一気に全身が熱を帯び、身体中が薔薇色に染まったかのように見えた。

 目は潤み、唇の端からは無意識に唾液が溢れ落ちそうになっていた。

 それまでずっと我慢させられていた瞬の身体は局部の僅かな刺激にも敏感になっていた。

 それでも瞬は、上がる息を押し留めながら鏡に向かって両手をつく。

 そうして支えていなければ、今にもまたそこを弄ってしまいそうだった。

 苦しかった。

 この込み上げて来る熱を誰かに早く解放して欲しいと、切に願っていた。

 まだ革の下着を手に持ったまま固まっていた瞬であったが、ようやく少し落ち付きを取り戻したらしく、意を決したように自らの股間にそれらを取り付けて行った。

 小さな陰茎は半ば勃ちあがりかけていたが、それに小さなコルセットのようなそれを巻き付け細い紐で縛り上げていく。
 その力加減が分からず、ギュッと縛り過ぎてしまい思わずまた声を上げて気を失いそうになる。

 そうして『はぁはぁ』と荒い息を漏らしながらも、全て股間にそれらは取り付けられた。

 その達成感に安堵したのか、瞬はそのまま床にぺたんと腰を下ろしてしまった。

 だがまだあの魔法の言葉は言ってはいなかった。

 瞬は這うようにしてまた鏡の前まで行くと、そこに手を突いて立ち上がった。

 そして鏡に向かって慈愛のこもった微笑みを浮かべた。

「お父様、瞬は…お父様の望む天使になれていますか?」

 いきなりそう来るかと堂島もきっと思っただろう。

 だがそう言った瞬間にその瞬の天使の笑顔は一気に崩れ落ちて行ったのだった。

 言葉にすると緊張は一気に紐解かれ、なけなしの理性も吹っ飛んでしまう。


「時々とても不安になるのです!
おと…さまに…望まれた天使になれていないんじゃ無いかと…だから迎えに来てくれないんじゃないかと、駄目だと思うのに不安になってしまうのです!
おとう…さまに早く会いたいです。
早く迎えに来て欲しいです。
会ってありがとうと言いたいです。
僕をあの家から救い出してくれて、息子にしてくださってありがとうって言わせてください!
そして…ぼくを…お父様だけの天使にならせてください!
そして僕だけを一生愛してください!お願いします」


 瞬はとうとうその言葉を自分の口から言えたのだった。




 



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